「『地方』という単一的な概念は存在しない」。地方のIT団体を束ねる全国地域情報産業団体連合会(ANIA)の長谷川亘会長はこう語る。デジタル田園都市国家構想など、地方におけるIT環境の整備促進が叫ばれるが、地域ごとに状況はさまざまであり、単純に「地方」としてひとくくりしていては適切な課題解決には至らないだろう。だからこそANIAの地方と中央をつなぐ役割がより重要になる。会長就任から10年を迎え、さらなる組織の発展に汗を流す覚悟だ。
(取材・文/藤岡 堯 写真/大星直輝)
印象に残るIT連盟の設立
──会長就任から今年で丸10年となります。この10年を振り返るといかがですか。
まさに「光陰矢の如し」で、あらゆることがあっという間に起こって過ぎ去ったという思いです。
──10年間の取り組みの中で、印象に残っていることなどはありますか。
たくさんありますが、やはりIT連盟(日本IT団体連盟)の設立でしょうか。コンピュータソフトウェア協会(現ソフトウェア協会)の荻原紀男会長(当時)と2人で各団体を訪問したことや、日本情報技術取引所の酒井雅美理事長(同)、全国ソフトウェア協同組合連合会の中島洋会長(同)に賛同していただき、何度も説明会を開催して多くの団体の皆さんに足を運んでいただいたことを思い出します。設立までに足掛け3年かかりました。
IT連盟ができて、大臣級の政治家とのつながりが生まれたことはよかったです。60以上のIT業界団体、およそ5000社、社員数約400万人という規模になれば、(政治家は)無視できないようです。われわれの話を政治家に伝えやすくなりましたし、いろいろな情報が入ってくるようになりました。IT連盟から発信した要望が実際に具現化されていったことも多くあります。
それまでは政治家がIT業界と話をしようとしても、どこを相手にするかという問題がありました。大型計算機の時代から存在する企業による団体、パッケージソフトウェアベンダーの団体、インターネットプロバイダーの団体、さらにはデータセンターの団体、そしてゲーム業界の団体、これらは全く違う世界なんです。これをとにかくまとめなくてはいけないという思いでした。
──10年間で苦労もあったと思います。
たくさんありました(笑)。ANIAというのは全国各地域の代表選手が出てくる場です。皆さん完全に戦国時代の「野武士」「一国一城の主」なんですよ。東京で中央官庁と付き合っていると、中央で全てが決まっているみたいな気持ちになりがちですが、IT業界の場合は米国で起こっていることを理解するほうが大事であり、中央を飛び越えてさまざまな技術が地方の各社に入ってきます。副会長になったころ、会員の皆さんには「中央なんて関係ない」などと言われることもあり、はじめはびっくりしました。他の会員より10歳くらい若かったから、皆さん先輩ですよ。彼らからしたら「小僧が何をやっている」というようなもので、怒鳴られることもありました。
私はそもそも学校教育の世界の人間ですから、やはり文部行政ありきで、そこから派生してくものがたくさんあります。情報教育を手掛けているとはいえ、教育制度などは法律で決められてしまいますから、文部科学省には頭が上がらないわけです。ところが、会員の中には経済産業省なんてなんとも思っていないような猛者がいっぱいいるわけです。いわば各都道府県の「親分」の皆さんに囲まれて、会長になっても突き上げを受けるばかりですよ(笑)。
それでも地方同士をつながなくてはなりませんし、地方の声を中央に届けないといけませんからね。どんな意見でもいいので、自由闊達に議論してくださいと。そういうことばかり言っていた気がしますね。
地域ごとにIT企業の役割は違う
──近年、IT産業を取り巻く環境は大きく変化しているように感じます。特にデジタル田園都市国家構想、ガバメントクラウドなどの政策を背景に、各地域のIT企業に求められる役割にも変化が生まれているのではないでしょうか。
コンピューターやIT関連の産業自体の進化、変化は著しいので、環境の変化そのものに驚きはありませんが、政府が積極的になってきた点はありがたい話だと感じています。
ただ、都道府県の数だけ、異なる行政が行われているのが実情です。そこで大切となるのは中央政府、特にデジタル庁の動向をキャッチしておくことでしょう。しかし、各地方行政機関で、(中央からの情報に対する)受け取り方がかなり異なっている面もあります。
それを踏まえると、地域のIT企業に求められる役割とは、都道府県ごとに異なってくるのだと考えています。また、デジタル庁の設立によって、地方のSIerに直接、中央の情報が届くことになれば、下請け中心だった業界の構造にも変化が生まれるかもしれません。
──地域の情報産業団体を束ねるANIAからみて、地方のIT産業の抱える課題にはどのようなものがあると考えますか。その課題に対し、ANIAとして提言していきたいことはありますか。
地方といっても、1都1道2府43県でそれぞれ個別の存在であり、とりわけ、コンピューターやIT関連産業への行政による施策については(各都道府県で)共通性が少ないように見受けられます。さまざまな産業の中で、特にコンピューターやIT関連産業は、国による施策を待っていては時代についていけず、仕事にならない性格が強い面があります。法規制など行政による対応は後手に回ることが大半です。
IT業界自らが行政をけん引すべきですが、「そのような暇などない」とおっしゃる企業が多いのは事実です。ANIAとして提言したいのは、「各都道府県のそれぞれの個性と相違を見極め、さまざまに異なる対処を、適切に実施していただきたい」ということです。
また、中央の皆さんには「地方」という単一的な概念は存在しないということをわかっていただきたい。人間の頭の中というものは難しくて、例えば、京都の人は東京のことを「田舎」だと思っているかもしれません。
地方と中央をつなぐ
──ANIA内部の活性化に向けて、取り組みたいことをお聞きします。
新型コロナ禍を経て、会議は「Zoom」などの遠隔会議システムで実施することに慣れてきましたが、やはり社交は対面がベターです。Face to Faceの社交を増やしていければと思います。対面のほうが楽しいですよね。
コロナ禍前は、全国から集まっていただき、建前的に会議をして、それから飲み会という流れでした。これからは建前的な会議はZoomなどで行い、その後、対面で宴会ということもありでしょう。
ANIAの使命の一つは、各都道府県と中央をつなぐことです。ですので、情報交換をより活発にし、情報の流通をもっと円滑にしていきたいですね。ただ、難しい部分もあります。会員の皆さんには、メールを流すなどして、中央で集めた情報を伝えています。ですが、あまり文章が長くなると読んでもらえない。特にエンジニアの方はその傾向が強いので、上手に書かないといけませんね。
──地域で活躍されているIT事業者の皆さんに伝えたいことはありますか。
元請け、下請け、孫請けのシステムから自由になってほしいですし、私たちとしても自由に仕事を取れるようにしたいです。最近は改善されて、いい方向に進んでいるのではないでしょうか。
眼光紙背 ~取材を終えて~
長谷川会長は「いつの時代もコンピューター・IT業界というのは突き進む人たちと、落ちこぼれていく人たちのせめぎ合い」と話す。環境変化の速い業界で、活発な新陳代謝が絶え間なく起こっているということであろう。
ANIAの中でも「日本全体を見て、次の時代へ進もうとしている人、前の時代にしがみついている人、二つに分かれている感じがする。新しいものが後ろからやってきて、追い抜いていくというような雰囲気だ」という。
さらに長谷川会長は現状を川に例えてこう説明する。「川は中央の流れが速く、岸のほうは遅い。中央の流れに乗っている人もいるし、端のほうにいる人もいる」。もちろん、より多くの人に速い流れに乗ってもらうことが肝要だろう。
速い流れに乗るためには、中央の情報を常にキャッチアップすることが大切だ。さらに、それぞれの地域の企業が、それぞれの思いをしっかりと表明し、中央に対して声を上げていくことも求められるだろう。それが日本全体のIT産業の発展につながるはずだ。地域のIT産業に注目が集まっている今だからこそ、ANIAの重要性はさらに増している。
プロフィール
長谷川 亘
(はせがわ わたる)
京都府出身。米コロンビア大学教育大学院修了。京都情報大学院大学などを運営する学校法人「京都情報学園」理事長。業界団体では日本IT団体連盟の代表理事・筆頭副会長、京都府情報産業協会会長などを務める。2013年、ANIA会長に就任。
会社紹介
【全国地域情報産業団体連合会(ANIA)】地域の情報通信産業の発展、情報通信インフラの整備促進などに向けた活動を展開。北海道から九州までの情報通信産業団体を中心に構成し、会員企業数は2000社を超える連合会組織。