高性能・高価格帯の「プレミアムニッチ」製品でブランドを確立してきたVAIO。その方針を転換し、より手の届きやすい価格帯の新製品を6月に発売した。「WindowsPCの『定番』を目指す」と表明した山野正樹社長は、「VAIOファンの裾野を広げ、販売ボリュームを高めることで、よりブランド価値も高まる」と自信を見せる。PC市場で存在感を高められるのか、その戦略を聞いた。
(取材/藤岡 堯 文/堀 茜 写真/大星直輝)
品質を保ちファン層を広げる
──6月で社長就任から丸2年となりました。社内で大きく変えたことはありますか。
製品の路線を変えました。今まで、当社はずっとプレミアムニッチの製品を提供してきました。ただ、私が社長になって感じたのは、プレミアムニッチだけでは、成長に限りがあり、下手をすると淘汰されてしまう可能性がある点です。ある程度の存在感を持って市場にプレミアムニッチ製品を届けるためには、スタンダード領域でもファンを獲得し、どんどん新しい製品を出していかなくてはならない。「プレミアムだけやります」という路線だと、販売数も出ませんし、数が出ないからコストが下がらない、コストが下がらないと余計売れなくなるという負のスパイラルに陥ってしまいかねません。これまで「VAIOは(品質は)いいけどけ高いよね」と言っていたお客様に、手の届くような「定番」の製品を届ける狙いで出したのが、個人向けの「F16」と「F14」、法人向けの「Pro BM」と「Pro BK」です。定番製品とプレミアムの二つの路線に変わったのは、大きな変化ですね。
──VAIOといえばプレミアムというブランドイメージがあります。それを崩してでも別路線にポートフォリオを広げるのは、消費者の層を広げたいということでしょうか。PCがコモディティ化しているとも言われる中で、勝算はありますか。
VAIOはあくまでプレミアムブランドで、そこは崩しません。プレミアムブランドが出す定番だからこそ、価値があるんです。VAIOのクオリティや質感は妥協せず、手の届きやすいモデルを作りました。われわれにとってもチャレンジです。使ってみたら「VAIOはいいね」と思っていただける。ファン層をもっと広げたいという取り組みです。
開発に際して、当初社内から「VAIOが安いものを作るのか」といった抵抗はありました。しかし、私は逆の発想で、ハイエンドにプラスになると考えました。新製品にはハイエンドで培った技術がもちろん生きているし、逆も然りで、新シリーズで採用した部品をハイエンドにも使うことで部品コストが下がる。新しく生まれた開発成果はハイエンド機にも適用していきます。社内のエンジニアには、ハイエンド機は1万人にしか届かないかもしれないが、定番製品は100万人に訴求できる。100万人に評価される製品を作ろうと言って、納得してもらいました。新製品は高い評価をいただき、社内的にも学びは大きかったです。
PCのコモディティ化については、変わってきていると感じています。コロナ禍の影響が大きかったと思いますけれど、リモートワークをするようになってPCを使う機会が圧倒的に増え、せっかく使うんだったらいいものがほしいというユーザーが増加しました。安ければいいというお客様もいますけれど、そうではなく、多少高くてもよい製品を使いたいお客様は一定数います。そういう方にVAIOの価値を届けたいという思いです。
法人の大口成約が売り上げに貢献
──2023年5月期は、売上高が前年同期比1.6倍で過去最高となる見通しと聞きました。好調の要因はどこにあったのでしょうか。
この1年の売り上げ増は、ひとえに大企業を中心としたエンタープライズ販売がうまくいったことに尽きます。社長に就いたとき、法人向けPCとしての認知度の低さが課題だと感じました。認知度を高めるには、日本を代表するような企業に採用してもらわなくてはなりません。営業に注力し、いくつかの大企業に全社リプレースなどで数千から1万台単位で採用していただきました。それが売り上げに計上されてきたのがこの5月期です。
企業に提案に行き、検証機を出して使っていただくと、評価は非常に高いです。他社とコンペになり、そこで勝ち残ったケースもあります。何と言おうと価格重視というお客様も厳然といらっしゃいます。しかし、中には社員にいいものを使わせたい、それによって生産性を上げたいという考え方もあります。それと導入コストだけでなく、3年、4年使ったときのコストもご案内します。VAIOは導入コストが若干高いかもしれないけれど、トータルで考えると十分ペイすることを納得していただけると採用につながりますね。だから実際に見ていただくこと、使っていただくことが大事です。
当社の理念は、「かっこいい、賢い、本物」。全社で採用いただいた大手商社では、女性社員の方がこぞって限定カラーの製品を選ばれていました。PCは毎日使う仕事の相棒です。いいものを相棒に持てるのはうれしいですし、生産性も上がると思います。
──PC市場の推移はどうみていますか。また、市場におけるVAIOの位置付けはどう考えますか。
全体的に弱含みですね。特にコンシューマー系が弱いです。法人向けは、日本は堅調で横ばいといったところでしょうか。コロナ特需もありましたし、そのときに買い替えた人たちがまだリプレースのタイミングになっておらず、落ちている印象があります。当社のPC市場での存在感はまだまだ薄いです。VAIOのことを知らない法人のお客様は少なくありませんし、そういう意味では、まだフロンティアが広がっているわけです。少しでも市場に食い込み、上位メーカーとの差を縮めるつもりでやっていきます。
現場中心にパートナー関係を強化
──販売に関して、パートナー戦略を教えてください。
さらなる成長を目指す上で、重要なのがやはりチャネルパートナーとの協業です。1年前、ソニーマーケティングに法人向けの商流から外れていただき、ダイワボウ情報システムや大塚商会などが直接販売できるようにしました。それに伴い、社内に内勤営業部隊も新設しました。関係づくりの種まきをして、ようやく動き出したというタイミングです。今後1年間は大手の販売パートナー経由の販売が本格化し、売り上げに貢献してくれると期待しています。
ただ、大手の販売パートナーと関係があるだけでは売れるとは思っていません。当然、その先の販売店、レンタル会社やSIerとの関係は大事であり、その関係も強化しています。営業現場にいる販売店がVAIOのことをよく知って、薦めていただけるようにならないといけない。そのために販売店などの営業員向けの内覧会をやっています。カタログだけでは伝わらない部分、触って使ってみないとよさが分かってもらえないので、そこはわれわれの責務として「VAIOは一味違うんだな」というところを理解していただけるよう、地道に取り組んでいます。
──海外戦略を含め、今後の展望を教えてください。
国内では大きな成果が出つつありますが、海外展開は大きな課題で、まだこれからです。海外で販売できなかったのは、価格競争力がなかったからです。今回、比較的競争力がある新製品を出すことができました。これを海外に投入していきます。今まではライセンス販売しかしていなかったので、日本で売ってるものと同じ製品を海外で販売するのが悲願です。今回の新製品で初めて実現するので、これをステップにしてどんどん広げていきます。
今までもVAIOのファンはいましたが、小さな集団だったと思います。この2年でそれをほんの少し広げられましたが、われわれの歩みは始まったばかりです。PCだけでなく周辺サービスやアクセサリも含めて提供し、VAIOを楽しんでいただけるようにしていきたい。皆さんの生活をよくする会社として、「VAIOワールド」を広げていきたいです。
眼光紙背 ~取材を終えて~
言われてみれば、WindowsのノートPC市場において、普及価格帯の製品で、多くの人が思い浮かべ、選択されるもの(=定番)がないことに気がつく。基本性能がプロセッサーに左右される以上、同価格帯では明確な差は生まれにくいのだろう。
VAIOはその難しい領域にあえて足を踏み入れた。そこにはプレミアムニッチを主戦場にしてきたからこその勝算がある。内蔵カメラの角度、バッテリの容量劣化対策、長期間利用しても摩耗しないキートップなど。ハイエンドで培ったノウハウを生かして細かな部分にこだわり、愛着を持って長く使える製品を目指した。
プレミアムブランドとしての立場を崩すわけではない。定番でファン層を拡大し、相乗効果でハイエンドの価値を高める考えだ。見据える先は、世界のノートPC市場を牽引する米Apple(アップル)。山野社長は「Windowsの中でアップルに対抗できるのはVAIOというふうにしたい」と力を込める。ハイエンドとミドルクラスの「二刀流」になったVAIOはPC市場にどんな旋風を巻き起こすか。
プロフィール
山野正樹
(やまの まさき)
1961年3月生まれ。広島県出身。東京大学経済学部卒。84年三菱商事に入社。米国駐在後、同社投資先のコンサルティング会社、コールセンター会社の社長など4回の経営執行責任者を経験。2014年に三菱商事ITサービス事業本部長、17年に同社シンガポール支店長。20年、日本産業パートナーズに参画。21年6月から現職
会社紹介
【VAIO】2014年、ソニーがPC事業を日本産業パートナーズへ譲渡したことで設立。PCの企画、設計、開発、製造および販売と、それに付随するサービスを提供している。本社は長野県安曇野市。売上高は224億2900万円(22年5月期)、従業員数は305人。