保守運用サービスを手掛けるキンドリルジャパンは、ユーザー企業のシステム情報を収集、分析して可視化するプラットフォームサービス「Kyndryl Bridge(キンドリル・ブリッジ)」や、IT戦略や設計を支援するコンサルティングサービスの「Kyndryl Consult(キンドリル・コンサルト)」など独自のサービスを積極的に打ち出している。Kyndryl Bridgeは世界全体で1000社規模のユーザーを獲得。日本でのビジネスはキンドリルグループ全体の売り上げの約15%を占め、米本国に次ぐ規模だ。2024年4月1日付で2代目の日本法人トップに就任したジョナサン・イングラム社長に話を聞いた。
(取材・文/安藤章司 写真/馬場磨貴)
目の前のチャンスは全てつかむ
――どのような経緯で日本法人トップに就くことになったのですか。
英国人の私は、IBMとキンドリルの欧州法人で計20年余り勤めていましたが、「日本に赴任しないか」という話が舞い込んできて、即答で「行きます」と返答したのがきっかけです。私は基本的に目の前にきたチャンスは全てつかむ主義なので、新しいことに挑戦する絶好の機会だと思いました。23年7月にキンドリルジャパン副社長執行役員として赴任して、もうすぐ1年を迎えます。日本には妻も一緒に来ています。妻は美術商を営んでいますので、日本の美術品に触れていろいろ刺激を受けていますし、私も日本のITアウトソーシングのビジネスを経験できて、まるで毎日冒険しているように楽しい。
――日本での仕事はどのあたりが一番刺激的だと感じますか。
キンドリルグループ全体の売り上げのうち、日本は15%程度を占めており、本社がある米国に次いで市場規模の大きいとても重要な国です。メインフレームをはじめレガシーシステムが多く残っている一方、先進的なデジタル技術を活用したビジネス変革も急速に進んでいます。当社は、レガシーや最新のクラウドサービスが混在するシステムでも問題なく運用や保守ができますので、伸びしろが大きいと手応えを感じています。
――世界のIT市場に占める日本の比率は1桁台と言われる中、15%程度とは大きいですね。どういった理由が挙げられますか。
日本のユーザー企業はITアウトソーシングサービスを積極的に活用する傾向があることや、当社をはじめそうした需要を支えるSIerやアウトソーシング会社が多く存在すること、メインフレームからクラウドサービスまで新旧のシステムが複雑に入り組んでいるなどが挙げられます。メインフレームに関しては大手メーカーが日本に複数存在していることも影響しているのではないでしょうか。
メインフレームを最新機種に置き換えて活用し続けたり、メインフレームで基幹系システムを処理しつつデータだけ抽出したりして最新のクラウドサービスとつなげる。あるいはビジネス要件と品質維持をしっかり踏まえた上で、クラウド基盤などに移行するといった維持運用のいくつかの手法があります。当社はいずれも対応可能で、ユーザー企業での人材育成も含めたさまざまなコンサルティングサービスを提供しています。
Kyndryl Bridgeユーザーが倍増
――メインフレームに造詣が深いように感じられますが、イングラム社長のキャリアについてお話していただけますか。
私のキャリアは、理工系の学校を卒業してから地元の英大手小売業のマークス&スペンサーにメインフレームの技術者として入社したのが始まりです。コンサルティング会社に転職したあともITコンサルタントとして小売業や銀行といった業種向けの仕事に従事していましたので、メインフレームやその後のオープンシステムまで幅広く接点を持ちました。IBMが英PricewaterhouseCoopers(プライスウォーターハウスクーパース、PwC)のコンサルティング事業を02年に買収したことから、私もIBMに移り、21年にIBMからキンドリルが分社化したことでキンドリルに勤めることとなり、現在に至ります。
このためユーザー企業のIT技術者の立場も分かりますし、コンサルティング会社の視点、ITベンダーの技術者の経験を持ち合わせていますので、システムの運用保守についても、さまざまな観点で立体的に見ることができます。
――近年注目を集めている、システム運用の信頼性を高める「サイト信頼性エンジニアリング(SRE)」においても、ユーザー部門やIT部門、ITベンダーのそれぞれの組織にとって有益な情報を共有することが重要だと指摘されています。
まさにそうで、当社はキンドリルとして事業を始めて翌年の22年に、部門横断で情報を共有できるKyndryl Bridgeを立ち上げるなど、部門間での情報共有を非常に重視しています。運用担当者はCPUやネットワークの負荷状況などITインフラ寄りの情報に関心を寄せますし、開発者はアプリケーションの稼働状況を知りたがり、セキュリティー担当役員は文字通り自社のセキュリティー対策が機能しているかどうか把握しなければなりません。
Kyndryl Bridgeは既存のジョブ管理や監視ツール、アプリケーション・パフォーマンス管理(APM)などから情報を収集して分析。ユーザー企業の部門間で情報格差が出ないようにしつつ、それぞれの部門が必要とする情報を同一ソースの中から取り出して提示することで、SREやDevOpsに役立つプラットフォームとしてユーザー企業から高い評価をいただいています。
――Kyndryl Bridgeを採用しているユーザー企業数はどのくらいありますか。
直近では全世界で1000社規模に達しています。23年7月時点では約500社でしたので、わずか半年余りで倍増する勢いで推移しており、今後も増える見込みです。クラウドサービスですので、システム運用を受託している当社には世界中のユーザーの運用情報が蓄積されており、使用状況を見ながらKyndryl Bridgeの改善につなげたり、世界で主流となっている先進的な運用ノウハウの知見をユーザーに還元したりと、規模のメリットをユーザー企業が享受できるよう努めています。
継続して学ぶ機会を提供する
――長らく欧州でITコンサルティングやシステム運用の仕事に携わってきたイングラム社長の目から見て、日本のユーザー企業のIT活用の度合いはどうですか。
各種の調査会社のレポートでは、欧州に比べてズバ抜けて進んでいるということはなく、あくまで真ん中くらいの位置付けとのことです。個人的には、就労人口が減少する中でITスキルをもった人をいかに確保するのかが日本の大きな課題だと感じています。とりわけ学校を卒業して、社会に出たあとも継続して学ぶ機会を得ることが大切です。
例えば、メインフレームの技術者にクラウド環境について学んでもらったり、逆に学校で最先端のクラウド技術を学んだ人にレガシーシステムに触れてもらったりすることで、能力開発を進めていきます。実社会にはレガシーやクラウドの混在環境が普遍的に存在していて、システムを運用する上で新旧両方を知っておくことは非常に役立つからです。
――キンドリルジャパンではどのような社会人教育を行っていますか。
新しい取り組みとしては、今年4月に入社した新卒者向けにITベンダーの認定資格などの取得を促すプログラム「Kyndryl Consult School」を始めました。もともとはユーザー企業向けにITの戦略や設計、構築などに関してコンサルティングサービスを提供するものですが、それを社内向けの教育プログラムとしてつくり直したものです。早い段階から自分のキャリアの方向性を身につけてもらい、ITアーキテクトやアナリスト、プロジェクト管理者といった専門的な技能を身につけてもらうのが狙いです。
Kyndryl Consult Schoolで一定の資格取得をしたことを会社として証明することで、ユーザー企業から「この人は若いながらも信頼できる人だ」と思ってもらえるようになります。現時点では新卒者向けのプログラムですが、私は生涯のキャリアを通じて学ぶ機会を提供する会社であることが大切だと考えています。就労人口の減少は、ITベンダーだけの問題ではなく、ユーザー企業のIT部門でも同じ状況にありますので、学び直しやスキル転換といった教育機会を増やしていくことが、ITを活用した日本の競争力の向上に役立つと捉えています。
眼光紙背 ~取材を終えて~
自身のキャリアを振り返って転機となるような場面には、「常にリーダーシップを持った素晴らしい上司がそばにいてコーチ役を務めてくれていた」と話す。彼らは、相手の話をよく聞いて理解し、チームのみんなが自分たちで考えて最善の答えを導き出し、腹落ちした上で積極的に行動に移せるようにしていた。
こうした経験を踏まえて、「上司や経営者の仕事は、互いに信頼できるチームづくりを心がけ、顧客と向き合う現場の従業員が最高の仕事ができるよう後押しをする」というリーダーとしての信念を身につけた。
中でも従業員の能力開発は大切だとして、社員教育に意欲的に取り組む。トップ就任のタイミングで新卒者向け教育プログラムの「Kyndryl Consult School」を始めた。「学び続けられる環境を用意することでよりよい仕事ができ、顧客満足度が高まる好循環を生み出せる」と考えている。
プロフィール
ジョナサン・イングラム
(Jonathan Ingram)
1965年、英国生まれ。86年、英オックスフォード大学卒業。エンジニアリング学士。同年、英Marks&Spencer(マークス&スペンサー)、90年に英Pricewaterhouse(プライスウォーターハウス)入社。2002年、IBM英国法人。21年、米Kyndryl(キンドリル)オランダ法人ABNアムロ・マネージング・ディレクター。23年7月、キンドリルジャパン副社長執行役員。24年4月1日、代表取締役社長執行役員に就任。
会社紹介
【キンドリルジャパン】米国に本社を置くKyndryl(キンドリル)の日本法人。ITシステムのマルチベンダー保守サービスを手掛ける。日本IBMから分社化した後、2021年9月1日付で事業をスタート。全世界の従業員数は約9万人。