サイボウズは次のステップを踏み出した。ノーコードによるアプリケーション作成ツール「kintone」を軸に現場起点の業務改善を支援してきた中で、新たにエンタープライズ企業や全社への導入促進に向けた施策を打ち出し、顧客規模の拡大へかじを切った。青野慶久社長は「みんなで情報共有ができる世界を目指す」と語り、その基盤としてのkintoneの価値を訴求したいと意欲を見せる。
(取材・文/藤岡 堯 写真/馬場磨貴)
今の売り方は「不本意」
──kintoneのさらなる成長に向け、エンタープライズ企業や大規模導入向けのパートナー認証制度や、最小契約数1000ユーザー以上の顧客を対象とする「ワイドコース」を設けました。狙いをお聞きします。
kintoneは発売から13年が過ぎ、契約社数が3万5000社を超えました。テレビCMの効果もあり、裾野はさらに広がっていますが、そこからどう育てていくかが悩みとしてあります。現在、部門導入にとどまっているお客様が多く、いかに全社的な情報共有プラットフォームにしていくかという方向へシフトしていかなければなりません。そうしなければ、お客様の側としても、一部では便利だけど、全体ではあまり利便性を感じられません。
ワイドコースもブランドづくりが目的で、全社で導入するメリットを示しています。スタンダードコースでは、開発できるアプリの上限は1000までとなっていますが、1000人、2000人、3000人という規模で導入し、アプリが数千ほしいとなった場合はワイドコースのライセンスでカバーできます。
──2023年12月期の決算説明会では、ARR(年間経常収益)の成長率が低下傾向にあり、その要因をkintoneが部門導入にとどまっていることによる単価低迷にあるとしていました。認証制度やコースはその対策となるのでしょうか。
ARRの問題も確かにあります。ただ、本質的にkintoneは部門向けの製品ではないのです。僕たちはグループウェアの会社であり、全社で情報共有するとなったときに、ノーコードでアプリをつくれる製品としてkintoneがあります。営業でも総務でも開発でもアプリを使えて、みんなで情報を共有できる。そういう世界を目標につくりました。
ですので、今の売り方というのは、僕たちにとっては不本意な面があるので、(部門導入は)取っ掛かりでしかないことを改めてはっきりさせたいです。売れているから、皆さんが便利って言ってくれるから、と満足してはだめだと、これは序の口だよと伝えたい。やはり、既存のお客様の利用を深めて、広めていくことにリソースをシフトしたい。今回の認証はそのきっかけの一つです。
──全社導入のソリューションになるということは、他社の業務系SaaSと真っ向からぶつかることになりませんか。
業務に特化したSaaSを否定するつもりは全くありません。そのいいところをkintoneと組み合わせていただきたい。例えば、営業のSaaSに良い機能があれば、営業部門の人にはそれを使っていただき、一方で、情報が営業部門だけに閉じていてはもったいないので、データはkintoneに連携させて、開発や総務の人も把握できるようにする。こんな使い方をしてもらえたらと考えています。
僕たちは競合するというよりは、プラットフォームになりたい。kintoneは、全社で広く、どの部門の人とも情報共有できるグループウェア基盤としての役割を果たします。個別に使っているSaaSをどんどんつなげて、必要であればそのデータでアプリをつくってもらい、さらに業務を効率化していただく。仮に「DX基盤」という言葉あるとするならば、僕たちはそれを目指しているのかもしれません。
──24年11月にはクラウドサービスの価格体系の改定を控えています。額面上では値上げとなり、kintoneなどで最小契約ユーザー数を引き上げます。
ここ10年ぐらいは価格を変えていませんでしたが、賃金や電力費用のこともあり、僕らなりに粘ってはいたんですが、時代に合わせないといけなくなりました。もちろん、いただいた分はプラスアルファでお返しをしなければ申し訳ないので、さらに開発や運用などに投資していきます。
最小契約数については「中小企業を見捨てるのか」といった反応もありますが、そうではありません。僕たちも悩んだところですが、kintoneはグループウェアなので、(引き上げ前の)5ユーザーで閉じてしまったらもったいないんです。全社で、もっと言えば社外の人も巻き込んで情報共有するように使っていただきたいとの思いもくみ取っていただければと考えます。
中小企業の皆さんも、企業を超えて情報を共有していただいたほうがいいと思うんです。仕事は自社だけで完結せず、連携して動いていますよね。せっかくのクラウドなんだからつないでいこう。こういう動きにしないと、日本全体で見たときに、一部の企業だけが便利になって、全体では効率化されないなんてことが起きかねません。
AIでkintoneを強化
──最近のIT関連ではAI活用が大きなトピックとなっています。この点はどう進めますか。
積極的に取り組んでいます。パートナーとはいくつもプロジェクトを走らせています。AIによってkintoneがさらに便利になる具体的なイメージや事例も出ているので、さらに加速していきたいです。AIとkintoneで取り組んでいる事例としては、現在はドラッグ・アンド・ドロップでアプリをつくるのですが、その前段に生成AIに入ってもらう流れです。例えば、顧客管理のアプリの作成を指示すれば、テンプレートのような部分まではAIがつくります。微調整は自分でするか、パートナーに手伝ってもらってもいいでしょう。
もう一つあるのは、kintoneの中に集められた多くのデータを生成AIに通して加工する動きです。グローバル企業の中で、日本語で上がってきたレポートをほかの言語に翻訳する。今までだったら個別に翻訳エンジンにかける必要があったかもしれませんが、これがボタン一つでできるようになる。もしかすると、ボタンすらいらなくなるかもしれませんね。
──kintoneの機能拡張については「サイボウズNEXT」のコンセプトを掲げ、取り扱える業務や情報の幅を広げる試みを展開しています。
より多くの人が、多様な情報を共有できるようにしようと考えています。ここでいう「人」とは、一部門に限らず、別の部門や社外も含まれます。メールはもちろん、在庫や売り上げの情報など、多様な情報を共有できるようにする。そして、それを受け入れられるプラットフォームにしたいです。
さらに言うと、お客様の文化を変えたい。今まではこういうツールがなかったから、情報が一部にとどまってしまう。だから、上が決めて、現場は知りませんでした、なんてことが起こってしまうんです。kintoneのようなツールを使うことで、多くの人が同じ情報に接するようになり、より主体的に活動できるようになる。僕らの企業理念は「チームワークあふれる社会を創る」なので、「いいチームワーク」の実現に向けてしっかりやらないといけません。
顧客の横に立つのはパートナー
──今後の経営の方向性はどう考えますか。
実はサイボウズを拡大することはあまり重視していません。必要な規模だけあればいいと思っています。基本的にはパートナーがお客様の多様なニーズをサポートしていただければよく、僕らはシステムのコアな部分の開発や運用を頑張ればいいのであり、サイボウズ自体を大きくすることにこだわりはありません。ただ、今よりはもう少し大きくないと、グローバルも含めていいサービスが提供できないので、(今は)引き続き大きくしていきます。
サイボウズをつくって27年、いろいろなお客様の情報を共有して、ニーズを聞いてきました。そこから僕が学んだことを一つ挙げろと言われれば「お客様は多様で変化し続ける」ことです。それに全て対応するのは無理です。その横にパートナーがいて、お客様の動きに合わせてカスタマイズする。この関係がなければ、僕たちは広げられない。それは確信としてあります。僕たちがパートナーの領域まで行ったら、パートナーはやりにくくなるでしょう。お客様のそばにいるのはパートナーの皆さんですから。
──中長期的な展望をお聞きします。
日本はデジタル敗戦国と言われ、その点で申し訳ない思い、忸怩たる思いがあります。ですが、kintoneによって、中小企業から大企業まで一気にDXを進められるビジョンが見えてきました。これを日本でちゃんとやり切りたい。そして、日本で蓄えたノウハウをグローバルへ持っていく。米国ではローコードが主流であり、ノーコードは必要ないというのが多数派ですが、現場でつくれたほうが絶対に便利になる。そういう文化を広めたいです。
眼光紙背 ~取材を終えて~
会社は27年に創業30周年を控える。水を向けると、青野社長は「15年ぐらいは停滞してましたね」と振り返った。ビジネス自体も浮き沈みはあっただろうが、そうではなく、自社が目指している情報共有の姿になかなかたどり着けなかった苦労があるように見えた。
「結局のところ、情報共有にパッケージ(ソフトウェア)という技術は向いてなかった」。創業から長らく、ソフトウェア販売形態の主流だったパッケージは、どうしても利用できる人や情報の範囲が限られてしまう。それがクラウドの到来によって一変した。「クラウドになった瞬間に社外も含めて共有でき、申し込むだけで使える。このテクノロジーが情報共有のサービスには必要だった」
自分たちが本当にやりたいことをかたちにできるまでに、技術や社会環境が追いついてきたのだろう。「僕の青春時代、30代を返してほしいな」と冗談混じりに笑いつつも「もっと面白くできそう」と目標の実現へ思いをはせる。
プロフィール
青野慶久
(あおの よしひさ)
1971年生まれ。愛媛県今治市出身。大阪大学工学部情報システム工学科卒業後、松下電工(現パナソニック)を経て、97年8月に松山市でサイボウズを設立。2005年4月に現職。22年からはノーコード推進協会の副代表理事を務める。
会社紹介
【サイボウズ】「kintone」「サイボウズOffice」「Mailwise」「Garoon」といったグループウェアの開発・販売・運用を手掛ける。2023年12月期の連結売上高は254億3200万円。現在はクラウド事業の売り上げが全体の85%を超えている。