PCメーカーのサードウェーブは、法人向け市場でのシェア拡大に注力している。ゲーミングPCなどで一定のシェアを持つコンシューマー市場だけでなく、市場が大きい法人向けでの成長がビジネスの拡大に欠かせないとの判断からだ。8月に新社長に就任した井田晶也氏は、前職の米Intel(インテル)日本法人で法人向けチャネルビジネスに携わり築いたネットワークを生かし、法人向けの売り上げを全社の3割に拡大することを目指す。
(取材・文/堀 茜 写真/大星直輝)
100年後を見据えた戦略
――インテルからサードウェーブに転職されました。インテル時代のサードウェーブに対する印象と、入社後についてそれぞれ教えてください。
インテル時代からお付き合いがありましたが、外から見ていると、ゲーミングPCなどコンシューマー中心に派手な動きをする会社という印象が強かったです。入社してみて、実直で真面目と感じました。以前から何事にも果敢にチャレンジする姿勢があると思っていましたが、それは変わらないですね。新しいことに挑戦する姿勢が強い会社です。この会社とともに成長したいと感じました。
――PC市場におけるサードウェーブのポジションをどう見ていますか。
コンシューマー市場である程度のポジションを確立しています。当社は小売りからスタートし、パーツの販売などニッチな市場から、ゲーミングPCやクリエーター向けPCのメーカーとして成長してきました。今は、ニッチな市場からまだ完全に抜け出せていないので、さらなる成長のためにこれからは大海原を航海していく段階になります。
――成長のために、トップとして期待されている役割は何でしょうか。
コアとなるのは、クライアントPCのビジネスです。法人市場で成長するための戦略をつくり、実行していくのが私の役割になると考えています。
当社の企業理念の中に「100年ビジョン」があります。これは、100年先の世の中に求められる企業であることを目標にするというものです。既存のユーザーや市場を大切にしつつ、同時にさらに大きな市場に向けて製品やサービスを展開することが、100年ビジョンにつながると思っています。当社は創業40周年を迎えました。次の40年、さらにその先の100年となると、会社をもっともっと拡大していく必要があります。私どもの伸び代となるのが法人市場です。コンシューマー市場で培った技術やノウハウを法人向けに生かしていくのが、次のチャレンジになります。
短納期でのカスタマイズ対応が強み
――法人向け市場における課題は何でしょうか。
認知度がまだまだ足りていない点です。ブランディングという意味では2023年にPCブランドを三つに再構築しました。ブランドを整理することで、法人市場に向けてより分かりやすく発信できます。少しずつシェアを拡大することで認知度もついてきますし、それに加えてマーケティング活動も両輪として取り組んでいきます。
――法人向けでの拡販に向けた戦略を教えてください。
業種・業界でフォーカスしたいのは、映像関連やゲームなどの開発、CADを活用するような建築建設分野、大学など研究機関向けの販売です。製品面では、ラインアップを拡充しています。得意分野であるグラフィックボード搭載のハイエンド製品だけでなく、軽量な小型PCからGPUを最大4枚搭載できるワークステーションまでポートフォリオを広げました。それぞれ個々のユーザーに最適なカスタマイズが可能で、当社では「テーラーメイドPC」と呼んでいますが、これを短納期でお届けしています。
――PCメーカーとしての強み、競合他社との差別化ポイントは何になりますか。
製品のカスタマイズのバリエーションは競合に負けないですし、それを短納期で可能にしている体制が大きな強みです。CPUが2個入ってグラフィックボードが4枚刺さるようなワークステーションでは、部材の調達を含めると他社では納期が3~4カ月かかるものを1カ月で納品したケースもあります。昨年から動いているAIに向けた製品は、ユーザーから今すぐほしいという声が多いですが、それにすぐに対応できる点は大きいです。
法人向けでシェアを拡大していくには、価格や性能の競争力はもちろん必要ですが、対応の早さや信頼性といった部分が重要になると考えています。神奈川県綾瀬市の生産工場や東京・秋葉原の本社など国内4拠点で提供体制をすべて完結でき、ジャパンメイドという点が競合に対してアドバンテージになってきます。価格など何か一つで一番を目指すというより、トータルでサードウェーブが選ばれるようになっていくことを目指していきます。
――今後PC市場をけん引するのは、AIワークロードをエッジ側で実行可能にする「AI PC」とみられています。拡販にどのように取り組みますか。
最適なデバイスと、それに対応するアプリケーションやソフトウェア、サービスを提供できるようにしていくことが一番重要です。「Lunar Lake」のコードネームで呼ばれるインテルの最新CPUを搭載したAI PCを9月に発売し、重さ1kgを切る軽量のモデルも用意しました。何ができるのか、企業にとってどんな利点があるのかを丁寧に伝えて提案していきます。
また、AI PCが広がっていくと、端末がさらに高価になっていきます。1台で100万円を超えたり、ワークステーションレベルでも1000万円を超えるようなものが出てくるでしょう。そうすると、すべての企業が一気に導入するのは難しくなってきます。当社はPCのサブスクリプションやレンタルサービスを提供する部門を自社内に持っており、製品を1年、2年で試していただくことが可能です。特にハイエンド製品の領域ではAI PCへのニーズは高いので、サブスクリプションサービスは今後さらに積極的に展開していきます。
販売パートナーとの協業を最重視
――販売戦略を教えてください。
大手ディストリビューター各社とは、すべてお付き合いさせていただいており、非常に密接にビジネスを行っています。認知度の話にもつながりますが、シェアを広げるには、パートナーとの協業が最も重要になると考えています。パートナー戦略を強化し、ディストリビューター各社と今まで以上に関係を深めたいです。
また、その先にいるリセラーや、各地方のローカルキングといわれるような企業とも、できる限り直接関係を強化したい。そういった企業と組んでいくためのパートナープログラムを展開しているところです。
――法人向けの販売エコシステムの整備は、どの程度進んでいますか。
まだまだこれからの段階ですね。現状は、目指すところの3割程度といったところでしょうか。当社はWeb販売も行っていますが、法人向けのサイトが立ち上がったのは今年に入ってからですし、ダイワボウ情報システムの取引サイト「韋駄天」との連携も、今年に入ってから実現しました。販売エコシステムをしっかりつくっていかなくてはならないと考えており、リセラー企業とのエンゲージメントを生むシステムづくりは、大きな課題です。
――法人向けで拡販するには、一括購入する大企業へのアプローチもお考えですか。
もちろんエンタープライズも狙っていきますし、そういった案件も数件出てきています。ハイタッチで営業が大きな案件を取れた場合、ディストリビューターにトスアップして、ディストリビューター経由で販売するケースもあります。販売パートナーとウィンウィンになるかたちを目指しています。
――全国に47店舗展開する「ドスパラ」は、法人向け販売にどう生かしますか。
ドスパラをハブとして、オンサイトのサービス拠点にしていきたいと考えています。会社や学校、病院などで当社製品を使っていただき、修理の際は近くのドスパラ店舗に持ち込んでもらったり、キッティングやセットアップに店舗から直接お伺いして対応するようなサービスを提供したりしていきたいです。小売りから始まったというPCメーカーとしての成り立ちがユニークな点を、法人向け事業にも生かしていきます。
――業績を含め、これからの目標をお聞かせください。
売り上げ1000億円の達成と、法人部門の割合を3割以上にすることを目指します。現状、法人向けの割合は2割に満たないので、向こう3年で伸ばしていきます。社長として私が実現したい未来は、日本を代表するPCメーカーになる礎を築くことです。当社はここ数年でビジネスが軌道に乗り、社員も1200人になりました。冒頭で申し上げた「100年ビジョン」では、「100年後も社会で価値を持ち続けるアジアを代表する企業になる」と記しています。その実現のために、社員と一緒にビジネスを成長させていきます。
眼光紙背 ~取材を終えて~
井田社長には、前職のインテルの印象を強く持っていたが、今回のインタビューで、大学時代に音楽理論と作曲を学び、卒業後は電子玩具のベンチャーを立ち上げて、おもちゃ用のサウンドを作っていたことを初めて知った。「小さい会社だったから、マーケティングも営業も何でもやった」という経験が、マーケティング職で誘われてインテルに入るきっかけになったという。インテルでは「法人向けPCに関わる事業は全部やった」といい、「日本企業で自身の知見を生かしたい」とサードウェーブに入った理由を明かしてくれた。
群雄割拠のPC市場で、コンシューマー市場で培った経験を生かしてシェアを拡大しようと、法人向け市場での拡販を目指していく同社。100年後を見据えた戦略がどう結実していくのか、井田社長の手腕に注目したい。
プロフィール
井田晶也
(いだ てるや)
1965年、東京都出身。91年、米アリゾナ大学芸術学部卒業。音楽関連会社の起業などを経て2006年、米Intel(インテル)日本法人に入社。マーケティングやチャネルパートナー関連の要職を歴任し、21年、執行役員営業本部本部長兼クライアント事業統括に就任。23年、サードウェーブに入社し、取締役兼最高執行責任者(COO)副社長執行役員。24年8月から現職。
会社紹介
【サードウェーブ】1984年、コンピューター関連機器販売会社として創業。PCの製造販売が主力事業で、「GALLERIA」「raytrek」「THIRDWAVE」の三つのブランドで製品を展開。ゲーミングPCを中心としたコンシューマー向けの店舗「ドスパラ」を全国に47店構える。2023年7月期の売上高は760億円。従業員数は1146人(23年7月末現在)。