日興通信は、本年度(2025年3月期)を最終年度とする3カ年中期経営計画で、「民間顧客の倍増」と「クラウド対応の強化」を旗印に、300社余りの新規顧客の獲得を成し遂げた。民需開拓を重点的に推進するとともに、ガバメントクラウド活用といった環境変化を踏まえて、官公需でオンプレミスとクラウドのハイブリッド型ビジネスモデルの強化に力を入れたことが奏功した。今中計の成果と次期中計の方向性を鈴木範夫社長に聞いた。
(取材・文/安藤章司 写真/大星直輝)
4000社の再訪問を可能にする
――3カ年中期経営計画が大詰めを迎えています。どのような成果が得られましたか。
今中計では、「民間顧客の倍増」と「クラウド対応の強化」を旗印に取り組んできました。いきなり民間顧客向けの売り上げを2倍にしたり、物販をやめてクラウドに全面移行したりするのは無茶なので、今中計で将来の方向性を定めて、その基礎づくりをするという位置づけです。
当社は、伝統的に官庁・自治体や公立学校、農業協同組合など公益団体に強いSIerで、純粋な民需は昨年度で言うと、売上高全体の3割程度にとどまっています。官需に強いのは当社の特色であり、優位性でもありますが、その一方で国内産業の活性化、とりわけ地方の民需を盛り上げていくには、近年のクラウド・デジタル化を強力に後押ししていくことが重要な役割だと捉え、民間顧客の倍増とクラウド強化の指針を掲げました。
――民間顧客をどのようにして増やしましたか。
全国の支社と支店で顧客接点の強化を実施し、今中計のスタートからこれまでの2年半余りで再訪問可能な民間顧客およそ4000社を開拓してきました。再訪問可能とは“門前払い”ではなく、「ITで何か困ったことがあったら声を掛けるよ」「また営業に来ても構わないよ」と言ってくださった顧客で、実際、こうした顧客のうち300社余りと新規に取引を始めることができました。今中計スタート時の既存顧客数が約3000社でしたので、現時点ですでに300社余りの顧客数を上乗せできています。
――新規の顧客開拓でエピソードを教えてください。
例えば名古屋は首都圏と関西圏に次ぐ大きな民需市場があるにも関わらず、当社の売り上げ規模はあまり大きくありませんでした。全社の営業部門で各営業担当者が1日4件の顧客と接点を持つ目標を掲げて実行しており、名古屋支店では営業部門長から課長、新入社員に至るまでこれを実行し、再訪問可能な民間顧客の多くを開拓することができました。
名古屋支店の動きを見ていると、ただやみくもに訪問するのではなく、工業団地や業種業態に焦点を当てた非常に戦略的な動きをして、顧客がより具体的な話を聞きたいそぶりを見せれば、次回訪問時に技術者を同行させて商談を具体化させています。営業組織の幹部らが率先して範を見せることで、若手社員が失敗を恐れず営業に打ち込める雰囲気づくりがうまくできたと感じています。
全社で変化適応の能力を高める
――支社と支店の営業範囲の中で、さらに地域を絞ったり、業種業態に焦点を当てたりするなど特色ある活動をしていますね。
そうですね。京都支社は私立の高校や大学向けの提案活動を重点的に行い、北海道支社は有力な地場産業の土木業界に焦点を当てつつ、他の業種にも積極的に接点を増やしていくなど、それぞれの地域特性を生かした営業活動を展開しています。
新規に取引が始まったばかりの顧客は、PCやWi-Fi通信環境の整備など比較的小口の案件が多いのですが、その中でも業務システムの刷新やPBX(構内交換機)のクラウド移行、ネットワーク・セキュリティーのゼロトラスト方式への移行といった比較的大きな商談が活発化しています。
――今中計で二つめの柱である「クラウド対応の強化」はどうですか。
今中計を立案していた3年前の21年は、デジタル庁が発足し、ガバメントクラウドが選定されるなど、いよいよ国や自治体でもクラウド移行が本格化していた時期でした。当社はNECの販売特約店、ビジネスパートナーとして長年にわたってビジネスをしているので、サーバーやPBXのクラウド移行が進めばNEC製品の販売が減り、SaaS化によってソフトウェアの製品販売も減ってしまうことが予想されました。
では当社が“製品販売をやめる”のかと言えば、それも違います。クラウド化が進んでも、顧客がIT機器を所有するオンプレミス需要がなくなるわけではありませんので、あくまでもクラウドとオンプレミスのハイブリッド化が進む外部環境に対応したビジネスモデルにアップデートするのが今中計の「クラウド対応の強化」の狙いです。
――ハイブリッド化が進む外部環境の変化を全社を挙げて学びとり、自社のビジネス変革を遂行してきたわけですね。
何事も一足飛びにはいきませんので、今中計では全社員に「Amazon Web Services」や「Microsoft Azure」などの大手クラウドサービスの資格を取得してもらっています。営業や事務、スタッフ職は初級から中級、技術職はより上位の資格取得を目指し、全社員の8割近くが何らかのベンダー資格を取得するに至っています。
地味な活動に見えるかも知れませんが、この効果は絶大で、何かと横文字が多いクラウド商材の名前を言っても、社内で問題なく通じるようになりました。
クラウドに関連して、生成AI分野での新サービスが続々と登場していますが、営業や技術の担当者が注文をとってスタッフ部門に発注依頼を出すときも、その商品が何なのかをスタッフがちゃんと理解し、発注ミスを事前の防ぐのはもとより、当社業務で「この業務は○○クラウドベンダーの○○AIを使えば自動化できるのではないか」といったクラウドを活用した業務改革の発案も活発になりました。
次期は数値目標の設定も視野に
――来年度(26年3月期)から新しい中計が始まりますが、どのような方向性をお考えですか。
「民間顧客の倍増」と「クラウド対応の強化」の方針は継続しつつ、次期中計ではもう少し具体的なビジネス面での数値目標の設定も視野に入れています。今中計では全国の支社と支店がさまざまな創意工夫を行って民需開拓やハイブリッド化への対応を進めており、これらの活動記録を電話やメール、Webで営業を行うインサイドセールス部門に集約し、分析できるようにしました。この体制も次期中計で大いに役立ちそうです。
例えば、ある顧客に向けた営業が不調だったとしても、当社の別の支店が同じ顧客の別の部門と接点を持ち、取引関係にあるケースも珍しくありません。インサイドセールス部門は全国の支社・支店の営業活動の詳細な情報を見られますので、支社・支店間の情報共有を支援して営業の手がかりにする情報のハブとしての活動も本格化しています。
ほかにも顧客先の支社・支店の現場のデジタル化需要を聞き込み、当社インサイドセールスで取りまとめて当該顧客の本社の決裁権限を持っている部門や経営層への提案を指示する“司令塔”のような役割を担うことも増えています。これまでもインサイドセールスの機能はありましたが、今中計で全国の営業組織とインサイドセールス部門との連携を大幅に強化できたと自負しています。
――次期中計に向けて営業のあり方がより大きく変わりそうですね。
今中計でさまざまな業種業態の民間企業に営業を行い、インサイドセールスで情報の集約や分析を行う体制を構築しましたので、次期中計ではこれをさらに進化させて、製造や小売り、介護、建築、放送など業種別の深掘りと、全国規模での情報共有を進めていきます。
また、当社は自社で開発したオンプレミス環境で稼働する販売管理システムを運用していますが、これをクラウド上へ移行することを検討しています。単に移行するのではなく、生成AIを使ったテスト工程の自動化や仕様書の取りまとめなど、生産性を高める手法も積極的に取り入れ、ここで得た知見をユーザー企業の基幹業務システムのクラウド移行プロジェクトに応用することで競争力を高めていきます。
官庁・自治体や公立学校、農協などに強い当社の強みを大切にしつつ、外部環境の変化に合わせて自社のビジネスをアップデートすることで民需を一段と伸ばしていきます。
眼光紙背 ~取材を終えて~
1996年に3代目社長に就任してから最も印象に残った出来事は何か聞いたところ、「2011年の東日本大震災をきっかけに東北地区の拠点を一気に五つ増やしたこと」と返ってきた。それまで仙台にしか拠点を持たなかった同社だが、「東北復興は当社の創業の精神に通じるものがある」と拠点を増やす決断を下した。
日興通信は、敗戦直後の焼け野原となった東京で「壊滅した電話設備の再建を通して日本の復興に寄与したい」との思いから、日興電氣工業の社名で1947年に創業したのが始まり。震災で大打撃を受けた東北地区でのビジネスは厳しいものになることが予想できたが、創業の精神と照らし合わせて「東北復興に少しでも役立ちたいとの思いは今でも揺らぐことはない」という。
来年度からスタートする次期中計においても創業の精神を大切にしながら「100年企業」になることを視野に経営のかじ取りを担う。
プロフィール
鈴木範夫
(すずき のりお)
1957年、東京都生まれ。82年、早稲田大学大学院修士課程(建築史)修了。86年、米クレアモント大学院経営管理学科修了。87年、日興通信入社。91年、取締役。95年、常務取締役。96年、代表取締役社長就任。
会社紹介
【日興通信】1947年創業。昨年度(2024年3月期)売上高は164億円。売上構成比は公立学校を中心とした教育分野が31%、官庁・自治体が25%、農協が16%、民間企業が28%。NECのビジネスパートナー。従業員数は約550人。