今最も注目されている企業の一つである米NVIDIA(エヌビディア)。今年は時価総額が米Apple(アップル)や米Microsoft(マイクロソフト)を抜き、世界一になった時期もあった。大崎真孝日本代表兼米国本社副社長は、「AIが特別なものではなく、ありとあらゆるシステムに当然のように入っている世界」が数年内に訪れると見る。ハードウェアとソフトウェアの両面で“AI時代”をリードし、ますますの成長を見せる同社の今後について聞いた。
(取材・文/大向琴音、日高 彰 写真/大星直輝)
驚きはないが、想定外の成長
――日本法人の代表に就任して10年以上が経過しました。この間の国内のAI市場の広がりをどう見ていますか。
外資系の企業にいると、日本を外から見るかたちになるので、むしろ国内のことが非常によく見えますし、日本への思いが強くなる場面も多いです。エヌビディアは米大陸、ヨーロッパ、アジア、日本の四つのリージョンに分かれています。AIに関するビジネスは過去、ほかのリージョンと比べて「日本はまだか」と言われる状況が続いていました。
2022年、米OpenAI(オープンエーアイ)によるAIチャットボットの「ChatGPT」が登場し、生成AIのブームが訪れました。これまでAIを受動的に、知らず知らずのうちに使っていた人たちが、ChatGPTによってより能動的に自分たちのタスクを依頼するようになり、業務におけるAIの活用方法が生まれてきました。国内でも“AI懐疑論”はほとんどなくなり、いかに使っていくかという流れが来ていると思います。これまでは、AIを使ったときのリスクについての意見が多かったのですが、今はAIをどのように使えばいいのかといった質問がほとんどです。
――エヌビディアのビジネスはどのように変化しましたか。
エコシステムを立ち上げること、開発者を支援することを中核に置いており、その点では私たちがやっていることは変わっていません。ゲームの時代から、スーパーコンピューター、AIの時代にわたって同じで、開発者に対し、開発を容易にするためのツールを提供しています。その結果として、AIにおいても多くの方々に私たちのプラットフォームを採用いただいています。
――入社当時、これほどの会社に成長すると想像していましたか。
ここまでの成長はさすがに想定していませんでした。前向きで先頭を走るといった文化が強く根付いている会社ですので、成長するのは間違いないと考えていましたし、実際に成長したことに対する驚きはありません。ただ、当時も成長企業だから入社したというわけでもなかったんです。そこまで(会社のことが詳しく)見えていたわけではなく、ジェンスン・フアン(米国本社CEO)との縁を感じたから入社し、入ってみたら非常に居心地のいい会社だったということですね。
活用の課題はテクノロジーではない
――AIがブームとなり、多くの企業がAIに関する製品や機能を展開しています。その中で、エヌビディアの優位性や独自性はどこにあるのでしょうか。
エヌビディアは汎用コンピューティングの会社です。一方で、AIやグラフィックス、スーパーコンピューターなどの領域(で強みを発揮しているという点)では“スペシフィック(特化)”でもあります。汎用であるというのは、みんなが使えるようにするという取り組みです。私たちはこれからも、全ての開発者が容易にプロダクトやサービスを開発できる汎用のツールをしっかりと提供していきます。これまでも、これからも変わらない私たちの戦略です。今の市場トレンドに即して言えば、どのような開発者でも生成AIをつくれるし、使えるようにしていくということです。
同時に、スペシフィックであるというのは、汎用コンピューティングでありながら、AIやグラフィックス、科学技術計算(といった特定のワークロード)を加速させることができるといえます。私たちは、自動運転やメディカル、創薬、ゲーム、スーパーコンピューターなどさまざまな事業を展開しています。それらの下地にあるハードウェアとソフトウェアのアーキテクチャーは一緒ですから、ある領域で培った技術力やナレッジが、ほかの産業にも転用できるのです。
――顧客のAI活用を支援してこられました。実際のAI導入・活用における課題についてどのように分析していますか。
いくつかの課題があると思っています。一つは、AIにおいては、これまでのウォーターフォール式の開発手法は難しいという点です。これまでは、発注者が投げた発注内容を、外部の企業が受注して受け持つといった分担がありました。このとき、発注者が中途半端な理解度で発注の内容を決めてしまうことがありますが、受注側はその内容を忠実に守ってつくりますから、新たなアイデアが生まれにくいのです。しかし、AIにおいては知見を高めて、“腹落ち”をして、アイデアを出していくということがとても重要です。今は、企業がいかに自社で技術力を高められるかを考えるフェーズだと思います。
二つめは、経営者の技術的感度であり理解力です。これまで積み上げてきたものを変えよう、また付け加えようとすると、社内を説得しなければなりません。そこで、経営者の技術への理解やグローバルへの感度が中途半端であったり、腹落ちをしていなかったりする場合、社内を十分説得することができず、結果として取り組みも中途半端になってしまうのです。グローバルでも日本でも、AIで成功している、あるいは成功しようとしている企業は、経営者や経営に関わる人たちが先頭に立ち、理解を深めて変革しようとしています。
三つめは前向きな課題です。日本にはものづくりやサービス力など、これまでの強みがあります。これらを捨てるのではなく、その上に新たなものを加えていくことが、日本のこれからの独自のやり方になってくるのではないでしょうか。これまでものづくりをしてこず、サービスの水準もプアだった国は、いきなりデジタルの世界から入ってきます。PC1台でビジネスを立ち上げられるからです。しかし、日本には現場があり、これまで培ってきた技術力があります。ここにAIを加えていくと、非常に強くなると考えています。
――AI活用にあたってはデータの整備やセキュリティーなどが課題なのかと思っていましたが、そのようなテクノロジーの問題よりも先に考えるべきことがあるのですね。
実装面よりも、むしろ経営課題としてテクノロジーをどのように捉えるかが大事です。経営者が経営課題に取り組んでいけば、日本人は優秀ですからテクノロジーの課題はいくらでも解決できると思っています。
AIファクトリーでつくったAIをサービスや製品に落とし込む
――日本市場でこの1年に取り組んだ施策や、25年に向けて考えていることについて教えてください。
23年末から非常に力を入れて増やしてきたのが、AIを学習するためのデータセンターである「AIファクトリー」です。経済産業省はAIコンピューティングリソースを整備する国内のクラウド事業者に助成を行っていますが、そこで私たちも支援を強化しており、現在のところ6社の事業者がAI向けのデータセンターを全国に展開しようとしています。AIの学習基盤はある程度準備できてきており、これからもまだまだ増えていくと思いますが、もちろんAIだけをつくっても意味がありませんから、次はそれを活用するサービスが立ち上がらないといけません。AIファクトリーでつくったAIをサービスや製品に落とし込んでいく流れが、今後2年で起こってくると考えています。
私たちはサーバーやGPUといったハードウェアだけではなく、AIの製品化に向けたソフトウェアやアプリケーションを多く用意しています。それらを組み合わせることによって、ユーザーに製品やサービスをつくっていただくような提案をしています。要はリファレンスデザインです。通常、半導体メーカーのリファレンスデザインというと単に半導体を動かすだけのものですが、当社ではアプリケーション層を含めて、すぐに製品化できるレベルまでソフトウェアを用意しています。
――日本では、AIへの投資はまだブームが先行している段階のように感じます。AIが本格的に価値を生んでいくのはいつになるのでしょうか。
それは、見えないところでもう進んでいます。例えば、皆さんが使っているスマートフォンやPCでもAIのサービスがサーバー経由で入ってきています。前述したように、この先2年ほどでAIデータセンターで学習したAIが市場で使われるタイミングが訪れるでしょう。そのころになると、AIは特別なものではなく、ありとあらゆるシステムに当然のように入っていると思います。
――今後、AIが社会で価値を生んでいく中で、エヌビディアはどのような立ち位置にいると考えますか。
立ち位置としてはやはり、プラットフォーマーです。私たちが何か特定の製品をたくさん売るということではなく、ユーザーが自然と最適なツールを手に取ったときに、それがエヌビディアのソフトウェアであり、ハードウェアであるという状態になっていくと思います。
眼光紙背 ~取材を終えて~
11月に開催した「NVIDIA AI Summit Japan 2024」で、今後のAIの活用例としてジェンスン・フアンCEOが言及した「AIエージェント」や「フィジカルAI」について、大崎代表は「私たち社員も驚かされるが、(これまでのフアンCEOの予想は)全て現実になってきている」と語る。これほどの正確さで将来への投資ができる理由について、フアンCEO自身が現場に精通しているからとした。大崎代表自身も、「現場に赴き、現場を理解することが重要」だと考える。
部下からの報告を待っているようでは、変化の激しい市場のスピードについていけない。経営者という立場ではあるが、“プレイングマネージャー”として現場主義で取り組み、日本企業のAI活用をさらに後押ししていく姿勢だ。
プロフィール
大崎真孝
(おおさき まさたか)
1991年、日本テキサス・インスツルメンツに入社。エンジニアと営業を経験した後、20年以上、DSPやアナログ、DLPなどの製品に携わりながらマネジメント職に従事。2014年6月にエヌビディアに入社し、日本代表兼米国本社副社長に就任。
会社紹介
【エヌビディア】1993年に米国で設立し、2003年に日本法人を設立。3Dグラフィックスを処理するチップのGPUを開発し、PCゲーム市場で注目された。グラフィックス処理以外にもGPUを活用する取り組みを進め、科学技術計算や機械学習、AIの領域で大きなシェアを握る。現在はハードウェアからソフトウェアまで幅広い製品を提供し、企業のAI活用を支援している。