米Wasabi Technologies(ワサビテクノロジーズ)日本法人のWasabi Technologies Japanは、年率およそ60%増の勢いで売り上げを伸ばしている。同社のクラウドストレージサービスは、データの出し入れやAPI接続の課金を行わず、容量と使用期間のみの料金体系を特徴としている。バックアップ用途や客先設置のストレージとの連携といった定番用途に加え、防犯カメラや医用画像、大学・研究機関、映像メディアといった重点分野をビジネスパートナーとともに積極的に開拓。ビジネスパートナーの社数を全国津々浦々カバーできる300社体制へと拡充していく。
(取材・文/安藤章司 撮影/大星直輝)
全国300社の間接販売網を構築へ
――日本法人のビジネスは好調に推移しているようですが、どのあたりがユーザー企業やビジネスパートナーから評価されているのでしょうか。
ワサビテクノロジーズグループ全体の直近の売上高は、年率で約60%増で伸びており、国内もそれを上回る勢いでビジネスを伸ばしています。ユーザー企業から評価されている要因の一つに当社のクラウドストレージサービスの料金体系が分かりやすく、ほかのクラウドベンダーが提供するストレージサービスより割安である点が挙げられます。
一般的なクラウドストレージは、保存するデータ容量と使用期間のほかにデータの出し入れやストレージを制御するAPIの接続料金などが従量課金されます。当社調べでは、国内企業が支払っているクラウドストレージ費用の半分は「容量と使用期間」以外の従量課金の部分が占めています。当社はデータの出し入れやAPI接続料などの従量課金の要素を排除し、単純にデータ容量と使用期間だけの料金しかかからないのが、大きな特色となっています。
――競合他社は米Dropbox(ドロップボックス)や米Box(ボックス)のようなオンラインストレージベンダーでしょうか。
いえ、どちらかと言えば米Amazon Web Services(アマゾン・ウェブ・サービス)などの総合クラウドベンダーが提供するサービスが競合となります。企業のファイルサーバーや業務システムのデータを丸ごとバックアップする大規模なストレージ需要に対応できるサービスですので、実際の導入に当たってはバックアップシステムの構築経験が豊富なSIerによるシステム構築が必要になるケースが多くを占めます。販売に際しては当社からの直販は非常に少なく、大半をSIerなどのビジネスパートナー経由が占めています。
――国内のビジネスパートナーは何社体制ですか。
2024年9月時点でのビジネスパートナー数は200社余りでしたが、全国をカバーできるよう300社体制へと拡充している段階です。クラウドストレージはバックアップや、企業の社内に設置してあるファイルサーバーのデータを保管する用途などが定番ですが、当社では防犯カメラや、レントゲンなどの医用画像、大学・研究機関、映像メディアなどの業種を重点領域に位置づけており、こうした業種に強いビジネスパートナーに多く取り扱ってもらえるよう働きかけています。
ピリッと辛いワサビのような存在
――身代金要求型のサイバー攻撃が猛威を振るうなか、データをどこにバックアップして保護するかは企業経営にとって重要課題だと言われています。
二次バックアップ先に当社のクラウドストレージサービスは最適だと自負しています。ランサムウェアの攻撃は年を追うごとに高度化し、本番環境への攻撃のみならず、バックアップ先も暗号化して、システムを復旧させないよう妨害してきます。うまく防御してバックアップ先のデータを保護できれば良いのですが、万が一に備えてクラウドストレージにも重要ファイルを二次的にバックアップしておくのが望ましい。二次バックアップは最後の砦となるため改変不可の設定にすればより安全ですし、定期的にデータを復元する訓練をする場合も当社のサービスであれば追加費用がかからないメリットを享受できます。
――ファイルサーバーのデータの一部をクラウド上に保管する用途も定番とのことですが、具体的にはどういった需要なのですか。
オンプレミス型のネットワーク接続型ストレージ(NAS)を、社内専用の共有ファイルサーバーとして活用している企業はとても多いのですが、便利なのでつい保管するデータが増えすぎたり、ちゃんとバックアップの管理ができていないのに重要なファイルを保管したりしてしまう、いわゆる“野良NAS”も問題視されています。そこでファイルサーバーの同期先として当社のクラウドストレージを組み合わせれば、ファイルサーバーが寿命や災害などで物理的に故障したとき、迅速なデータ復旧が可能になります。
24年11月にはNECのファイルサーバー製品と当社のクラウドストレージを組み合わせたソリューション製品を発売しています。ほかにも台湾のストレージメーカーのSynology(シノロジー)のNAS製品と当社のクラウドストレージの組み合わせで販売するなどNASメーカーとの協業も進めています。NAS製品を“お寿司”だとすれば、当社はピリッと辛い“ワサビ”のようなサービスで、お寿司をより引き立てる役割を担っています。
――重点領域についてもお話いただけますか。
防犯カメラや医用画像、大学・研究機関、映像メディアといった業種は、取り扱うデータ量が多い共通項があります。防犯カメラの設置台数が増えれば増えるほど記録した映像データの保管先の確保が急務になりますし、病院は社会的な影響の大きさからランサムウェアの攻撃対象になりやすいうえ、増え続ける医用画像のデータ保管先の確保が課題になっています。
大学・研究機関向けでは、24年12月に国立情報学研究所の学術情報ネットワークSINET(サイネット)のサービス提供会社に加わることで利用しやすくしました。データ容量と保存期間以外の従量課金の要素を排除している当社サービスは、病院や大学・研究機関といった年度ごとに予算を確保する団体にとって使いやすい料金体系だと言えます。
パートナーとの関係が成否を決める
――映像メディア業界向けはどうですか。
「ヱヴァンゲリヲン新劇場版」シリーズの制作で有名なアニメスタジオのカラーが当社のクラウドストレージを選択していただいているほか、アニメ・ゲーム業界で採用が広がっています。
映像をAIが認識してタグをつけるサービスも開発中で、例えばスポーツの映像を見て選手の名前をタグ付けしたり、会話の文字起こしを行ったりすることができます。24年1月に買収した米国のCurio AI(キュリオエーアイ)の技術を活用したもので、24年4月に「Wasabi AiR」へ名前を変更して現在に至ります。タグ付けするための日本語データベースの構築がまだで、国内でのサービス提供時期は未定ですが、将来的に映像メディアの管理や検索が格段に行いやすくなることが期待できます。
――脇本社長と言えば、外資系IT企業の日本事業責任者を歴任してきた印象がありますが、ご自身のキャリアについてお話いただけますか。
日本法人の責任者だけに限定しても、当社が5社目になります。新卒で入社した会社は実はIT企業ではなく、米系金融機関でした。IT業界に転身したのは、異業種交流会で偶然出会った米ITベンチャーの幹部に声をかけられたのがきっかけでした。90年代半ば、クラサバという単語も知らなかった私でしたが、当時は珍しかったオブジェクト型データベースの魅力をとうとうと語られ、なんだか面白そうだと思って足を踏み入れたのが最初です。
米IT企業の日本でのビジネスに30年近く携わって言えることは、米国の成功体験をそのまま日本にもってきても上手くいかないという点です。国内SEの7割はSIer側にいて、ユーザー企業に出入りしているSIerがIT投資の意思決定に少なからず影響を与えています。SEの多くがユーザー企業に所属している米国とは対照的です。当社から見れば、SIerはビジネスパートナーであり、いかにパートナーとの良好な関係を保つかが、中長期的に見て日本でのビジネスが成功するかを決定づけます。そういう意味で、パートナー重視の当社ビジネスは私の経営方針との相性が良いと言えます。
眼光紙背 ~取材を終えて~
変化が激しいIT業界にあって、日本に進出する米ITベンダーもM&Aや再編が頻繁に起こる。だが、その度に別の会社から声がかかり、途切れることなく日本法人のビジネスを任されてきた。仕事を引き受けるにあたっては、「長く安定した関係を好む日本ユーザーの特性を米本社に理解してもらう」ことに努めている。ユーザー企業が信頼しているパートナーであるSIerとの関係構築も欠かせない要素だという。
一度関係が出来上がれば、ユーザー企業は長く愛用してくれるし、ビジネスパートナーも積極的に顧客に提案してくれる。米本社に向けては「小さくてもいいので成功事例を継続的に示しつつ、私に日本法人を任せるというのであれば、長期にわたって安定成長する日本市場の特性を生かせるようパートナーやユーザー企業との意思疎通を重視する経営を行っていく」と、日米ITビジネスをつなぎ、ともに発展できる関係づくりを実践している。
プロフィール
脇本亜紀
(わきもと あき)
埼玉県生まれ。1985年、一橋大学社会学部卒業。米国系の金融機関に就職したのち、1990年代に入ってIT業界に転職。以来、オブジェクト型データベースやセキュリティー製品、ネットワーク監視ツールなど米国IT企業の日本事業責任者を歴任。22年に米Wasabi Technologies日本法人のトップに就任。
会社紹介
【Wasabi Technologies Japan】米Wasabi Technologies(ワサビテクノロジーズ)の日本法人。本社は世界100カ国余りでサービスを提供し、約8万社のユーザー企業、およそ1万5000社のビジネスパートナーを擁している。