国内企業によるクラウド利用の拡大やAI活用の急加速を背景に、データセキュリティーやネットワークの課題はより深刻さを増し、セキュリティー機能を包括したSSE(Security Service Edge)とSD-WANなどのネットワーク機能を一体で提供するSASE(Secure Access Service Edge)への注目は高まりつつある。SASE製品を扱う米Netskope(ネットスコープ)は一元的に統合された基盤と、祖業であるデータ領域への強みを武器に市場の取り込みを図っている。2025年1月に日本法人トップに就いた権田裕一氏は「われわれの得意分野の方向にマーケットが動き出している」と手応えを示し、営業変革やパートナーとの関係強化を通じて、事業拡大に努める考えだ。
(取材・文/藤岡 堯、岩田晃久 撮影/馬場磨貴)
――ネットワークやセキュリティー領域を長年歩んでおられますが、ネットスコープが扱う製品は従来と異なる分野のように感じます。参画した印象はいかがですか。
SSEやCASB(Cloud Access Security Broker)といった言葉はお客様との会話で聞くことも多く、ネットスコープについても、お客様と「どこか元気のいい会社ある?」という話をした際に名前が出てくることがありました。米Gartner(ガートナー)のMagic QuadrantでSASEやSSEのリーダーに位置付けられている企業の中で、マーケットシェアが小さいにもかかわらず、皆さんの評価が非常にポジティブなのはなぜか。そんな興味も抱いていました。
入社してみると、想像以上にテクノロジーの面で優れていることに気がつきました。本社からは、PoCを実施したお客様の7~8割は本採用に至るとの話を聞いており、内心では「本当かな」とも思っていましたが、実際に検証されたお客様と会話すると非常に良い反応があり、納得できました。
また、人も素晴らしいです。入社して1カ月後にグローバルのリーダーシップミーティングが米国で開かれた際、各国の代表と会いました。とてもアットホームな雰囲気で、創業メンバーであるサンジェイ・ベリCEOやクリシュナ・ナラヤナスワミCTOの人柄が反映されているのでしょう。技術に精通し、お客様ファーストで、フラットな組織。みんなが純粋にお客様の問題解決や、クラウド時代のセキュリティーをつくることへの使命感に燃えていました。入社前の期待が一つも裏切られず、非常に楽しく取り組んでいます。
――テクノロジーの強みという部分では、どのような点が差別化につながっていると感じますか。
あくまでもわれわれの視点に立った話ですが、大きくは会社が為そうとしているミッション、開発思想が異なるように感じます。セキュリティーと聞くと、どうしてもパフォーマンスが犠牲になるとか、UXが悪化してしまうといった課題がありますが、サンジェイたちは、今後、クラウドアプリケーションが主流になり、どれだけ利用が拡大しても、UXが悪化するどころか、さらに良い体験を提供できるアーキテクチャーを考えました。それがコントロールプレーンとデータプレーンを分けるということです。ほかにも分けている会社はありますが、当社はグローバルで全て一面的に管理・運用されています。多面的な構造では、バージョンアップをするにしても、手間が多くなり、バグも起こりやすい。アーキテクチャーの段階から考えられているのが大きなポイントです。
加えて、パフォーマンスの悪化を防ぐために、PoP(Point of Presence)を全部自社で設けています。IaaSの上にアプリケーションを載せてサービスを提供しているのではなく、インフラから全部自分たちでつくって運用し、サービスを提供する。パフォーマンスに妥協なく、かつ、リーズナブルな価格帯で提供しようというインフラのつくり方です。
そもそも、セキュリティーの会社として何を守ろうとしているのかという点も異なるでしょう。当社は、CASBがオリジンとしてあり、もともとデータセキュリティーを突き詰めようとして立ち上がった経緯があります。ですので、非常に細かいレベルまでパケットの中身を見られるなど、当社にしかできないことがあります。それが大きな違いだと考えています。
――SASEの市場は伸びしろが大きいと言われています。ユーザー企業の導入に向けた意欲はどう受け止めていますか。
最近はAIの台頭もあり、情報漏えいを防ぐ観点からCASBに光が当たっています。加えて、AIで言えば、DLP(Data Loss Prevention)もありますが、導入には(ユーザーの)重い腰が上がらない印象があります。しかし、AIにデータを与える際に、データの機密性を確認することは必要であり、その意味でもDLPを始めてみようというような、われわれの得意分野の方向へマーケットが動き始めている手応えを感じているところです。
他社に先駆けて多様なLLMをカバーしているほか、対応の速度やコントロールできる情報の粒度などはデータセキュリティーでわれわれが培ってきた部分であり、強みを生かせる市場環境になってきたと言えるでしょう。AIについては、DSPM(Data Security Posture Management)もありますので、こういった技術要素を中心に「AIゲートウェイ」というかたちでも取り組んでいます。
ただ、SASEとして一気にやろうというのは、何かきっかけがないと難しいかもしれません。それでも、CIOやCISOなどが「ちゃんとゼロトラストを実行しよう」と発言して始まるパターンもあり、徐々に機運は高まっています。
さらに、リモートユーザーが非常に多くなり、ユーザー企業の中に「従来のハブアンドスポーク型のセキュリティーでいつまでやっていけるか」という漠然とした思いが広がっているのではないでしょうか。先日、当社で「SASE Summit」というイベントを開催したところ、およそ600人が参加し、非常に良い評価をいただきました。今は、個別にSASEのハンズオントレーニングも実施し、SSEとネットワークが一元化されることで何ができるかという点について、具体例を通じて感じていただいています。
「チャンピオン」をつくる
――パートナービジネスの現状もお聞きします。
お付き合いいただいているパートナーの皆さんからは、ファミリーのように接していただけている感覚があります。われわれがパートナーと取り組みたいのは、SSEと言っていても、SWG(Secure Web Gateway)だけやっていたり、どこかでバイパスされていたりといったことは止めて、本当にしっかり守ろうという意識付けです。結果的に当社が選ばれるかはともかく、エンドユーザーに対して、パートナーの力をお借りしながら、データを守る必然性を伝えたい。ここを共に取り組んでいただけるパートナーと会話をしているところです。
その中で、今率先して取り組んでいることにパートナーチャンピオンづくりがあります。実現に向けては、日本のお客様、パートナーにとって動きやすい環境をつくることが仕事の一つでありますし、その役割をどこまで愚直にやれるかということだと思います。
関係強化に向けては、定期的に勉強会を開き、プロダクトだけでなく、セキュリティーとは何かといったテーマや、法改正の話など、いろいろな角度で説明しています。「売ってください」というよりは、現在のセキュリティーやSASEのマーケットの後ろにある本質的な部分を理解してもらっています。これも好評で、東京だけでなく、大阪、名古屋、福岡でも積極的に開いています。
製品説明だけに頼らない営業を
――日本法人の組織づくりはどう進めますか。
われわれはこれから、マーケットのシェアを挽回しなければなりません。ただ、技術やマーケットのニーズ自体はあります。ですので、重要なのは情報発信をどれだけ積極的にできるかということでしょう。
ともすると、メーカーの営業は製品の説明に閉じがちですが、そこを私は大きく変えたい。そもそもセキュリティーとはどうあるべきなのか、どういうアーキテクチャーで守っていくべきなのか、クラウドセキュリティーやデータセキュリティーのロードマップをどのようにつくっていくか、といった観点からお客様やパートナーと議論し、「だからこそネットスコープだな」と納得していただいて採用を促せる営業チームをつくりたい。とんちみたいな話ですが、自社の製品の細かい話をせずに受注を獲得してきてほしい。そういったことを伝えています。
すでにお客様も何かしらのソリューションを導入している環境では、考え方が「Why buy?」から「Why change?」に変わってきます。われわれはこの過渡期におり、営業の仕方やパートナーにお願いすべきことも大きく異なってくるでしょう。そこを理解しながら取り組む必要があることは、エフファイブやトレリックスの経験からも強く感じています。元々チャレンジしてきた経験があり、前よりも効率的に変革ができるかなと思います。人はそれほど簡単には変わらない点も学んでいますので、根気強く進めていければというところです。
眼光紙背 ~取材を終えて~
四半世紀以上にわたって、法人向けITセキュリティー業界に身を置いてきた。その視点から国内市場にどういう思いがあるかと尋ねてみると「思うところはいっぱいある」と冗談めかして笑う。
とりわけ感じていることは「スピード」だという。国内企業のIT導入のスピードは海外と比べてやはり遅い。セキュリティー領域はなおさらだ。もちろん日本企業が「コンセンサスで動いていることは理解している」が、企業の競争力を高める観点からも、改善が必要だろう。
公共領域においても、例えばISMAPの認定を得るための期間は他国の同趣旨の評価制度と比べて長期にわたるという。認定期間がどうあるべきかは一概には言えないものの、認定までに時間がかかることは、企業のIT投資の遅れにつながるだけでなく、本来希望する機能・性能の製品を採用できず「お客様の選択に妥協を促しかねない」
この状況に対して「何か一石を投じられないか」と思う。自社だけでなく、業界や国内企業全体の発展に向け、考えを巡らせる日々だ。
プロフィール
権田裕一
(ごんだ ゆういち)
外資系のネットワークやセキュリティー企業を中心に25年以上の業界キャリアを有する。米Force10 Networks(フォーステンネットワークス)や米F5(エフファイブ)の日本法人、セキュリティーブランド「Trellix」(トレリックス)を擁する米Symphony Technology Group(シンフォニー・テクノロジー・グループ)傘下のMusarubra Japanでは代表職を務める。2025年1月から現職。
会社紹介
【Netskope Japan】米Netskope(ネットスコープ)の日本法人として2017年に設立。CASB製品を主軸に成長を続け、SSE、SASEへと領域を拡大している。本社は24年、ARR(年間経常収益)が5億ドルを突破したと発表している。