AI活用による生産性の向上にさまざまな企業が挑戦している。業務フローの変革やデータの所在などが壁となり、大きな成果を実感するのはまだ難しいと言われる中で、米Notion Labs(ノーションラブス)は人とAIが協働しやすいワークスペースとして注目を集める。アジア太平洋地域担当を兼任する、日本法人Notion Labs Japanの西勝清ゼネラルマネジャーは、「Notion AIにより、人が創造的な仕事に注力できる環境を提供する」と展望し、ニーズの取り込みとさらなる認知拡大に向け、パートナー戦略を強化していく方針を示す。
(取材・文/南雲亮平 写真/大星直輝)
時代にマッチしたオールインワン構造
──日本1号社員として入社されてから約5年が経ちました。この期間でどのような変化がありましたか。
入社の決め手にもなった当時のミッション「誰もが思い描いたソフトウェアを自由自在に組み立てることができれば、世界はより多くを実現できる」は、現在「人生の仕事に美しい道具を」という文言に変わっています。ただ、根底にある精神は同じで、情熱を持って取り組む「人生の仕事」を実現するための道具を、「Notion」を通じて提供するという点に変わりはありません。
私の立場も大きく変わりました。社員1人から始まり、今では日本オフィスには70人強のメンバーがいます。以前は私が全てを把握しディレクションしていましたが、今はチームの中の一員として動いています。また、現在は日本だけでなくアジア全体の代表も兼任しており、日本、アジア、そしてグローバルにとって何が最適かというバランスを見て判断する機会が増えました。
マーケットの変化で言えば、Notionを知っている、使っているという個人ユーザーが増えました。企業導入では成長企業に加え、大企業での利用も拡大し、手応えを感じています。
──働き方改革やAIの進化は、Notionのビジネス環境にどのような影響を与えましたか。
過去5年間、リモートワークやハイブリッドワークの文脈でツールの分散が起きました。さらに、AIが登場したことで、業務に特化したAIツールが現れ、情報分散が加速しています。これに対し、Notionは、メモ機能からプロジェクトやタスクの管理といったワークフロー全体をカバーするオールインワン構造だったので、AIにとっても情報を理解しやすいという優位性を生んでいます。
人間にとって使いやすいUI/UXが、AIエージェントにとっても働きやすい場にもなっており、業務フローを変えることなく同じ環境内で動けるという点は、非常に有利な特徴であると実感しています。
──国内で大規模な導入が続いています。
世の中全体でNotionが使われる波ができています。大企業で働く社員も企業導入前にプライベートでNotionを利用しており、「使い勝手がいい」という声が、私たちが営業するよりも先に、お客様の間で広がるようになりました。
営業の現場では、全社的な基盤として導入するケースもあれば、社員にAIの便利さを実感してもらうための「入り口」として、特定の高機能なAI機能に注目いただくケースもあります。例えば、NotionのAIミーティングノートは、書き起こしの質が非常に高く評価されております。アプリケーション横断検索を行うエンタープライズサーチも、すぐに便利さを感じられる機能です。
AIも働きやすいワークスペース
──現在進めているAIのチームメイト化について、手応えを教えてください。
非常に良いです。単純にプロダクトの質、アウトプットの質が向上したこともありますが、最大の進化は、AIエージェントがNotionを使えるようになったことです。以前は文章の要約などが中心でしたが、今はエージェントがデータベースを作成したり、情報に基づいてタスクを割り振ったり、人がNotionでやっていたことを代替できる範囲が増えました。お客様からの評価も高く、「大体のことが完結できる」という声をこれまで以上にいただいています。
今後は、さらに自動化を進めるカスタムエージェントへの期待が非常に大きいです。「毎週月曜日、こことここを見て情報をサマリーして書いてください」といったように、自動でタスクを実行してくれる世界です。
──10月の年次イベントでは、「ローカライゼーションを進めて行く」との方針を示しました。AI機能について、国内の商慣習や利用傾向から、どのようなカスタマイズが求められていると考えていますか。
日本固有のニーズとしては、会議の議事録や報告書のやり取りが多い傾向があるため、さまざまなユースケースやテンプレートを準備していく必要があります。エンタープライズサーチにおいても、国内で多く使われる米Microsoft(マイクロソフト)製品への対応は完了し、「Box」への対応も間もなくリリース予定です。
「社員が新しいツールを本当に使いこなせているのか」という課題意識の高さから、どの部門で誰がどのように使っているかといったデータの可視化に対するニーズも強いと感じます。紙やPDFのデータもナレッジとして取り込みたいという声も大きく、対応を強化したいと考えています。
このほか、ユーザーはAIを使うにあたり、プロンプトをあまり打ちたくないという傾向があります。だからこそ、短い文章の指示は「説明」を求めている、長い文章なら「改善」を求めている、といった具合に、AI側が指示を推測してくれる機能が非常に好評です。
全方位的にチャネル戦略を強化
──企業向けの導入を加速するために、営業面で注力している戦略や具体的な取り組みを教えてください。
営業面では、従来からNotionを支持してくださっているエンジニアやプロダクトマネージャー層へのアプローチを継続しつつ、現在はAIを活用したDXなどに関心を持つ大企業層へのアプローチを強化しています。具体的には、展示会への出展や、私自身が記事などを拝見してNotionの考え方に近いと感じた人に情報交換をお願いするといった活動を行っています。
導入支援を担うパートナー戦略も強化しています。ニーズが増えているのは、ワークスペース設計や情報整理の方法に関するコンサルティングです。AIに対して適切なコンテキスト情報を渡せるように、人間とAI双方にとって分かりやすい情報の「持ち方」を設定するためです。これに伴い、Wiki、タスク管理、ドキュメントなどを既存の他社ツールからNotionへデータ移行するサービスも多く提供しています。
次の段階としては、従来のリセールパートナーだけでなく、例えば共同でのマーケティング活動などにより製品のリーチや認知度を高めるための新しいパートナーシップの形態も模索し、全方位的にチャネル戦略を強化していく予定です。日本や韓国はパートナーの必要性が非常に高い国であるため、グローバル戦略の中でも強化に力を入れます。
──ほかにはどのような成長のチャンスがあると考えていますか。
解決すべき課題であり、われわれが挑戦したいと考えているのは、ナレッジワークにおいて、従業員が心から「Notion AIのおかげで本当に便利になった」と実感できるサービスを届けることです。一般的なITソリューションの中で、真にユーザーの生産性を向上させ、創造的な仕事に集中できるようになったと思えるツールはまだ多くないという危機感があります。この実感を提供することが、われわれの大きなチャレンジです。
──ユーザーコミュニティーも成長に関わってくるのでしょうか。
コミュニティー活動は引き続き注力します。個人ユーザーであるアンバサダーやキャンパスリーダーと、企業内でNotion推進を担うチャンピオンズといった異なる立場のメンバーが交流する場を加速させていきたいと考えています。個人の知見が会社での利用に役立つなど、お互いの学びにとって有意義だと考えているためです。
クリエイターエコノミーの育成も目標としています。テンプレートの作成やYouTube、スクールなどでノウハウを拡散するクリエイターの方々が、Notionに関わる活動を「人生の仕事」として収益化できるような環境を日本でもつくりたいと考えています。すでに日本でも月商100万円強のテンプレートクリエイターが生まれています。
──過去に「『あいつはいつもチャレンジしていたね』と記憶されたい」との発言がありました。今、どのようなことにチャレンジしていますか。
主に三つの柱に全力投球しています。一つは、先ほどお話した、Notion AIにより便利を実感していただくことです。もう一つは、Notionに入ってきた社員が、新しいことに挑戦し、成功し、より大きな職務や新しいスキルセットを手に入れられるよう、成長を支えることです。最後は、日本やアジアの責任者として、地域ごとの最適化と、グローバルビジネスの全体最適を両立させることです。初挑戦ですが、お客様やチームの成功にコミットする気持ちが強く、やりがいを感じています。
眼光紙背 ~取材を終えて~
日本1号社員として入社した当初は、SNSなどのソーシャルメディアに投稿される全てのフィードバックを直接確認していた。会社の規模が大きくなり、立場が変わってからは、ほかの社員がユーザーとやり取りすることも増えたという。
SNSの声に着想を得て、プロダクトを開発した例もある。25年の春ごろにSNS上でユーザーによる「NotionはAI時代に、構造的にふさわしいか否か」という議論が行われた。この議論をフィードバックとして捉え、新しいMCPサーバーをリリースした。
会社としてユーザーの声をチェックする体制があり、本来ならそれで十分かもしれない。しかし、最近、個人的にチェックを再開したという。SNSには厳しい意見も投稿されているが、「ユーザーの本当の声がある。自身の学びや営業活動などに欠かせない」と、初心を貫いている。
プロフィール
西 勝清
(にし かつきよ)
2003年、新卒で米Cisco Systems(シスコシステムズ)日本法人に入社。12年、LinkedIn Japanに立ち上げメンバーとして入社し、法人営業部門を統括。19年、WeWork Japan入社。営業シニアディレクターに就任。20年、Notion Labsに日本1号社員として入社。日本法人の設立に伴い、22年から現職。25年よりアジア太平洋地域担当に就任。
会社紹介
【Notion Labs Japan】米Notion Labs(ノーションラブス)の設立は2013年。16年にコラボレーションソフトウェア「Notion」を正式にローンチした。22年に日本法人のNotion Labs Japanを開設。24年時点でユーザー数は1億人を突破している。日本法人の社員数は約70人。