日本コンピュータシステム販売店協会(JCSSA、梅哲雄会長)人材育成委員会は4月14日、東京・文京区の文京シビック大ホールで、会員会社の新入社員を対象にした「2005年度新入社員向けセミナー」を開催、18社、560人の新入社員が参加した。梅哲雄会長(丸紅インフォテック社長)が開会挨拶したほか、大塚商会の大塚実・相談役名誉会長、経済産業省商務情報政策局情報処理振興課の河野太志・課長補佐、アップルコンピュータの山元賢治・代表取締役、サイボウズの高須賀宣・前社長がそれぞれ新入社員に贈る言葉を語った。ここでは、大塚名誉会長による第2次世界対戦での従軍経験から創業に至る足跡を辿った講演要旨を紹介する。
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 戦局が悪化する中、昭和19年(1944年)12月に日本を出航、戦地ビルマに送られた。戦地に着いてびっくりしたのは、日本軍には戦車はもちろん重火器もすでになくなっていたこと。戦いというよりは虐殺だった。私の参加した中隊は、400人の部隊だったが、帰国できたのはわずかの24人。九死に一生というか、私の場合は九・五死に一生だったことになる。収容所生活を2年送り、帰国したのは昭和22年(1947年)7月だった。敗者の悲惨、屈辱を骨身に染みて味わわされたのが青春時代だった。

 ただ、敗者の悲惨はその後も何度も経験した。理研光学(現在のリコー)に入社、得意の絶頂から、奈落の底に落ちる経験をはじめ、4社で同じような辛酸を経験した。38歳で大塚商会を起業した時に、社訓第一条に『人生は勝者には楽しく、敗者には悲惨な道だ』と謳ったのは、もう敗者になるのは絶対にいやだという思いからだった。負けそうな戦いはしない、勝てる体制を整えてから戦いに臨むなど、敗者にならないために全力を挙げてきた。そうした私の好きな言葉、人生訓をいくつか紹介する。

 私が最大の自戒の言葉としてきたのは『諸悪の根源我にあり』。私が少しでも関与したことで失態が生じたとき、50%は私の責任だと考えてきた。他人に責任を転嫁しても、事態は絶対に好転しない。他人に求めるのではなく、自分を変える。『天は自ら助くるものを助く』というが、自助努力こそが大事だ。そしてその自助努力の方向性は『失敗に学ぶ』という姿勢、発想。2度と同じ過ちは繰り返さない、これを常に心がけてきた。

 大塚商会の経営に当たっては『病的なまでの不安感をもて』というのも非常に重視してきた。社会の変化、業界構造の変化というのは、目に見えないところで進んでいる可能性がある。その変化を捉えるには、アンテナを高く立て、不安感をもって流れを見極めることが重要だ。病的なまでの不安感をもって流れを見ていると、あっこれは黄色信号だなということが人より早く見えてくる。黄色信号が点滅する前に決断し、新たな手を打っていく。そして、私は、決断に当たっては『大志を抱き、精魂を傾ける』ことを目指してきた。社会人となった皆さんは、与えられた仕事のなかで全力を尽くすという姿勢を心がけて欲しい。

 今の若者には、やりたいことがないのでフリーターをやるというような風潮があるようだが、これは最初から逃げているのと同じだ。私は、少なくとも与えられた仕事には全力を挙げて取り組んできた。私の大志が大きすぎたために、回りとの軋轢を生み、敗者に回らざるを得なかったという側面はあるにしても、『困難を味方にする』という信念はこの時代に培われた。『弱者でも強者に勝てる』、『亀の歩みは兎より早い』というのもこの不遇の時代に学んだ。

 人生は一直線ではない。山もあれば谷もある。私自身、戦争を入れれば5回の敗者の悲哀を経て、何とかここまで来たが、精魂を傾ければ必ず事態は打開できる。この信念を持つことを、社会人1年生の皆さんに強調しておきたい。