【地方IT市場の今・3】 「沖縄にとって観光業は唯一最大の産業といっても過言ではない」と沖縄ITイノベーション戦略センター(ISCO)の稲垣純一理事長が語るように、2018年5月に設立したISCOは、沖縄県の最大産業である観光と密接に絡み合うさまざまな産業を、ITを使ってサポートする役割を担う。具体的には、幅広い産業を巻き込んで観光とITを融合した「リゾテックおきなわ」を推進してきた。一変したのは今年4月。新型コロナウイルス感染症の影響が観光産業に打撃を与える中、ISCOに求められる社会的使命はさらに増している。沖縄県独自の緊急事態宣言が出る前の4月14日に、現状と見通しをウェブ取材で聞いた。
取材・文/細田 立圭志
沖縄ITイノベーション戦略センター(ISCO)の稲垣純一理事長(中央)と永井義人専務理事(左)、
盛田光尚常務理事 兼 事務局長(写真はISCO提供、取材時はマスク着用)
盛況だった沖縄初の大規模ITイベント「リゾッテクおきなわ」
――(4月14日現在)新型コロナウイルス感染症が沖縄でも広がっていますが、直近の2~3月の状況はどうでしたか。
稲垣純一理事長(以下、敬称略) 2月は東京より県内の感染者数も少なく、沖縄は影響がないのかなと思っていましたが、今では離島でも感染者が増えて新年度に入ったばかりなのに足踏み状態です。実際、2月5日と6日には、県内のIT関連の大規模イベントで初となる「おきなわ国際IT見本市 ResorTech Okinawa」を開催しました。中国の武漢市で新型コロナの影響が深刻化しはじめた頃で、ギリギリ開催できましたが、今は4月以降の見通しが立てづらい状況です。
盛田光尚常務理事 兼 事務局長(以下、敬称略) 沖縄では2~3月は感染者数が3人しかいなく、新たな感染者も出ていませんでした。そのため3月末まで県主催のイベントは、感染対策をしっかり行いながら実施していく方針でした。しかし4月に入って、感染者が増えてきたことで県知事からも外出の自粛要請が出されて、イベントも自粛することになりました。ISCOの事務所でも、4月10日からテレワークを取り入れるなど状況は一変しました。
――滑り込みで実施できた2月の国際IT見本市はいかがでしたか。
永井義人専務理事(以下、敬称略) 約8200人が来場して、国内企業だけでなく中国や台湾、欧州など海外からの出展社もありました。実は「リゾッテクおきなわ」はプレイベントという位置付けで、本番は10月下旬に予定している国際IT見本市です。10月29日に開催予定の世界三大の旅行博の一つと言われる「ツーリズムEXPOジャパン」と連携する予定です。ツーリズムEXPOジャパンは毎年東京で開催するのですが、今年は沖縄で初めて開催することが決まったビッグイベントです。
稲垣 プレイベントでは玉城デニー県知事もオープニングセレモニーに来場して、朝8時から3時間かけて一つ一つのブースを熱心にご覧になられていたのが印象的でした。忙しい中、VRのコーナーではご自身でゴーグルを装着し、実際にITソリューションを体験されたことで、さらに理解を深められたと思います。県庁に戻られてから、班長以上の職員は時間がある限り、この展示会を見に行くようにとの指示が出されたほどです。
ISCOの稲垣純一理事長
――まさに県を挙げてIT産業を盛り上げていく姿勢が伝わりますね。
稲垣 かつての沖縄の経済は米軍基地や農業に頼っていましたが、現在は観光産業を中心に成り立っています。個人的な見解ですが、沖縄にとって観光業は基幹産業どころか、唯一最大の産業といっても過言ではありません。観光以外の産業も、すべてが観光と結びついて成り立っています。そうした中、IT産業も観光業と絡みながら、さらに一歩踏み込んで推進していくためにつくられた組織がISCOなのです。
――ISCOの設立が、県の経済活動と強く結びついているのですね。
稲垣 2018年5月に設立したISCOは県庁内の委員会での検討を経て、県の商工労働部の情報産業振興課が所管となっています。大切なのは、情報産業だけを振興するという狭い視野ではなく、県全体の経済を次のステージに引き上げる広い視野が必要です。つまり、ITを使いながらすべての産業を振興するのです。これを実現しないかぎり、IT産業が自律的に価値を高めることはできないと考えています。ですから、単なるIT産業の振興ではなく、主役となる観光と、それと結びつくさまざまな産業を、IT産業がインフラとして支えていく必要があるのです。
ISCOの永井義人専務理事
アジアと国内主要都市のハブとなる沖縄の優位性
――ISCOの会員規模はどのくらいですか。
盛田 4月13日現在、169社・団体(正会員110、賛助会員48団体、学術会員11団体)です。県外が46%、県内が56%という比率です。IT系が70%、非IT系が30%で構成されています。
稲垣 沖縄の大手IT企業はほとんどが加盟しているので、IT産業に従事する人のカバー率で言えば90%以上でしょう。むしろ、少数のITエリートの組織をつくっても全く意味がないので、非会員との取り組みに力を入れています。あらゆる産業の方々の参加が、ITインフラのすそ野の拡大につながるからです。
――沖縄にサテライトオフィスを設置して大規模自然災害のリスクを分散するなど、あらためて沖縄の地理的な優位性が見直されていますね。
盛田 首都圏と香港、シンガポールを結ぶ高速・大容量・低遅延の光海底ケーブル(ASEケーブル)で、沖縄は中継地点となっています。また、那覇空港の第二滑走路もできたので、県外からのアクセスや利便性がさらに高まるはずです。
稲垣 沖縄は本土から離れているので、大規模自然災害が同時に発生するリスクがありません。遠隔地なので物流などのコストはかかりますが、物価は低く抑えられます。リゾートとしての観光だけでなく、生産性の高い仕事を快適にできるロケーションとしての魅力もあります。アジアとアクセスする時間でいえば、沖縄から台湾と、沖縄から鹿児島の移動時間が同じです。同様に沖縄からソウルと大阪・名古屋、沖縄から上海と福岡、沖縄からマニラと東京の移動時間が同じなのです。国内の主要都市にアクセスするのと同じ感覚で、アジア各国に行くことができます。つまり、東京の会社が沖縄に拠点を置くと、経済的な合理性が生まれるのです。
ISCOの盛田光尚常務理事 兼 事務局長
新型コロナに対応する「リゾテックおきなわ」
――「リゾテックおきなわ」は、イベンドだけの活動ではないのですか。
永井 違います。リゾートとテクノロジーの造語から「リゾテックおきなわ」は生まれていますが、大規模なITイベントを開催するだけでなく、沖縄の島全体がいわばリゾテックで覆われているのです。複数の交通機関をアプリで快適に移動するMaaSから、空港やスタジアム、離島や畑、豚小屋など日常でもさまざまな規模のITを使った実証実験があちこちで展開されているのです。
――ほかにどのような実証実験がありますか。
永井 ICチップを組み込んだリストバンドで観光施設の入出場管理や買い物の決済、購入を促進するシステムの実証実験や、ホテルの部屋のAIスマートスピーカーに話しかけると多言語でルームサービスやチェックアウトの受け付けや、車で行ける観光地などを答えてくれて、最終的に顧客満足度の計測までできるシステムなどいろいろです。スタートアップが単独で有名ホテルに話や提案をするのは難しいですが、ISCOが仲介役になることで実証実験まで実現することが可能になります。もちろん、モノレールやバスなど複数の交通機関がアプリで、ワンストップで連携するMaaSなどの取り組みもあります。日常的な取り組みをデイリーリゾテックと呼んだり、離島での実証実験をリゾテックアイランドと呼んだりして、あちこちで活動の輪が広がっているのです。
ISCOに求められる役割は増している
――先行きの見通しは難しいですが、今後はどのような展開が考えられますか。
永井 例えば、政府の給付金や書類の受け付けなどのデジタル化ですね。従来だと4カ月かかるものを、もっと速く処理できるシステムを設計できます。申請するために役所の受付窓口で集団ができて新型コロナがクラスター化してしまっては本末転倒ですが、新型コロナのオープンデータの活用も提案しているところです。
稲垣 感染者数の推移をビジュアルで分かりやすく見せるサイトをつくって市民に情報提供することもすでに始めています。もともとISCOはITエンジニアのオープンイノベーティブなシステムの活用や、スタートアップとオフィシャルな県や役所をつないで、一緒になって実証実験などを展開する組織です。昨年以上に新型コロナ対策では、観光とITから派生した形で社会の安心や安全につながるためのシーズがたくさんあります。観光で役立ったビッグデータの活用方法やAIの技術が、アタッチメントを付け替えることで社会の安心、安全につなげることが可能です。知事や副知事にもこの点を説明して、深く理解していただいたところです。
――活躍の幅が広がっていきますね。
稲垣 現在はこれらの活動のいくつかを10月の国際IT見本市で紹介する予定で、将来的には常設展示することを県に要望しているところです。ISCOの活動は確かにビジネスや経済につなげる活動ではありますが、沖縄の未来の経済を支えるのは若者たち、子どもたちです。そうした未来の若者のために、啓発する活動を広げていきたいです。一時は若者の理系離れも叫ばれましたが、ITが今後の社会が抱えるさまざまな問題を解決するツールになるので、社会をもっと面白くしていきたいですね。