水野博之 大阪電機通信大学 副学長

 山中貞雄の丹下左膳「こけ猿の壺」を見た。この映画は今から約70年程前につくられたもので、もちろん、白黒ものである。大昔、今から50年くらい前に一度見たことがあって、そのとき非常な興奮を覚えたものであった。当時、たまたま入った暖房とてない小便臭い京極の映画館で偶然出会ったもので、私以外には観衆もまばらで、寒さに足踏みをしながら見たものである。爾来(じらい)、時々思い出してはもう一度見たいものだ、と思っていたのが念願叶った、というわけだ。

 話の節は単純だ。「こけ猿の壺」と呼ばれている壺がある。そのなかに百万両の隠し場所が描かれている、という言い伝えがあり、人々がその壺をめぐって争うというものだ。話の筋なんてどうでもよい。出てくる人物と、人物と人物とのやり取りがまことに面白い。まず、主人公の丹下左膳であるが、これが片目片腕の剣士である。片目片腕なんてまことにユニークな設定であるが、これがまた滅法強いときている。この強い男が弓場(今のゲームセンターみたいなところ)の居候をしていて、そこの女性オーナーに頭が上がらない。喧嘩をしながら仲のよいこの夫婦を中心にして物語は進んでいく。

 こう書いてくると、なんだかどこにでもある風景だが、天才山中監督の手にかかると、おかしくも悲しい不思議な映像へと変わっていく。これはハリウッドの金で圧倒するような喜劇ではないが、確固たる存在感のあるものだ。こんな映画を見ると、金世界を制覇しているハリウッド的でない分野がまだまだある、と痛感する。ITでも同じことだろう。そろそろ、われわれも山中貞雄の爪の垢でも飲んでみたらどうだろう。山中貞雄は28歳の若さで戦争に散った。しかし、丹下左膳というユニークなもののなかに、いまなお、生き続けている。(滋賀県・比良山系の雪を見つつ)