OVER VIEW

<OVER VIEW>低成長下、米国ベンダー新しい戦略を探究 Chapter4

2004/05/31 16:18

週刊BCN 2004年05月31日vol.1041掲載

 20世紀の強大な産業となった電気、鉄道、通信、自動車はいずれもある時期、技術革新への期待から投資が活発化して、一時的には株価バブルが起きた。しかし、巨額資金を手にした産業界の技術革新、生産設備増強でその産業の製品・サービスは急速に普及し、社会に大きな影響を及ぼし、経済の仕組みまでを変えてしまった。この歴代の巨大産業と同じプロセスを現在のIT産業が辿っている。ハイテク業界に起きたデジタルコンバージェンスが、社会や経済の仕組みを変えるユビキタス時代到来と同時進行しているからだ。(中野英嗣)

社会・経済の仕組みとの融合に向うIT

■ITも歴代基幹産業と同じ道程をたどる

 世界的に企業のIT投資が再び上向きに転じ、市場回復期にあるIT産業だが、企業情報システムへの期待も大きく変化してきたことを実感する。企業システムは、従来その企業内だけで使われたが、現在はバリューチェーンを共有する企業間のシステム連携が推進され、エンドユーザーからもアクセスできるようになった。企業システムは企業内の所定の場所だけで使われるオンサイトコンピューティングから外部からも使えるオフサイトコンピューティングへと変わりつつある。

photo たとえば、期待のRFID(無線ICタグ)の利用も、商品の納品管理、生産者から最終消費者までの商品足跡がたどれるトレーサビリティ、あるいは店頭における万引防止にも効果が期待される。すなわち、ITは社会の歪みまでを解決することが期待されるようになった。ITは長い歴史を経て、社会や経済の仕組みに変革を与えるようになった。

 「このIT役割の変化は、これまでの歴代基幹産業の電気、鉄道、自動車もその歴史のなかで辿ってきた道程だ」と東京大学の伊藤元重教授は解説する(Figure19)。

 ある技術に革新が起きると、技術への投資が活発になり、株価バブルが起きてそのバブルは短いうちにクラッシュする。しかし技術投資活発化によって技術や生産設備へ投資が増大し、製品価格は下がり、その普及が急速に伸びる。クラッシュは株式市場には負の遺産を残すが、性能改革や普及には多大の貢献をする。そして次第に技術が社会や経済の仕組みに変化を及ぼすようになる。

 この例を伊藤教授は自動車で説明する。1908年にT型フォードが出て、米国自動車登録は一挙に増え、自動車革命が起き道路整備が急速に進んだ。これにつれ、大型駐車場付き量販店が全米に出現し、それまでカタログ通販主体の流通に革命が起きた。

photo 一方、自動車産業そのものを見ると、ピーク時274社もあった米国自動車メーカー数は急激に少なくなり、2000年代にはわずかGM、フォードの2社に集約されてしまった。今、IT産業も歴代産業と同じようなプロセスを辿ろうとしているように見える。ITバブルのクラッシュでは一時ITバッシングも盛んだった。また株価クラッシュとは別の要因でIT投資は一時的に低迷した。しかしその間も、企業は着実・堅実にIT化を進めた。ITの普及によって、オフサイト・モバイル・コンピューティングが進展し、ITも経営・経済・社会との融合へと向かい始めた(Figure20)。

■ITと社会の融合で、ユビキタス時代が到来

 IT株価バブルクラッシュ、米国企業のネットビジネスへの期待に絡むIT投資の急増によるIT過剰資産の調整が終わるまでの間、IT業界は不況に苦しんだ。しかし、この間にも企業システムは成長し続けた。IT産業への投資増大でIT商品量産が加速され、とくにコモディティ化したパソコンやインテルサーバーには激しい価格デフレが襲った。

 しかし、これで業界が苦しんでいる間、ユーザーは多量のITを導入したため、企業ITシステムは一挙に量的・質的飽和状態となった。すなわち、価格デフレとITの高性能化は市場の飽和を加速したといえる。

photo 業界は、価格面でも激しい競合が起き、マーケティングモデルに優れた少数のベンダーだけのシェアが上昇した。ここでITもかつての自動車産業などと同じようにベンダーの勝者と敗者が明確に区分され、HPのコンパック買収のような巨大ベンダー間のM&Aも加速された。しかし、市場飽和で勝利したベンダーも自社が独占する領域の収穫逓増則が限界に近づきつつあることを認識し、次の独占・寡占を狙える新市場を追求する。この新市場は技術主導ではなく、ITと社会・経済の融合というプロセスで生まれる。さらに社会との融合が進められるうえで重要なITスタンダードの乱立が収束し、少数のスタンダードが支配するようになる(Figure21)。

 現在のIT産業は業界と技術に起きたデジタルコンバージェンスと、通信・コンピューティング機能が広く遍く普及するユビキタス到来が同時併行で進行している(Figure22)。

photo IT、AV(音響・映像)、モバイル機器がデジタル技術で一体化し、これまで複数に区分されていたハイテク業界は1つの巨大デジタル産業に収束しつつある。ITが社会や経済の仕組みに融合するのがユビキタス時代だと考えられる。

■新しい競合構図を構成するマイクロソフトとIBM

 ユビキタス時代を迎えたハイテク産業では、特許を巡る係争が多発していることに気付く。係争多発の一方、提訴・逆提訴の訴訟合戦から、クロスライセンス契約締結による大規模提携も目立つようになった。宿敵であったマイクロソフトとサンの提携がこの典型的な例であろう。現在の企業ITシステムで顧客は、各ベンダーの仕様が異なり、その間の互換性や相互運用性の欠如に苦しんでいる。

photo しかし、ITが社会システムと融合する時代になると、このような非互換は許されなくなる。このため各ベンダーの入り乱れた仕様は1つのスタンダードに収束するようになる。現在、多発している特許など知的財産を巡る係争多発は、自社仕様を市場支配へつなげようとするベンダーの動きの証だ。

 この支配力強化には自社技術の開放から、対極的なブラックボックス化、あるいは他の強い技術を囲い込んでしまうような戦略もある(Figure23)。

 企業ITシステムと経済活動の融合の1つの典型的分野は次世代eビジネス期待のウェブサービスだろう。

photo ウェブサービスではマイクロソフトの.NETとサンJavaが技術基盤となる。この間の相互運用性確保のためマイクロソフトはサンと包括的技術提携を行ったと考えられる。

 一方、Javaユーザーをグローバルに多数擁するのはIBMだ。このため、新しい時代へ向うIT業界において、再びマイクロソフトとIBMという両巨人の新しい競合構図が生まれた(Figure24)。

 この新しい競合構図には従来と異なり、ウィンドウズとJava双方を使う膨大なユーザー層が緩衝地帯として存在する。ここではマイクロソフトも従来のような強権的な相手排除の手法は採れない。
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