e-Japanのあした 2005

<e-Japanのあした 2005>44.情報フロンティア研究会報告書(下)

2005/07/18 16:18

週刊BCN 2005年07月18日vol.1097掲載

 総務省の「情報フロンティア研究会報告書」(國領二郎座長=慶應義塾大学教授)は、ICT(情報通信技術)を活用して新しいビジネス・経済モデルを推進する観点から興味深い提言を行った。ICTが社会に及ぼす影響に関する過去の議論も踏まえて、その内容を紹介する。(ジャーナリスト 千葉利宏)

 e-Japan戦略(2001年1月)では、冒頭に「IT革命の歴史的意義」と題された一文が掲げられた。「IT革命は、18世紀に英国で始まった産業革命に匹敵する歴史的大転換を社会にもたらそうとしている」としたうえで、日本も“知識創発型社会”への移行が進むとの認識を示した。02年3月の経産省の産業構造審議会経済分科会第3次提言「ネットワークの創造的再構築」では、「垂直統合型の企業組織・連携、縦割り行政組織を水平的、機能的に再編すべき」とし、「IT産業における高コスト構造の打破と効率的で信頼できる情報市場の構築、情報市場の整備をきっかけとしたイノベーションを生み出す経済社会への変革」を目指すとしてきた。

 今回の情報フロンティア研究会報告書でも「ネットワーク構造の分散化」が加速し、「既存の垂直的な社会システム・産業構造が分散・水平化された社会に移行していく」との認識が改めて示された。しかし、そうした社会経済構造の変化がもたらす問題点について、これまでは十分な検討がなされていなかったと言えるだろう。

 垂直的な社会構造は、組織やコミュニティが限定されるため、その範囲において信用を担保する機能を果たしてきた面がある。かつてのムラ社会では、個人が互いに氏素性も判って“実名性”の高いコミュニティが形成され、濃密な企業系列や元請・下請関係の下では往々にして契約書なしの取り引きもまかり通ってきた。しかし、実名性の高いコミュニティも、都市化が進むなかで急速に崩れ、社会の“匿名性”は確実に高まってきていた。それが、ネットワーク化によって一気に加速し始めたと考えることができるだろう。最近の振り込め詐欺、カード詐欺、フィッシング詐欺などの犯罪や個人情報の持ち出し、さらには住宅リフォーム詐欺も、“匿名性”に起因した社会問題と考えられる。

 前回のコラムで紹介した共同通信の「総務省、実名でのネット活用を促す」との記事も、“匿名性”の問題を解消しようという問題意識で書かれたとみられるが、国際化、都市化、ネット化が進むなかで、社会の“匿名性”が高まっていくことは止められない変化と言えるだろう。そのような状況でいくら実名を名乗っても、以前のように“信用”を担保することは困難になりつつあり、匿名であっても“信用”が担保される新しい仕組みを構築していくことが必要になっている。

 情報フロンティア研究会報告書では、ネット社会で信用を高める方策としてまず「個人のICT利用意識の向上」を挙げた。利用者のモラルを高めるため、教育現場での取り組みに対する期待も表明している。「地域コミュニティの活性化」策として、実名性を確保しやすいSNS(ソーシャルネットワーキングサイト)の活用にも期待する。しかし、モラルを高めたり、SNSを活用したりしても、信用が担保される部分は限られる。「オークションサイトの運営者がすべての商品の真正性を保証することは困難」であるのも確かで、匿名による取り引きであっても“自己責任原則”は免れない。「すべての商品にICタグを埋め込む」や「簡易に個人認証できる仕組みを導入する」などの対策で信用を担保できる仕組みを構築することが望まれる。

 さらに報告書では、経産省が所管するソフト開発会社の契約のあり方についても言及した。産業構造のモジュール化・分散化が進むなかで、インドや中国などに開発を委託するオフショア開発が活発化しているものの、従来の垂直型企業連携の信頼関係に基づいた不明朗な委託契約を、そのまま海外企業にも適用しているケースが多いことに危機感を強めたからだ。最近の生命保険会社による保険金支払い拒否の問題にしても、日本人には契約書を読まずに相手を信頼して署名捺印するという習慣が根強いだけに、匿名性の高い社会においては個人、企業ともに意識改革を図っていく必要があると思われる。
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