視点

「ローマの休日」からみえたもの

2006/08/14 16:41

週刊BCN 2006年08月14日vol.1150掲載

 「ローマの休日」など、1953年に公開された映画の権利をめぐる争いが起こって、著作権に対する率直な感覚に、はじめて触れられた気がした。

 まず聞こえたのは、「安いほうがいい」とする声だ。4000円くらいのDVDが、権利が切れると500円くらいで出る。「それはとにかくありがたい」と、自由に複製物がつくれるメリットを、素直に認めたコメントだ。

 加えて、廉価版DVDの質を問う声にも触れた。小林信彦さんは連載コラムで、「一枚買って、観たことがあるが、画質が悪く、字幕の日本語も良くないので、捨ててしまった。」と書いている(「週刊文春」8月3日号)。

 独占権を主張するパラマウントピクチャーズ社のものは、値段は高いが質がいい。一方廉価版は「闇にもぐっていたプリント、海賊版の疑いが大きい。」としており、悪貨が良貨を駆逐しないかと、判決を聞いて小林さんは懸念する。

 04年1月1日施行の改正法で、映画の保護期間は、公開後50年から70年に延びた。今回の争点は、境目には新旧どちらの規定が適用されるかだ。70年を主張するパラマウントは、廉価版の製造、販売禁止を求めて提訴したが、東京地裁はこれを退けた。文化庁著作権課も、70年説。1953年分まで守りたいならそう書けばよいものを、条文を読んでもはっきりしない。判決も、「改正法の適用の有無は、文理上明確でなければならない」と不備を指摘する。

 この判決を、小林さんは、「映像のクォリティ(質)というものが全く無視されている」と嘆く。そこには「改正法の適用範囲を問う」争点への誤解があるが、権利が切れた以降の作品の質を問う視点は大切だと思う。ただし、質を守るために独占を継続させる方向にではなく、公有作品となってから供給される作品の質をいかにして高めるかに向けて、考えの道筋をつけていくべきだ。

 質に対する評価の高いPD Classic社は、朝日新聞の取材に「アメリカでは、映画会社が収集家ら向けに映画の正規プリントを販売しており、それらを原版にした」と答えている。糸口はここだ。公有となったら、それまでの権利所有者には最良の質のプリントを公開させる。これを実行させる仕組みが用意できれば、廉価版の質の向上はもちろん、映画版の青空文庫も公明正大に育てられる。「権利所有者の権利を切る」ことに著作権法が込めた期待に応える道は、ここにこそある。
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