脱レガシーの道標 IT新改革戦略を読む

<脱レガシーの道標 IT新改革戦略を読む>【第3部】連載第10回 電子自治体はおいしい市場か

2007/03/05 16:04

週刊BCN 2007年03月05日vol.1177掲載

ジリ貧のスパイラル

リプレースに落し穴

 電子自治体プロジェクトでは、5年間に総額10兆円が投入されたと推定される。だが予算の多くは地域ブロードバンドの整備に振り向けられ、平成の大合併で地方公共団体が1820に減少したこともあって受託サービス型のITベンダーは厳しい競争に直面している。一部には「ジリ貧のスパイラル」という悲観的な見方もある。IT産業にとって、電子自治体は本当に魅力のある市場なのだろうか。(佃均(ジャーナリスト)●取材/文)

■守るか攻めるか

 少子高齢化に対応していくため、地方公共団体は歳入の減少と対住民サービスの向上という相反する課題に直面している。そのためにITを利活用しましょう、というのが電子自治体の主旨だが、そこに投入できる予算も抑制しなければならない。

 昨年秋、持ち株会社JBISホールディングスとなった日本電子計算(JIP)。同社は1972年、民間企業として初めて鈴鹿市と受託計算契約を結んだのをきっかけに、地方公共団体のコンピュータ利用をバックアップするビジネスを展開してきた。中京地区をはじめ、多くの市町村が得意先だ。

 「1件当りの契約額が伸び悩んでいるうえ、平成の大合併でユーザー数そのものが激減した。といって既存ユーザーにはこれまで通りかそれ以上のサービスが求められる。悩みどころだ」

 内池正名社長は打ち明ける。

 「悩みどころ」というのは、これまで通り地方公共団体向けビジネスを事業の柱に位置づけて積極的に営業をかけるか、現存ユーザーをしっかりサポートする“専守防衛”に徹するか、という意味だ。もう一つの柱である証券・金融分野も企業再編や電子化の波で揺れている。当面は専守防衛に徹するが、次の展望が見えてこない。

 「Wiz LIFE」というWeb対応の総合行政情報システムは、同社のIDCによるアウトソーシングと市町村の窓口システムを組み合わせた“自信作”だ。電子申請や電子入札など電子自治体の基盤サービス機能も備えている。自治体の情報化予算が縮小し、競争が激しさを増しているため、点から面への展開を視野に入れざるを得ない。

 「これをテコに、自治体の内部システムにとどまらず、地域ネットワークのニーズを取り込みたい」

 自治体ビジネスが質的に変化し始めた。

■延び過ぎた戦線にほころび

 平成の大合併が始まったとき、情報サービス会社は「既存のユーザーである町村が合併される側か、合併する側かによって状況が変わる。合併されればユーザーを失うことになる」と危機感を募らせた。コンピュータ・メーカーは他社ユーザーをリプレースするチャンスとみて、大攻勢をかけ、水面下で激烈なバトルが繰り広げられた。

 なかでも日立製作所はグループの総力をあげて、3年間で80自治体から新規案件を獲得した。NEC、富士通に押され気味だった地域でリプレース攻勢をかける切り札となったのは、自治体ビジネスに強い日立情報システムズが持つ「e-ADWORLD」という総合パッケージだ。

 市町村そのものが半減するなかで新規ユーザーの獲得が80件というのは群を抜いている。ところが鹿児島県や福岡県の市や町で納期遅れが続出し、日立情報システムズは06年度上期に計約20億円の特別損失を計上することになってしまった。

 「戦線が延び過ぎ、ほころびが出た。それとリプレースにかかる時間を読み違えた部分がある。移行を甘く見ていた、と言われれば返す言葉がない」

 通期見通しの修正を発表した席上、原巌社長は口惜しさをにじませた。同社には200名を超すプロジェクト・マネジャーがいるにもかかわらず、発注者である市町村の担当者や、現場で動く現地の協力会社との調整に手間どった。マネジャーが分散し、技術者の総力を結集できなかったのが要因だった。昨年2月から3月にかけて、地元紙が受託会社を名指しして「動かない電子自治体」と報じ、当該自治体の議会が違約金の請求動議を起こすなど、ちょっとした騒ぎを起こすまでになっていた。実際、福岡県のある町は総額3000万円の損害賠償を要求している。日立情報は06年度上期決算に特別損失を計上せざるを得ず、新規獲得案件80件で見込まれた利益は吹っ飛んでしまった。

■薄まるメーカーの存在感

 日立が受託した案件が火を噴いた九州では、NECも苦戦を強いられている。“NECの牙城”といわれた佐賀市が韓国のサムソンSDSをプライム・コントラクタとするオープン系システムに移行、長崎県が脱メインフレームを宣言している。前回登場した沖縄県浦添市では、NECのメインフレームがサンマイクロシステムズのサーバーにリプレースされ、地元のおきぎんエス・ピー・オーというソフト会社が主導的な立場にある。

 特に佐賀市が韓国企業にリプレースされた衝撃は大きかった。一時期、同社内では「佐賀市のことはタブー」とされ、取材に応じ難い空気が漂った。他地域にも波及することを怖れたNECは04年2月から6月にかけて、中国、中京地区の公共システム営業部門に引き締めをかけ、隠密裏にSDS社が構築したソウル市江南区のシステムを視察して研究したほどだった。

 では富士通が安泰かというと、そうでもない。山形県庁は富士通のメインフレームユーザーだが、脱メインフレームの指針が出ても富士通は適切な対応策を示さず、韓国に学んだNECが積極的なプランを提案して流れが大きく変わりつつある。しかもシステム設計は仙台市に本社を置く独立系の専門会社が受託し、メーカーがソフト会社の上位に位置するこれまでの構造が逆転した。

 同じように、同県内の長井市では日本IBMが戦略的アウトソーシングを提案して受注に成功したが、システム開発の実務は大分県のオーイーシーが担っている。コンピュータ・メーカーがリプレース合戦を展開する一方で、独立系のソフト会社が立場を強めている局面も見逃せない。

 そうしたなかで、メーカーとソフト会社の間で物騒な言葉が冗談めかしてやりとりされている。

 あるソフト会社の社長が言う。

 「鹿児島で某メーカーさんと共同である自治体の案件を受注した。それは非常にうまくいって、お互いにハッピーだった。次に島根で今度はそのメーカーさんと競合することになった。するとメーカーさんの営業担当者から電話が入ったんです」

 電話口の向こうで、相手は

──うちの受注を邪魔したら、殺してやる

 と言ったのだ。

 「こっちも言い返してやりました。夜道にいつも月は出ていませんよ」ってね。

 どこまで本当か分からないが、ユーザー獲得競争はそれほど熾烈、ということだ。
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