ITから社会を映すNEWSを追う

<ITから社会を映す NEWSを追う>誰のための「便利でお得」か

2007/05/21 16:04

週刊BCN 2007年05月21日vol.1187掲載

100億円単位の浮遊利益

現金が通用しない時代

 首都圏で電子マネー型乗車カード「PASMO」がスタートして2か月。カード1枚で地下鉄、バス、JR東日本を含む鉄道など計約250事業者・約450路線の乗車賃が精算でき、チャージした電子マネーで買い物も可能なうえ、利用額に応じてポイントが付く。「便利でお得」の宣伝が功を奏して、たちまち200万枚が利用者の手に渡り、在庫を確保するため新規利用を定期券購入者に制限することになった。ITならではの利便性だが、よく考えてみると「?」なことが少なくない。利用者にとって本当にメリットがあることなのか。(中尾英二(評論家)●取材/文)

■新規利用を制限する人気

 「電車もバスもパ・ス・モ」──首都圏で今年2月から3月にかけて流れたテレビコマーシャルだ。

 定期券ばかりでなく、切符を買う手間もかからず、乗り越し精算の小銭も用意しなくていい。おまけに買い物ができ、ポイントもたまる。先行するJR東日本の「Suica」の普及推移を参考に、6か月間で300万枚を見込んだが、たちまち200万枚が“出荷”され、新規利用者を定期券購入者に制限する事態となった。

 PASMO人気にあおられたJR東日本は、5月21日からSuicaにもポイント制を導入した。SuicaからPASMOに乗り換える利用者が急増したためだ。ただしSuicaポイントクラブへの入会が必要で、しかもポイントが付くのはSuicaで買い物をしたときだけ。定期券や切符の購入は対象にならない。

 「PASMOが使えるのは首都圏の交通機関。Suicaは広域で使える」とJR東日本は主張する。なるほどSuica対応の改札機は首都圏ばかりでなく、仙台、新潟、静岡、関西に広がり、関西圏で普及しているICOCAとも相互利用ができるようになった。だがこの主張が通勤・通学者に通じるかどうか。

それはそれとして、ここにきていくつかの「?」が出てきている。例えばSuicaからPASMOに切り替えるときの手数料。東京都内の企業に勤務するある男性が、先月、SuicaからPASMOに切り替えた。すると、Suicaにチャージしてあった電子マネーを精算するのに210円の手数料を請求された、というのだ。

■自分のお金を精算するのに手数料

 「もとはといえば、私のお金ですよ。精算するのに手数料を取るって、どういうことですかね。Suicaを入手したとき、そんな説明は一切なかった。それならチャージなんかしないで、現金で持っていればよかった」と憤まんやるかたない。

 ハイウェイカード(ハイカ)からETCへの切り替えでも、手数料の問題が起こっている。昨年4月から全国の有料道路でハイカが使えなくなった。残額を現金で戻してもらう手続きを取ると、手数料が差し引かれる。払戻し金額は「ハイカの残数×(販売価額÷券面金額)」で計算されることになっていて、一見すると納得できそうだが、さらに窓口手数料210円が取られる。これも利用者に十分な説明がなされてはいない。

ハイカやSuicaがスタートしたとき、廃止になったり切り替えが起こることを想定していなかった。このため、手数料が“後付け”になってしまったのだ。ITを活用して便利になったように見えながら、窓口は依然として人手による手作業。人件費を捻出しなければならない、というのは事業者側の言い分で、利用者からすれば「知ったことか」だ。「小額とはいえ、事業者側の都合で利用者に財産の減少を強要するのは、一種の詐欺に相当しないか」との批判がくすぶり始めた。

■利用者置き去りではないか

 銀行のATM利用料や振込手数料にも同じことがいえる。行員の数を減らして人件費を抑制するのが本当のねらいだったが、銀行は「便利になります」と喧伝して利用者に端末を操作させることを思いついた。自分たちのコスト圧縮を「便利になる対価」に転化したのだ。一般には「ATM利用料や振込手数料が銀行の利益に大きく貢献している」と考えられているし、それを肯定するように銀行は利用料や手数料を取り続けている。

PASMOやSuicaについて、もう一つ指摘される「?」は、両カードとも割引や利用額面のメリットが一切ないことだ。前述のハイカでは購入額1万円で額面1万500円、3万円で額面3万2500円と、付加があった。定期券が安いのは一定の期間と区間の運賃について、一括して前払いするからだ。切符や定期券の電子化で、交通機関は悩みの種だったキセルを防止できるだけでなく、改札に立つ職員を減らせる。さらに非接触型なので、改札機の故障も減る。それだけで大きな経済的なメリットがあるに違いない。

 「そうであるならばなおさらチャージした電子マネーについて、ハイカ並みの付加があってもおかしくはない」と、前述の男性は憤る。要するに本当のメリットは事業者側にあって、利用者は「便利でお得」の宣伝に乗せられているだけではないか、というのだ。しかも利用者は個人、相手は巨大な組織では、不満のぶつけようがない。

 こうなってくると、ITが本当に利用者や消費者のために役立っているか、社会を豊かにしているか、考え込まざるを得ない。インターネット、ユビキタスなど派手な言葉が散りばめられた高度情報化が、利用者置き去りで進んでいる構図が浮き彫りになる。

ズームアップ
ロングテール型に転換
 

 PASMOやSuicaを入手する際に支払う1枚当たり500円のデポジット(保証金)。紛失しても再発行できるし、払い込んだお金やポイントも引き継がれる。その保障も兼ねているというのだが、ちょっと待った。デポジットは通常、一定期間内に精算されるが、両カードの場合、利用者が解約しない限り事業者に預託することになる。なぜ1枚1000円で売り切ってしまわないのだろうか。
 両カードの発行枚数が2500万枚とすると125億円もの巨額な“浮遊利益”が事業者にもたらされている計算だ。そこで、125億円を3年の定期預金に預けると、年利0.6%として毎年7500万円、3年で2億円以上の利子が生まれる。
 カードにチャージする現金もバカにならない。1人が5000円ずつチャージすると、総額は1250億円だ。これを同様に3年の定期預金に預けると、3年間の利息は22億円。事業者は利用者からかき集めた資金で億単位の利潤を得る。
 このことは交通機関が本業でコツコツと利益をあげるより、広く浅く資金を集めて運用するロングテールのビジネスモデルに転換することを意味している。額に汗して線路を補修し、車両を点検するより、電子マネーで稼いだほうが手っ取り早いのだ。交通機関の安全や信頼が揺らぐようなことはないにしても、「大勢集めたほうが勝ち」のマネーゲームが始まったのだ。
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