漢字が書けない子どもが増えている、という。日本教育技術学会が前の学年で習得しているべき漢字が書けるかを調べたところ、「ひと(一)つ」を正しく書けなかった小学2年生が約7割、「かい(海)外」「しん(親)切」を書けなかった3年生が約4割。学年別配当漢字1006文字の6割について、相当数の「書けない子ども」が認められる。全国480校、約3万8000人の児童を対象にした調査というから、極端な事例ではなさそうだ。

 これに対して読みはほぼ9割が正解だった。漢字を読めるけれど書けない子どもが増えている。

 子どもだけではない。大人だって怪しいものだ。筆者の経験だが、「加名川」と書いた原稿が回ってきて、「これはどこに流れている川なのか、せめて県の名前ぐらい入れろよ」と注意したところ、「いや、カナガワ県のことですよ」と答えた記者がいた。

 書けないのはワープロのせいではないか、という意見がある。キーボードで読みを入れれば、候補の漢字を表示してくれる。最近は読みをすべて入力しなくても、それまでに使った漢字や熟語、言い回しを次々に表示してくれる。携帯電話のメール文の多くは、そうやって作られている。

 漢字には甲骨文字に始まる4000年以上の歴史があって、調べれば調べるほど奥が深い。金という文字を「ヒト(人)ニ(二)ハ(チョンチョン)辛抱(─)がイチ(一)ばん」と読んで訓語にしたり、「お米はお百姓さんが八十八の手間をかけて作ってくれたのだから」と食育に活用することもある。

 日本の地学、地震学を確立し、随筆家としても知られた田中舘愛橘(たなかだて あいきつ、1856─1952)は、英文タイプライターの名手で、ローマ字推進派でもあった。漢字が日本人の国際化を阻害している、と主張した。彼がタイプライターを買ったのは黒澤商店で、その黒澤商店がIBMの計算機を日本に普及させた。

 計算機の合理主義を追求するうえで漢字が邪魔物になっていたのは、1970年代までのこと。漢字処理のニーズがダブルバイト技術を生み、今日の画像処理技術やユーザー・インタフェース技術の底辺に流れている。漢字が書けなくなったのはコンピュータのせいではなく、たぶんテレビへの依存が影響している。映像(視覚と聴覚)に偏重する情報化の落とし穴だ。