IT業界のグランドデザインを問う SIerの憂鬱

<IT業界のグランドデザインを問う SIerの憂鬱>第9回 偽装の体質から脱却せよ

2007/06/04 16:04

週刊BCN 2007年06月04日vol.1189掲載

 「技術者派遣から請負に、受託型から提案型に」は、この業界で30年来言われ続けてきた。派遣の実態を「常駐請負」「業務委託」「再請負」などと言い換え、取り交わした契約書のどこにも「派遣」という言葉は出てこない。自衛隊が行くところはすべて安全という詭弁まがいの政府答弁は力関係で押し通すことができても、労働者派遣法に言い換えは通じない。だがよく考えてみると、なぜ派遣が悪いことなのか。派遣というビジネスが悪いのではなく、それを隠そうとする偽装の体質こそ問題ではないか。(佃均(ジャーナリスト)●取材/文)

相似形の下請け構造



■歯止めがない外注の連鎖

 5月17日、東京・永田町。この日、国会議事堂前にある憲政記念館の会議室に、約30人のIT業界関係者が集まった。討議のテーマは「ITサービス業の枠組みとモラル」。おのずから技術者派遣が議題の一つになった。

 「派遣がなぜ悪いのか。需要があるから供給がある。それだけのことではないか」

 声を荒げたのは、「派遣ビジネス40年」を自認する日本データセンターの田口正人氏。富士通ファコム(現・富士通FIP)から日本EDP(ソフトウェア産業振興協会の母体となった「四社会」の1社)を通じて、プログラマやオペレータの派遣一本で過ごしてきた。

 「お客さんは派遣を望んでいるし、それによって派遣要員もちゃんと給与を得ている。コンピュータメーカーや都市銀行のような大企業に就職したくたってできない人が、そういう大会社の中で働ける」

 それも派遣会社が存在するメリットだ、と田口氏は主張する。

 ただ、同氏の営業先は自身が口にしたようにコンピュータメーカーや都市銀行だ。同氏が抱える技術者はOSやコンパイラなど、メーカーの若い技術者でも手が出せない仕事を受け持っている。40年来の人脈と業務実績がそのまま現在につながっていて、ここ10年、20年の間に設立された派遣型ソフト会社とは様相が異なる。

 発注元のユーザーがいて、ユーザー直系のIT子会社─コンピュータメーカー─メーカー直系のソフト子会社─パートナー会社(元請け的な独立系ソフト会社)というかたちでシステム開発や運用・保守の仕事が流れる。発注元から数えて、パートナー会社まで5段階。業界でしばしば問題になるのは、パートナー会社からさらに先に広がっている「外注」の世界だ。8次、9次請けというようなことは、決して珍しくない。

 「もっとひどいケースがありますよ」

 と教えてくれたのは、システムコンサルタントの古村浩三氏だ。日本ユニバック(現・日本ユニシス)からアルゴ21に移り、数年前、定年退職を機に外資系IT関連企業の対日進出や中小企業の情報化を指導している。

 「ある大手の印刷会社が取引先から受注して、それを直系のIT子会社に落とした。ところがIT子会社では手に負えないので、外注に回した。外注が同業他社に振り、そのシステムのコアになるパッケージのソフトメーカーに話が行って、そこからまた外注が始まった。とうとう16次請けまで行って、最後にたどり着いたのが外国のソフト会社だった」

 笑えない話だ。

■対価の不払いを調停

 東京・東池袋のサンシャイン60に本部を置く日本情報技術取引所(JIET)は、1996年4月、ソフト業界における多重下請け構造の解消を目的に発足した。昨年6月、特定非営利活動法人(NPO)に衣替えし、今年5月末現在の会員数は1222社。会員数では情報サービス産業協会をはるかに上回る。

 「ユーザーや業界大手と地方の中小ソフト会社に出会いの場を提供する。それによって地方に埋もれている技術者に適材適所の就労機会を与えることができる」──二上秀昭理事長はことあるごとに、こう強調してきた。

 そのために会員企業は従業員として抱える技術者のスキルを登録し、ユーザーや大手ソフト会社は案件情報を提供する。技術者のスキルと案件を照合し、両者が合致すれば正式な契約が結ばれる。

 この組織の取り組みで評価していいのは、対価の支払い状況を監視し、トラブルが発生したら弁護士を立てて調停する機能だ。これまで人的な横つながりで仕事をやり取りしていた弱小ソフト会社の経営者にとって、ビジネスチャンスが広がるうえ、代金を取りはぐれる心配がない。これが1200社を超えるソフト会社を引きつける原動力だ。

 裏返せば、ソフト業界における多重の派遣では、代金の不払いや約束と異なる就労条件などが多発していることになる。当人の了解なしで社籍を移動するような不正も横行している。こういったモラルの欠如が、「ソフトウェア=3K」の評価につながっている。

■10年後の保証はない

 「ソフトウェア業が産業と呼べるかどうかは別として……」──CSKホールディングス取締役の有賀貞一氏は、おもむろに口を開いた。情報サービス産業協会の副会長として、業界の再生に力を注いでいる一人だ。

 「生産現場に工員さんが必要なように、IT技術者の派遣はアリでしょう。しかし派遣型ソフト会社が現状に安穏としていたら、10年後はない。いまは人手不足で受注単価が上昇しているが、基本的には下げ基調。生産性を上げ、専門特化したスキルを持たないと、最後は縮小均衡で生き残るしかなくなる」

 また次のようにも言う。

 「この業界は、業法がないまことに不思議な世界。技術評価の方法として情報処理技術者資格とITスキル標準(ITSS)があるけれど、いずれも任意で、しかも技術者個人にかかわっている。事業者を規定する枠組みがない。品質を保証するための第三者的なメジャメントもない。それでもお金をいただけるのはラッキーだし、お金を払っているユーザーは甘すぎる」

 前述の会合に出席した中川隆氏は、「優秀なソフト技術者と、そうでない人との生産性は、単純に比較しただけで20倍も違う」と指摘した。慶應義塾大学の大岩元教授も「でき上がったシステムの品質を含めて比較すると、数字にならない」と口をそろえる。

 「自分たちが原因で発生するシステムの不具合を直すのが仕事になっている。うまく動かない欠陥品を売っておいて、ユーザーから修理代を取る。こんなことが家電業界や自動車業界で通用しますか。技術者の派遣にも問題はありますが、それを使う側にもっと大きな問題がある」

 浜口友一氏を会長に担いだ情報サービス産業協会は、これにどう取り組むのだろうか。
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