IT業界のグランドデザインを問う SIerの憂鬱

<IT業界のグランドデザインを問う SIerの憂鬱>第35回 IT調達プロセスが変化

2007/12/10 16:04

週刊BCN 2007年12月10日vol.1215掲載

 この連載が終了するころになって、「これからSIerの憂鬱が始まる」というのはヒドイじゃないか──との声があるかもしれない。それにもめげずに書くのだが、ユーザー企業におけるIT調達プロセスが急激に変化していることに、どれだけの人が気づいているだろうか。これまで主流だった「ITは本業ではない」という認識が、「ITも本業」に変わっているのだ。システムの構築・運用を外部に丸投げしていては、内部統制と法令順守、説明義務に対応できない。「必要なシステムは自分で作る」ユーザーが増えている。需要はあるが仕事は減るという“ねじれ”スパイラルが始まろうとしている。(佃均(ジャーナリスト)●取材/文)

背景にユーザーの本業回帰

改めて「など」撲滅運動


 要求仕様書をまともに書けないユーザー、技術仕様が穴ぼこだらけのITベンダー。日本情報システム・ユーザー協会(JUAS)の調査によると、要求仕様書を自社で作成しているユーザーは全体の3割に満たない。仕様書が正しく記述されていないために手戻りが発生する。それでも大規模なシステムが構築され、何とか動いているのだからたいしたものだ、という皮肉がある。

 そこでJUASは要求仕様書の正しい書き方のガイドを策定し、「など」撲滅運動に乗り出している。「など」は便利な言葉だが、システム化する時に対象範囲があいまいになり、確認不足や誤解が発生する。取り扱っている製品が5つあったとき、A、B、Cは消費税を別途加算、Dは消費税込み、Eは景品なので売り上げから除外と記述すれば間違いは起こりにくい。ところが「A、B、Cなどは消費税を別途計算して加算」となると、D、Eはどうするのか、という疑問が生まれる。

 発注者と受注者が直接向き合って作業を進めるなら、疑問はそのつど解決することができる。ところが発注者は現場の実情や要求を理解していない。受注者も階層が多重化していて、発注者に確認するのに手間がかかる。元請けが「そんなこと、そっちで解釈して進めてくれ」と答えれば、その瞬間、システムロジックに欠陥が埋め込まれてしまう。

 おまけに契約の片務性がITベンダーの収益を圧迫する。大規模なシステムが何とか動いている、という認識は大きな間違いなのだ。ここ数年、大規模なシステムトラブルが相次いで発生し、ITベンダーでは不採算プロジェクトが後を絶たない。

開発はグループ内で完結


 「最後に損をするのは、われわれユーザーなんです。システムが停止したり、計算結果に間違いがあれば、顧客からの信用失墜につながる。それなら、自分たちで作ったほうがいい」

 大和証券の鈴木孝一取締役(業務・システム担当)はそう言う。

 「メインフレーム系のシステムには手をつけず、業務系システムから改革しようと考えた」

 プロジェクトがスタートしたのは2001年だった。業務の現場に立つ社員一人ひとりに「どんな仕事をしているか」を整理させた。業務フローを見直すことで、業務のたな卸しを実施したのだ。その作業を通じて重複する文書や作業を洗い出し、無駄とロスを省く方法を考えた。結果として社内に流通する文書のすべてを電子化し、サーバーに格納した共通文書フォーマットをダウンロードして利用するシステムに改めた。

 並行してIT専門部隊は共通する業務手続きをプログラム・モジュール化する作業を進めていった。「消費税を計算する」「手数料を加算する」といった言葉でプログラムを抽出できるシステムを開発し、プログラミング手法を標準化して、業務現場の社員が「自分がやっている仕事」に必要なプログラムを作れる環境を整えた。

 登録された業務プログラムはIT部門が検証して、全社共通システムに組み込んでいく。現場の社員が「こんなシステムがほしい」と思ったら、まずサーバーにアクセスしてプログラムの有無を確認する。日常使っている業務用語で検索できるので見つけやすく、プログラムの重複が回避される。

 「ここまでくるのに5年かかった。エンドユーザーがプログラムを作ることで業務ロジックの欠落という不安が極小化された。業務品質を保証できるということになる」

 この間、外部のITベンダーに発注したのは特殊なプログラム・モジュールとGUI(グラフィカル・ユーザー・インターフェース)の作成のみ。多くは情報子会社である大和総研が引き受けた。つまり業務系システムの構築は、大和証券グループ内でほぼ完結した。ITの地産地消の変形といっていい。

開発標準への熟知が条件


 大阪・淀屋橋に本社を構える住友電工は、70年代に経営陣が情報システムに責任を持つ体制を整えた稀有なケースだ。

 97年にオープンソースソフトウェア(OSS)を取り入れることを決定、現在は全社約600台のサーバーの7割がLinux、2割はUNIXで動いている。並行して独自のシステム開発標準を策定し、本社の情報システム部門と情報子会社の住友電工情報システムがすべてのアプリケーションに責任を持つ。

 「オーバーフローする開発業務は外部のITベンダーに発注する。その場合、プロジェクト管理は当社が行い、外注先には当社の開発標準に習熟してもらう」

 こう語るのは住友電工情報システムの岩佐洋司社長だ。同社の社員は250人、常用の外注要員は準委任と派遣受け入れを合わせてほぼ同数。長年の実績を重視し、外注先は約20社で固定している。

 「それ以上に増やす考えはない。当社の方法論を理解し、開発標準を熟知していることがITベンダーを選定する基準なので、当社にとって規模やネームバリューは意味がない」

 ベースにLinuxとPostgreSQLを採用しているため、IT投資額は10年間で大幅に減少した。プログラムの生産性と品質は10倍以上に改善され、外注依存度は低下している。

 「TCOの削減が目的だったのではなく、OSSの品質と安全性に着目した。だからでき上がったプログラムの品質を重視し、独自の品質確認システムを開発した」という。

 情報処理推進機構のソフトウェアエンジニアリングセンター(SEC)に、実経験で得た情報やノウハウを提供してもいる。なぜITの内部統制を整備し、独自の開発標準を策定したのかと問うと、「自社のシステムである以上、当然じゃないですか」という答えが返ってきた。

 「ITも本業の一部」と明確に位置づけて、システム構築の基礎に工学的アプローチを採用しているユーザーは、SIerにとって手ごわい相手だ。80年代に多くのユーザー企業が取り組んだ多角化が、バブル崩壊を経て反動期に入っている。「本業回帰」が意味するのは、外部依存からの脱却でもある。

 IT需要は今後も旺盛に推移するとしても、SI業界への発注は確実に減少する。この「ねじれ」スパイラルが、外圧として作用するようになるのは何年後だろうか。就業者数84万人のソフト業界を潤すに足りる仕事量がなくなれば、派遣型の多重階層に安穏としているわけにはいかなくなる。多くのSIerが質的な転換を図るのに残された時間があるかどうか。
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