大手ITベンダーはマイナンバー(社会保障・税番号)の商用利用の解禁を見越して、さまざまなシステム商材の構想や検討に取り組んでいる。現時点では、その名の通り社会保障と税務にしか使えず、また、社会保障や税務は基本的に官公庁の仕事であることから、民間企業がマイナンバーを何かの業務に活用することはない。例えば、マイナンバーを社員番号や顧客番号の代わりに使うなどの利用は現時点ではNGというわけである。
ただ、一部の識者からはマイナンバーの特性を考えると「仮に商用利用が解禁になっても、一般企業での商用利用の範囲は限られるのではないか」との指摘が出始めている。マイナンバーは個人を厳密に特定する仕組みであり、本格運用後はマイナンバーによって社会保障や納税の状況、住民票の情報などを紐づけることが可能になる。もちろんこうした情報の紐づけや参照は、役所の権限がある担当者だけが行えるのであって、民間人が役所のデータベースから情報を引き出すことはできない。
マイナンバーは寸分違わず個人を特定し、その個人の情報を紐づける仕組みではあるが、しかし、いったい一般的な民間企業のどれだけが“厳密に個人を特定するニーズ”があるかどうかという点に商用利用の限界があると指摘されているのだ。今年3月『実践!企業のためのマイナンバー取扱実務』(日本法令)を上梓し、マイナンバー研究の第一人者でもある富士通総研の榎並利博・主席研究員は、「多くの民間企業にとってお金を払ってくれる人が“お客さん”」だと話す。
つまり、民間企業にとって必要なのは、厳密な個人の特定ではなく、ビッグデータ解析で用いるような個人を特定しない母集団=市場のデータであり、個々人があまりに明確に特定されてしまうマイナンバーでは、逆に使いづらい可能性が高いと言うのだ。
実現可能性が高いマイナンバーの適用範囲として銀行口座や戸籍、不動産などの分野が挙げられるが、いずれも個人の明確な特定を前提としており、よほど特殊な商品でもない限り、その人が税金をどれだけ支払っているか、社会保障はどんな状態なのか、もっといえば戸籍はどうなのか、そもそもどこの国籍なのかなどは、「民間企業のビジネスにとって重要ではない」と、榎並主席研究員は指摘する。
このように民間企業のビジネスの大半は“客から一方的に代金を受け取る”ことで成り立っているわけだが、一方で“客にお金を支払う”ビジネスも存在する。その代表格が保険やローンといった金融業であり、ここではお金のやりとりが双方向で発生するため「個人の特定でマイナンバーは有効である可能性が高い」(同)とみる。 ほかにも民間ではないものの、医療/介護の分野での公的保険の支払い管理への応用も有効だと期待されている。(安藤章司)

富士通総研の榎並利博・主席研究員が上梓した
『実践!企業のためのマイナンバー取扱実務』(日本法令)