本連載の最終回では、情報サービス業界、とりわけ組み込みソフト開発ビジネスに、今後、AUTOSARがどのような影響を与えていくのかを考えてみる。(取材・文/安藤章司)
自動車業界では、コンピュータ制御の占める比重が大きいハイブリッド車や電気自動車(EV)の開発競争が激しさを増すとともに、ソフトウェアが性能を決定づける先進運転支援システム(ADAS)や自動運転システムが、今後、ますます注目を集める。自動車の付加価値はソフトウェアによって決まるといっても過言ではない。
組み込みソフト開発業界にとってみれば、喜ばしいことではあるのだが、一方でソフトウェアの開発ボリュームが10年前の数百万行から億行単位に増えるといわれるなか、さすがに従来のような手組みの方式で品質を維持していくのが難しくなる。ソフトウェアのバグ(不具合)が人命に直結する自動車では、危険を招き入れるバグは許されない。
AUTOSARでは、一度、つくったアプリケーション(AUTOSARではソフトウェアコンポーネントと呼ぶ)を、他の部品、他の自動車に再利用する役割を担う。ちょうどWindowsやAndroidのアプリケーションが、機種(ハードウェア)を問わずに動作するのと同じである。また、多くのパッケージソフトがそうであるように、AUTOSARプラットフォーム上でいくらでも再利用ができるようになれば、アプリケーションの開発費用を抑えつつ、機能を拡充し、品質も担保しやすい。
かつては、OSなしでECU(電子制御ユニット)上に直接ソフトを載せたり、自動車関連メーカーが独自のプラットフォームをつくったりしていたため、たとえ同じ機能であったとしても、ECUやメーカーごとに組み込みソフトをつくり直す仕事が発生していた。

APTJ
高田広章
会長 ところが、AUTOSARや、ある種の開発自動化の手法であるモデルベース開発の普及・進展によって、「近い将来、クルマに実装するソフトウェアを丸ごと仮想環境上でシミュレーションして、バグを潰していく検証も実用化される」(AUTOSAR開発ベンダーAPTJの高田広章会長=名古屋大学教授)と予測する。
ここで素朴な疑問が頭をもたげる。OS(AUTOSAR)のうえで動作するアプリケーションは、果たして「組み込みソフト」と呼べるのだろうか――。自動車向け組み込みソフトはAUTOSARの登場によって大きく様変わりするのは間違いない。AUTOSARがカバーするOSまわりは、恐らく組み込みソフトの仕事は減る見込みだ。あるとすれば、OSとハードウェアのつなぎ込みの部分だろうか。
とはいえ、自動車の制御に使うソフトウェアに求められる性能や特性は、一般の業務アプリケーションとは大きく異なるのは、これからも変わらない。機能安全や制御系のリアルタイム処理は、自動車の組み込みソフトに特徴的な要素である。これまで培ってきた組み込みソフト開発のノウハウは、アーキテクチャが変わっても必ず生きてくるはずだ。同時に、新しい時代の自動車に適合した組み込みソフト開発のビジネスモデルを、早期に打ち立てていくことが勝ち残りにつながる。