私事になるが、2013年1月に株式会社BCNに入社し、その3カ月後に業務ソフトの担当記者になった。ちょうどfreeeが、参入障壁の高かった中小企業向けの基幹業務ソフト市場に登場した新興クラウド業務ソフトベンダーとして脚光を浴び始めた時期だった。いまや週刊BCNの読者でfreeeを知らない人は少数派だろう。毀誉褒貶(きよほうへん)はあるものの、彼らが市場のクラウド化やFinTechへの取り組みをけん引したことは事実だ。代表取締役で創業者でもある佐々木大輔さんに初めてインタビューしたのは14年初頭だった。以来、私にとって佐々木さんは常にその動向が気になる存在だった。(取材・文/本多和幸 写真/大星直輝)
本多 まずは今年佐々木さんが出された「『3カ月』の使い方で人生は変わる」という本の話からしましょうか(週刊BCN1735号の書評コーナーに掲載)。書評用に送っていただいたんですけど、その前にちゃんと自分で買って書評を書いたんですよ(笑)。
佐々木 それはありがとうございます(笑)。
本多 大枠ではタイムマネジメントスキルの啓発本ということになるんでしょうが、失敗談を含む実体験が盛り込まれていて、佐々木さんのキャリア観とか経営、マネジメントに関する考え方が素の状態で滲み出ていた感じがするんです。こういうことをオープンにすることに抵抗ってなかったですか?
佐々木 そういうのは起業したときになくなったということでしょうね。freeeを創業した当時、クラウドの会計ソフトで、UIも既存製品とは全然違いますみたいなことを大っぴらに言うのって実は結構恥ずかしかったんですよ。ほとんどの人にそれ絶対うまくいかないよと言われたし。
本多 勇気は要ったでしょうね。
佐々木 スタートアップのピッチコンテストなんかに出ても、ほらこんなに素晴らしいでしょう、みたいなことを話さないといけないわけで……。その意味では、起業することっていうのは人前で真っ裸になるのと同じと言えると思いますね。
分析好きの佐々木青年、
みんなの働き方が一気に変わった
インターンでの原体験
本多 佐々木さんは新卒で博報堂、その後グーグルというキャリアですけど、取材する度にとにかく効率と合理性を追求されている印象が強くて、著書を読むとそういう価値観の基礎をつくったのはやはりグーグルでの経験なのかなと感じたんですが……。
佐々木 それはそうなんですけど、本当の原体験はもっと前で、学生時代のインターンなんですよ。データサイエンスを勉強してたので、分析をする仕事がしたくてインターネットでアンケート調査してその結果を分析するみたいなスタートアップで働き始めたんです。ただ、その会社が持っている仕組みが非常にお粗末で、メールで集計したアンケート結果を人力で一生懸命Excelにコピペして分析できるように加工していた。アルバイトの人がたくさんいるんだけど、当然ミスも出るわけです。
本多 佐々木さんが最も嫌うパターンですかね。
佐々木 それがアホらしいというか、僕は分析の仕事をしにきたのであってデータを掃除する仕事をしにきたんじゃないと言って、辞めようとしたんですよ。そうしたらそこの社長に、それなら自動化する仕組みを考えてみろと言われて挑発に乗ってしまい……(笑)。その日にExcelのマクロ入門みたいな本を買って、これはできそうだなと思って、自分で自動化ツールをつくったんですね。
この体験はすごく面白くて、僕が自動化ツールをつくったことで、一次データの加工をやってた人がきちんと分析の勉強をし始めてより高度な分析ができるようになったりとか、みんなの働き方が一気に変わったんです。徹夜する人もいなくなったし。何かを自動化とか効率化して人の働き方が変わる可能性っていろんなところにあるなと感じた原体験だったと思いますね。
本多 その時から起業してそういう事業をやろうと思ってました?
佐々木 それが違うんです。ベンチャーって起業したい学生の巣窟ですけど、インターンをやっていた当時は、まわりがビジネスモデルがなんたらという話をしていても、僕は分析が好きなだけだから……みたいな感じでしたよ(笑)。ただ、AとBという選択肢があったら難しいほうを選ぶとか、人がやらない方を選ぶとか、そういう性格ではあったから、起業が向いてはいたのかもしれません。
本多 明確に起業を意識したタイミングっていつですか?
佐々木 起業はやはりグーグルを経験したことで浮上してきた選択肢ですね。グーグルで中小企業向けのマーケティングをやっていて、テクノロジーという“手段”を知るだけで中小企業はもっと強くなれるのにという問題意識を強く持ったことは大きかったです。それと、グーグルって起業するのが割と普通の選択肢なんだなと思わせる環境ではありましたね。起業してベンチャーキャピタルから何十億円集めたけど会社潰しました、みたいな人が結構エラいポジションにいて、評価されているんですよ。
(つづく)