自社の成長に力を注ぐとともに、IT業界の発展に貢献してきた経営者たち。
役割を終え、退任の時を迎えた彼らは、どのような思いを抱いているのだろうか。
任期中の出来事などを振り返ってもらい、これまでに描いてきた軌跡をたどる。
SAPジャパンの内田士郎会長は、2023年3月末で退任する。15年の会長就任から8年余りの任期中は、自社の成長やイノベーションを起こすための「仕組み」づくりにまい進し、「楽しいことだけをやらせてもらった」と笑顔で語る。長年にわたって支えてくれた従業員や顧客、パートナーに感謝の気持ちを抱きながら、次の一歩を踏み出す。
(取材・文/齋藤秀平)
やり始めたらきりがない
──まずは退任にあたって率直な気持ちを聞かせてください。
一抹のさみしさはありますが、やり切ったという思いが強いです。経営者をしていると、次から次へと山がくるので、やり始めたらきりがなくなってしまいます。このままだと私の人生が終わってしまいますから、だから、ここで一つの区切りをつけて次に進むことにしました。
SAPジャパン
内田士郎 代表取締役会長
──在任期間は8年余りとなります。会長に就任した当時は、ここまで続けると思っていましたか。
それは全くありませんでしたね。やっても2、3年だと思っていましたから。新卒で入社した福田さん(福田譲・前社長、現在は富士通の執行役員EVP CIO、CDXO補佐)を社長にするということで、SAPから一緒にサポートしてほしいと相談を受けて会長に就任しました。SAPも変わろうとしていることに感銘を受けたことは今でも覚えています。当時は福田さんを一人前にするお手伝いをしたら、次に行こうと思っていました。しかし、やり出したらあまりにも楽しくて、そうこうしているうちに社長が福田さんから鈴木さん(鈴木洋史社長)に代わり、今になったという感じです。
──このタイミングでの退任について、心残りはありませんか。
22年の総売り上げは14年に比べて2.2倍に成長しました。結果的にビジネスにおけるインパクトをつくることができましたし、それに加えてかねて検討していた新しいオフィスを22年に東京・大手町で開設することもできましたので、やりたいことはだいたいやり尽くしたと思っています。
追いかけるもの、ついてくるもの
──会長としての仕事の面白さはどういった部分にありましたか。
私でないとできないことがたくさんありました。例えば、私が会長に就く前、SAPの営業担当は、企業のIT部門の人と話をしていました。しかし、SAPのソリューションは経営を改善することを目的にしているので、経営層と話をすることが大切です。私が会長になった後は、社長会を企画したり、CFOラウンドテーブルを実施したりして経営層に接触できるようにしました。そのような仕組みをつくった結果、会社が成長するようになったことは面白かったです。
──会長として心がけていたことはありますか。
私は追いかけるものと、ついてくるものは違うと思っています。SAPにとって、追いかけるものはお客様の事業の成長であり、売り上げや利益はそれについてくるとの考え方を大切にしていました。従業員との関係では、「どうせ働くなら、毎日大変なんだからSAPみたいなところで活躍できる人間になりたい」と思ってもらえるようにしました。これについては「何を言っているの」という感じではなく、意外とみんな素直に聞いてくれて、そして一生懸命やってくれたので、非常に楽しかったですね。
──特に印象に残っている出来事を教えてください。
DXに取り組み始めた16年ごろ、日本の会社にいくら重要性を話しても、あまり響きませんでした。しかし、ある大手企業の社長と話をしたところ、DXをやると宣言してくれて、そこから一気に企業が集まるようになりました。半年くらいかけて、いろいろなところで話をしていましたが、1、2週間で状況が大きく変わったのです。それを目の当たりにして、日本でイノベーションを起こすには、資金や能力、ブランドがある大企業を巻き込むことが大切なのだと実感しました。その後、変革を目指す大企業やスタートアップなどが集まる場として、三菱地所とともに19年に「Inspired.Lab(インスパイアードラボ)」(東京・大手町)を開設しました。この共創モデルによって、従業員の意識やSAPに対する世間からの印象が変わったことも深く印象に残っています。
人材不足を「何とかしたい」
──この8年余りで日本のDXは進んだと感じていますか。
いろいろなツールが導入されたり、クラウド化がずいぶん浸透したりしているという意味では進んだといえますが、大きく見るとあまり変わっていないと思います。なぜなら、根本の問題として人材が足りないからです。SAPもパートナーも、人材が枯渇していて採用に苦労しています。他方で、大企業では人が余っているといわれており、そういう意味でリスキリングは本当に必要だと感じています。ただ、リスキリングをするだけではだめで、きちんと就労の機会を提供していくことが重要なので、そこは何とかしないといけないと思っています。
──退任後はどのようなことに取り組みますか。
まだあまり詳しくは決めていませんので、とりあえず4月はハワイに行って、ゴルフなどをしながらのんびりします。ありがたいことに、いろいろなお客様から「手伝ってほしい」とお話をいただいているので、特定のテーマに取り組みたいです。例えば、さきほどお話した人材不足の部分は、今後のライフワークの一つとしてチャレンジしていくつもりです。ただ、一人ではできないので、私がやりたいことに仲間が集まってきて、みんなで一緒にできたら最高ですね。
──最後に従業員やパートナー、顧客に向けてメッセージをお願いします。
IT業界の素晴らしい人たちに囲まれて、こんなに楽しい思いをさせていただいたので、感謝の気持ちでいっぱいです。会長は退任しますが、引き続きIT業界で日本の社会課題解決に向けて貢献したいと考えているので、今後ともよろしくお願いします。