▼連休とはありがたいものだ。この機会にと思って、ついに念願の熊野路を歩いた。そんなに仰々しいものではないが、そう思ったのはちょうどBCNの創刊号と同じころの20年ほど前だから、念願を果すということになった。ところで、熊野路とはどこだ、という向きのために、説明をしなくてはならない。それは熊野速玉神社、熊野那智大社、熊野本宮大社のあるところ。といっても、「おや?」という向きは、日本地図を広げていただきたい。紀伊半島の最南端に潮岬がある。町名は串本、といえば、およそ見当がつくだろう。緯度経度でいうと、「旧北緯33度30分、東経135度46分」の辺りだ。20万分の地図区分では「田辺」に相当する。検索エンジンで「緯度経度」、リターンキーで、優れもののURLが出てくる。

▼その昔、熊野路は天竺のシルクロードと、都のある平城京とが繋がっていた道だ。もちろん、海の道を経由してのことだ。熊野路は今では「熊野古道」と呼んでいる。現代では使われない古い昔の道だからだろう。なぜ使われなくなったのか。それは交通機関が発達して、山道から海岸線沿いに線路ができ、交易の道ができたからだ。その理由以上に、都が江戸に遷都したからである、と考える。紀伊半島の地図を開いて串本町に、指を置いていただきたい。そこから真北、いわゆる上に向かって指をなぞっていくと、熊野川河畔に建つ熊野本宮大社に行き当たる。さらに上に進むと、672年の壬申の乱に遷都した土地の飛鳥浄御原宮、694年に遷都した藤原京、710年に遷都した平城京。さらに794年に遷都した平安京。これが旧北緯135度46分、東経135度46分辺りに相当する。

▼こうこうと星の見える晴れた夜、熊野本宮大社から、北極星を探す。真北の夜空を見て、じっと静かに輝いている星がそれだ。北極星を探し当てるのは結構難しい。それには簡単な手順を踏むといい。柄杓の形をした大熊座の「北斗七星」を見つけて、杓の端の線を7倍ほど延長する辺りに北極星が静かにいる。この星は不動だ。熊野本宮大社から北極星を見つめる目線は常に同じだ。この筋に沿って、かつての都が北に向かっている。今では奈良市、京都市として、町を形成している。熊野速玉神社は熊野川河口で、遡行すると熊野本宮大社に行き着く。熊野那智大社は海路移動が盛んなころに栄えた那智湾の入り口にあり、この湾に注ぐ那智川を遡行すると那智大社に行き着く。そこには日本で最も美しい那智の滝がる。絶えることなく、熊野の山々の水を、生き物すべてに与えている。神秘的だ。そこから山越えをして熊野本宮だ。そこからは大峰山の尾根を歩くと、吉野に行き着き、飛鳥となる。海の向こうにはシルクロード。世は変わり、今はインターネットが交易の道だ。(旅の蜃気楼 熊野発・BCN主幹奥田喜久男)