旅の蜃気楼

雪山での誓い

2007/01/29 15:38

週刊BCN 2007年01月29日vol.1172掲載

【上高地発】真っ白に雪をかぶった山の景色は、美しい。優美な曲線の山に、うっとりする。峻烈な頂の雪景色は、緊張感がある。人を寄せつけない神々しさだ。年の暮れに上高地に入った。そこで心を震わせる光景に出会った。夏は河童橋の手前までバスが体を運んでくれるが、冬は釜トンネルからの徒歩だ。トンネルを抜けると、焼岳が左手に見える。雪をかぶった山頂から、活火山の蒸気が沸き立つ。はるか前方には雪の穂高連峰・つり尾根が梓川の遠くに見える。入山の初日はくるぶし程度の雪。天候は気象予報どおりに悪くなる。徳沢園の山小屋まで、雪道を急ぐ。雲におおわれて見えないが、左手の対岸に、明神岳、前穂高が聳え立つ。井上靖の山岳小説『氷壁』の舞台になった山小屋だ。着くと、薪ストーブが燃えていた。

▼EPIのガスで夕食を作って、早々と寝る。翌朝は冷え込んだ。一晩で雪は膝あたりまで積もった。スパッツをつけて、横尾まで横殴りの風の中を歩く。風が吹くと体感温度がぐっと下がる。寒いから横尾の冬期避難小屋で小休止。薪ストーブはあったが、点火してあったまるまでに身体の冷え込みのほうがきつくなる。こんなときは歩くに限る。蝶ヶ岳ルートに入った。腰ほどの雪をラッセルする。これはつらい。

▼程なくすると、薪を燃やす匂いがした。避難小屋に戻ると、二人の若いクライマーが暖を取っていた。ヘルメット、ロープ、フレンズが転がっている。食料は6キロ。EPIは調理分だけ。屏風岩から北尾根、前穂、北穂、滝谷、槍ヶ岳、北鎌尾根を12日間で抜けるそうだ。継続登攀に入ったら、暖はとらないという。二人のクライマーはなんでもない計画のように話してくれた。「1月8日に抜けられたら、いいんだけど。もしかしたら、河童橋に降りてるかもしれない」と笑う。精悍な顔つきだ。でも威圧感はない。夢を見ているかのような眼差しで話す。「外は寒いでしょ。もっと近寄ってストーブにあたってください」。夢は、誰もがもっている。果たせない夢を追いかけている人に出会うことがある。若いクライマーが放つあまりの透明感に心が震えた。思わず、握手を求めた。この手は明日から冷たい岩と格闘する。年甲斐もなく感激した。今年も夢を追い求めよう。(BCN社長・奥田喜久男)
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