BOOK REVIEW

<BOOK REVIEW>『天地明察』

2010/05/20 15:27

週刊BCN 2010年05月17日vol.1333掲載

 この小説は、「暦」を取り巻く人間模様を描いたものである。時は江戸時代、四代将軍家綱、五代将軍綱吉の頃の話だ。当時のカレンダーは、伊勢神宮の御師(おんし)たちが頒布する「伊勢暦」が一番の権威をもっており、江戸では幕府公認の「三島暦」が、京都では「京暦」が使われていた。これらの暦には多少のずれがあり、公式行事の日程や年貢の取り立て、代金の決済などに混乱が生じていた。

 物語の主人公は渋川春海(二世安井算哲)。本因坊と並び、幕府の重役の囲碁の相手を務めるために召し抱えられていた棋士である。囲碁の棋士でありながら、算術の面白さにのめり込んでいた春海は、老中・酒井忠清に能力を認められ、全国各地を旅して「北極星を見て参れ」と命じられる。緯度を計測し、地図の根拠となる数値を出してこいという命令である。ここから春海は数奇な運命をたどることとなる。測量技師らとチームを組んで、天体観測の旅を続けるうち、清和天皇の改暦以来、800年にわたって用いられている暦術「宣命暦」に2日のずれがあることが判明したのだ。伊勢暦、三島暦、京暦はいずれも宣命暦の術理に基づいているのだから、全国の暦にずれが生じていることになる。この事実が、幕府と朝廷を巻き込んだカレンダー戦争を引き起こすことになった――。結果的には、春海が打ち立てた暦術が勝利するのだが、読み手はそこに至るまでの春海の苦悩、戦略、彼を支える人物たちの動きに引き込まれていく。(止水)

『天地明察』
冲方 丁著 角川書店刊(1800円+税)
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