BOOK REVIEW

<BOOK REVIEW>『雁行夫婦剣』

2012/07/12 15:27

週刊BCN 2012年07月09日vol.1439掲載

 『雁行夫婦剣(がんこうめおとけん)』──。書店に積んである本書の帯のフレーズが目に飛び込んできた。「あの理系経営者が六十余年ぶりのペンネームで仕上げた異色の時代小説」とある。著者は須田 刀太郎。手に取って、ちらりと読む。書き出しがうまい。奥付を開いて、著者略歴に目をやる。あの松下電器産業の副社長を務めた水野博之氏のペンネームとある。氏はこれまでに多くのビジネス書を上梓しており、書き慣れた文章というものだろう。本書は、氏が学生時代に戻り、当時のペンネームを使って時代小説に挑戦した作品である。80歳を過ぎてなお、という活力に圧倒される。

 時は江戸時代初期。所は瀬戸内の小藩・浅田藩。政権の威厳を示したい徳川方は豊臣恩顧の大名をいくつか潰したい、と隙をうかがう。浅田藩もその標的の一つだ。主人公の上泉豪八は下級武士だから、本来そうした政争とは無縁のはずだが、出生の秘密もあって、数々の事件に巻き込まれる。これらを新妻お京とのコンビで解決していく。

 雁行剣とは実際にある剣法らしい。雁が空を行くときのように、竿になり鈎になり、空気抵抗をなくしながら相手を倒していく。この呼吸が絶妙だ。酒にだらしなく、おっとりした豪八と、あばた顔だが所作の美しいお京との組み合わせは、さすが! と感心する。大きな組織で生きてきた著者の体験か、上司のわがままさや、人遣いの妙など、うなずく読者も多いはず。そして読後感の爽やかさ。お勧めの一冊だ。(仁多)


『雁行夫婦剣 豪八・お京事件控』
須田 刀太郎(水野博之) 著 明拓出版 刊(1700円+税)
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