市民視点で生きた世界的な経済学者

 宇沢弘文が1974年に上梓した『自動車の社会的費用』(岩波書店)は衝撃の書だった。いわく、自動車を利用する人の便益と利用しない人の安全・快適などの市民的権利を両立するには、歩行者優先の道路という社会資本の整備が必要だ。さらに、排ガスによる環境破壊や騒音などを防止・軽減するにもお金がかかる。これら社会的共通資本の整備費用は、本来は便益を享受する自動車利用者が支払うべきものだが、その負担はあまりにも少なく、実質的所得分配が不平等化している──。高度経済成長による豊かさを謳歌しはじめていた日本の負の部分を数理経済学の視点で暴いたのだ。もちろん反論の声は大きかったが、結果としてこの著作は、その後の日本の道路・交通・運輸・環境行政を変えたといっていい。

 宇沢は東京大学理学部数学科を卒業後、経済学に転じ、若くして渡米。カリフォルニア大学バークレー校、スタンフォード大学などを経て、シカゴ大学経済学部教授に就任した。この間、近代経済学の泰斗たちと研究生活を送り、自らもそこに名を連ねる。帰国後は東京大学で教鞭を執り、水俣病をはじめとする公害問題や地球温暖化問題、成田空港反対闘争などでは、常に社会をよくするためには何が必要かを考え、市民の視点で行動した。1997年に文化勲章を受章し、昨年86歳で没している。

 著者は、岩波書店の編集者として宇沢の著作を30年間担当。宇沢が後世に託したメッセージをわかりやすく伝えている。第二次世界大戦後の経済学の歩みをコンパクトにまとめた書としても読むことができる好著だ。(叢虎)


『宇沢弘文のメッセージ』
大塚信一 著
集英社 刊(740円+税)