BOOK REVIEW

<BOOK REVIEW>『生きる言葉』

2025/07/11 09:00

週刊BCN 2025年07月07日vol.2066掲載

完璧ではない言葉でもがく

 情報がきちんと読者に伝わるか。話し手の意図を理解しているか、一方で客観的な視点を保っているか…。執筆業の端くれとして、こんなことを意識しながら記事を書いている。そこには「言葉で情報は正確に伝わる」という前提があるように思う。

 ただ本書には「基本、言葉は、世界と一対一で対応しているのではなくて、ざっくりとした目印」とあり、はっとした。私たちは完璧ではない言葉を用いて、何とか考えを伝えようともがいているのでは。歌人と呼ばれる著者も日々言葉に迷い、しくじりながら生きているそうだ。

 著者は短歌の新人賞応募に挑む歌舞伎町のホストたちを指導する過程で、辛い記憶を詠んだ作品と彼らの熱量にたじろぐ。「面白い相棒」として付き合いたいと、自身の歌集を学習した「万智さんAI」に下の句の候補を詠ませ、発想を刺激してもらう。現代の多様なコミュニケーションの現場に赴き、深める言葉の考察に引き込まれる。

 某ドキュメンタリー番組で定番の質問に答えた一首は、「むっちゃ夢中とことん得意どこまでも努力できればプロフェッショナル」。私はプロになれているか、と思わず自問した。万能ではない言葉だからこそ、丹念に選び届ける努力を続けたい。(実)
 


『生きる言葉』
俵 万智 著
新潮社 刊 1034円(税込)
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