コンピュータソフトウェア著作権協会(ACCS)が中国・上海を拠点に、知的財産権に関する啓蒙活動を活発化している。現地の学生を対象に、今年5月に中国本土で初めてとなる講演を「華東政法学院」で行ったのに続き、この10月には「上海財経大学」、「華東師範大学」、「上海社会科学院」の3大学で相次ぎ講演会を開いた。海賊版やコピーが問題視されることの多かった中国だが、最近ではIT化の進展に伴い、エリート学生の間には知的財産権をビジネスとして捉えようとする意識が着実に高まっている。久保田裕・ACCS専務理事の講演、および学生との活発な質疑応答を華東師範大学で取材した。(小寺利典(本紙編集長)●取材/文)
コンテンツ保護を提唱、学生と活発な質疑応答
■華東師範大学
中国国土を4地区に分割した華東地区代表の師範大学として1951年、中国政府の政策により上海(上海市中山北路)に設立された。国家教育部が直轄指導する重点大学として、北京師範大学と並ぶ有力教育系大学に位置づけられ、現在、約1万5000人の学生が在籍する。
今回のコンピュータソフトウェア著作権協会(ACCS)による講演は、法学部の3、4年生を対象に開かれ、約70人の聴講生が集まった。

■講演要旨著作権がビジネス財産 日本は工業立国として、多くの工業機械・製品をつくってきたが、今は著作権をビジネスにしようという動きが強まっている。著作権法により、文化、経済、人格が保護の対象となり、ビジネス上、重要な財産になりつつある。
日本にはアニメ、ゲーム、ソフトなどで世界的なコンテンツ、デジタル著作物が多くあり、ソフトメーカーやコンテンツ会社が力を持つようになっている。そうした著作権ビジネスが発展するには、著作権法がしっかりしている必要がある。
ACCSは著作権の保護、普及を目的に1985年10月に設立された。マイクロソフト、アドビシステムズなどのビジネスソフトメーカー、ソニー、任天堂などのゲームメーカー、手塚プロダクションなどのアニメ制作会社などのほか、今日では電子出版などのコンテンツ開発会社も参加している。いずれ、中国でも同じような団体が生まれてくると思う。
コピーは瞬時に世界へ デジタルコンテンツの特徴はご存じのように、コピーしても劣化せず、ネットで瞬時に世界に出ていく。レコードのようなアナログコンテンツをコピーするには、巨大な装置が必要になるが、デジタルは瞬時に全く同じものをつくることができる。これはある意味、財産を(コピーにより)生み出せるわけで、通貨偽造と同じである。
1国の経済を崩壊させるには、ヒトラーの偽札のように、コピーを乱発すれば経済を破滅させることができる。SFのような話になるが、公海上にサーバーを置き、情報を発信すれば、経済的に大きな打撃を与えることができる。インターネット上のファイル共有・交換は、まさにそういう状態ができあがっている。
華東師範大学にもアニメ開発拠点が設置されたそうだが、そのコンテンツが瞬時にコピーされ、世界に出ると、その財産は戻って来ない。今はパソコンがベースだが、2-3年内には携帯電話にコンテンツが配信され、上海を拠点に多くのコンテンツが出てくると予想される。そうなると、もっとひどい状態になるだろう。
コンテンツの開発も大事だが、今日集まっていただいた法学部の学生の方には、コンテンツを守る仕組みを考えるようにしてもらいたい。そうでないと、知的財産権ビジネスは成り立っていかない。
■質疑応答電子技術で対応を 学生 特許法で知的財産を守るという考え方はないのか。
久保田 著作権や知的財産権を守るうえで、特許法などの範囲でそれを考えようとするのはダメ。日本で特許法は、そもそも特許を独占させることで産業の育成を図ろうとするもので、特許法と著作権法は相反する関係にある。不公正競争を招く意味で知的財産権が活用されるなら、それは制限されるべき。同じようなソフトが2つあれば、競争させることで良いものができてくる。その競争が崩れ、独り勝ちになって独占が生じ、違法な状態になると、日本では独占禁止法が作用するようになっている。
学生 世界的規模で著作権を保護しようという動きは。
久保田 世界標準の法律というものはない。そのため、世界的な著作権保護では条約が重要になってくる。条約としては万国著作権条約、パリ条約、ベルヌ条約があるが、実際に侵害があった場合、どこで裁判をやるかは難しい問題となる。これは日本でも重要な問題として議論されている。ただ私は、現実問題として著作権保護は、法律面から考えるよりは、電子技術で対応していく方が早いと考える。属地主義に頼る法よりも、電子技術で対策を講じる方が早い。そのうえで、情報を破る行為を法律で取り締まっていく形が良いと考える。日本では、コピープロテクション技術に対し、それを外すような行為は禁じられている。
学生 ACCSは日本でどのような活動を行っているのか。
久保田 著作権法改正に関し、政府の審議会に参加している。著作権法の改正は毎年行われており、侵害に対する量刑は重くなってきている。法定刑を重くすることで、心理的に著作権が守られるように努めている。もう1つは、警察大学校で毎年、講演や教育活動を行っている。これにより、警察官の著作権に対する認識が高まり、違反に目を向けてもらえるようになった。著作権侵害は親告罪であり告訴が必要。その手助けをACCSがやり、ACCS加盟企業が侵害された場合、ACCSと警察が協力して動いている。
ネットはどう使うかが重要 学生 インターネットは、必ずしも利便性だけをもたらしているとは思えない。
久保田 ネットは道具であり、上手く使えばメリットになるが、逆に匿名性などがもたらす弊害もある。どう使うかが重要であり、可能性を有効に引き出すことが大切だ。確かに、匿名で個人を批判する人も少ないわけでなく、家族批判などの中傷誹謗、詐欺など、負の面で犯罪が行われているのも事実。ただ、だからこそ情報モラル教育が大事になってくる。技術や道具をどう使うか、それを理解している人間が大事になる。ネットは1人の極悪人のために、世界中が迷惑することもある。そうしたなか、法を学んだ人がネットをどう守っていくかを考える必要がある。
学生 アニメやゲームが子供の教育に悪影響を与えているとの指摘もあるが。
久保田 アニメ、ゲームソフト、映画は日本でも問題になっている。しかし、これは親がきちんと子供を教育していれば問題はないのではないか。もちろん、わいせつなどの有害情報は別だが、通常は、ネットを使う時間を親がコントロールすれば問題ない。ただ、日本では携帯電話という“移動型コンピュータ”の普及により、親がコントロールできなくなっており、対応に苦慮している。これは今後も、日本で大きな問題になってくるし、中国でも1-2年内にそういう携帯電話が普及し、問題になってくるかもしれない。
