オフィスの複合機やプリンターの印刷枚数は減少傾向にあるが、スキャニングの需要が拡大するなど、文書とその周辺の業務プロセスをデジタル化しようとする勢いはむしろ加速している。地方や中小企業にもDXの波が広がる中、アナログ(紙)とデジタルを橋渡しする中核デバイスである複合機を提供するメーカー各社は、販売パートナーと共にどのようにしてソリューションを構築し、提案していくのか。キヤノンマーケティングジャパン(キヤノンMJ)、富士フイルムビジネスイノベーションジャパン(富士フイルムBIジャパン)、リコージャパンのキーパーソンに話を聞いた。
(司会・進行:週刊BCN編集長 日高彰)
スキャニングが拡大 本体+αで市場変化に対応
2024年に続き、今年も複合機メーカーの皆さんにオフィスITソリューションのビジネス戦略をお聞きしていきます。前回は、プリントボリュームがコロナ禍前の水準までは回復していないという話でしたが、この1年の傾向はいかがですか。
佐々木(キヤノンMJ) 微減傾向は続いていますね。一方、製品の出荷台数は、中堅・中小企業を中心に増加傾向です。主な理由は古い機種のリプレースが進んでいるためで、コロナ禍の時期に部材不足で出荷が滞っていた分が今になって入れ替わっている面もあります。出荷はプラス傾向が続くと見ています。
キヤノンマーケティングジャパン
マーケティング統括部門
ビジネスプロダクトマーケティング部門
オフィスMFP企画本部 オフィスMFP企画部
佐々木亮 部長
寺谷(富士フイルムBIジャパン) プリントボリュームの推移については、ポジティブな面もあると考えています。コロナ禍以降、働き方が大きく変わり、印刷もオフィス内だけでなく、コンビニエンスストアのような外出先での出力が増えるなど、多様化しました。この様な場所を選ばない働き方が進むに伴い、デジタルと紙、それぞれの良さの理解が深まり、このハイブリッドな環境において、複合機は紙の出入り口として、オフィスITソリューションの中核という位置付けになっています。
富士フイルムビジネスイノベーションジャパン
販売推進部 販売促進室
寺谷 崇室長
石丸(リコージャパン) 当社もプリントボリュームは微減という認識ですが、印刷される文書の種類にも変化が見られ、カラー印刷の比率が上がっています。これは、社内業務でのモノクロ出力が減る一方で、顧客へのPRなどに用いるカラー文書の重要性が高まったためとみています。また、スキャニングボリュームの伸びは大きいです。PFUのスキャナー製品の販売が好調だったり、顧客のDXが進んだりしたことがそれを示しています。
リコージャパン
デジタルサービス企画本部
オフィスプリンティング事業センター 商品計画室
石丸 宏室長
今年、特に注力した製品やサービスを教えてください。
佐々木(キヤノンMJ) 複合機のブランド名を「imageRUNNER」から「imageFORCE(イメージフォース)」に変更し、今夏には大幅なモデルチェンジを実施しました。特に大きな進化は、レーザー方式からLEDヘッド方式への技術転換で4800dpiの高解像度を実現したことです。高精細なプリントで写真や図面などの美しさが向上し、これまで外注していたものが内製化できるなど、お客様にとても好評です。セキュリティー対策も強化し、専門知識のない中堅・中小企業の方々でも簡単に設定できる機能を搭載しました。再生プラスチックの使用率向上など、環境対応にも注力しています。
寺谷(富士フイルムBIジャパン) お客様の業務課題を起点としたアプローチに注力しています。特に、ハードウェアである複合機とクラウドサービスをはじめとしたソリューションの連携に注力しています。なかでも、紙と電子それぞれの良さを活かした「DocuWorks」や、デジタル化した業務に求められる機能を集約し、AI機能も活用できるクラウドサービス「FUJIFILM IWpro」と連携させることで、ドキュメントの電子化から後続のワークフローまでをシームレスに繋ぐことを目指しています。
石丸(リコージャパン) DX推進の入り口となる提案として、PFUの用紙搬送技術を搭載し、通常では読み取りが難しい用紙にも対応する複合機「RICOH IM C3010SD」と、手書きOCRを実現するスキャンソリューション「SpeedocAI for RICOH」のセット販売が好調です。
また、24年秋に発売した小型A4カラー複合機が、インクジェット機などからのリプレース需要で大きく伸びました。25年7月に投入した循環経済(サーキュラーエコノミー)に貢献する再生複合機は、搭載されているソフトウェアを最新に保つ仕組み「RICOH Always Current Technology」 に対応することで継続的な価値提供の実現を目指しています。
SIerではなく、「複合機メーカーのオフィスITソリューション」ならではの価値は何でしょうか。
佐々木(キヤノンMJ) 私たち複合機メーカーは中堅・中小企業を含むお客様の近くに常にいて、業務を熟知しています。紙でもデジタルでも、ドキュメントは業務の中核にあるので、そこに向けた提案ができることが強みです。
寺谷(富士フイルムBIジャパン) 現場業務を熟知し、お客様へ手触り感のある課題解決を図ることができるのが複合機メーカーの強みであると考えます。複合機と各種ソリューションを組み合わせることで、紙をデジタルに置き換え、業務プロセス一連の最適化を図ることが可能になります。
石丸(リコージャパン) 紙は今後も業務に残り続けます。中堅・中小企業の業務に深く入り込み、紙と業務を繋ぐソリューションを提供できるのは私たちであり、ITの世界の中でもすみ分けができていると思います。
AIの効果的活用はこれから DXを一から担うサポートを提供
DXは単なるデジタル化ではなく、その本質はテクノロジーを活用したビジネスの革新と言われて久しいですが、顧客や販売パートナーから寄せられる期待やニーズにも変化を感じられていますか。
佐々木(キヤノンMJ) プリントやスキャンという機能単体ではなく、その前後で発生する承認プロセスなどの業務を回すために、当社のアプリケーションを活用する事例が出ています。複合機で取り込んだドキュメントがその後、どう業務プロセスを流れていくかを含めてサポートしていくのが提供価値の中心になると考えています。
寺谷(富士フイルムBIジャパン) 単なるデジタル化からDXへの道筋として、AI導入が変化の一つのきっかけになると思います。当社では、FUJIFILM IWproにAI技術を活用したオプションを追加したり、東京大学松尾研究室発の生成AIソリューションベンダー、neoAI社との間でDocuWorks連携をスタートさせたことに加え、社内業務でも実際にAIを活用しており、お客様にとって手触り感のある提案に繋げることを意識しています。
石丸(リコージャパン) DXといっても、中堅・中小企業の多くはまだ、どう手を付ければ良いか迷われています。人材が限られ、業務が属人化し、コア業務で手一杯のため、業務プロセスを自社で見直す余裕がありません。そこで、全てを私たちに任せたいと考え、導入時からトータルでの提案を求められるケースも多いですね。
AIへの期待は大きいものの、具体的な活用や効果測定はまだ模索段階の企業が多いと思います。複合機メーカーとして、AIの活用・提案をどのように進めていますか。
寺谷(富士フイルムBIジャパン) 「ChatGPT」などの導入企業は増えており、業務効率化に成功している事例も見られます。一方で、期待したような結果につながらず、導入効果の見通しが立てにくい状態もみられます。導入効果を大きくするためには、AI活用に必要なデータ整備やプロンプト設計といった「前さばき」が重要であり、当社では、こうした領域のご支援も含め、導入効果を最大化するお手伝いをしています。
石丸(リコージャパン) 複合機周辺をAIで進化させていくアプローチと、IT事業としてAIそのものに取り組む動きがありますが、当社は後者にも注力しています。生成AIが企業内のナレッジを活用して最適な回答を作成し、質問者に返すAIソリューション「RICOH デジタルバディ」を企業向けに提供し、LGWANに対応した自治体版も用意しています。複合機やPFUスキャナー周辺では、AI-OCRによる手書き文字やFAX画像の認識など、業務効率を向上させる技術を製品の裏側で採用しています。
佐々木(キヤノンMJ) 当社のIT事業におけるAI活用の一例としては、ネットワークカメラでの人物認識や不審物検知が挙げられます。さらに、グループ会社でも生成AIの活用支援サービスをスタートしました。また、複合機で取り込んだ画像の補正などにAIを活用していますが、それは特にAIであることをアピールするものではないので、お客様は知らず知らずのうちにAIのメリットを享受いただいているという形になりますね。
複合機を起点としたトータルサービスを提供
業務プロセスに入り込んだ提案となると、他の業務システムや、他社が提供する製品との連携がますます重要になっていくと考えられます。どのようにソリューションの幅を広げているか、具体的な取り組みを教えてください。
佐々木(キヤノンMJ) 大手・中堅企業向けには、書類やデータの管理・活用を促進する「DigitalWork Accelerator」を軸としたソリューションをご提案しています。中小企業向けには、電子帳簿保存法対応のため、NIコンサルティングが提供するクラウド型グループウェア「NI Collabo 360」と複合機を連携し、電帳法対応のストレージに保存する提案が好評でした。現在は名刺管理や営業支援の機能を活用した営業DXの提案を進めています。
寺谷(富士フイルムBIジャパン) 当社ではFUJIFILM IWproを中心とする提案が一つの核になっています。例えば、複合機でまとめて取り込んだ書類からAIによる文字認識で抽出した結果を用い、ファイルの分割から、保管・管理までを自動化するソリューションを実現しています。もう一つの柱がDocuWorksで、紙の良さを伴った“電子の紙”を起点に、現場課題の解決につながるソリューションを展開しています。また、中堅・中小企業のお客様には、これらソリューションを実現する上でのPC、サーバー、ネットワークと言った、幅広いITインフラの運用・管理やヘルプデスク業務を支援する「IT Expert Services」を提供することで、人材不足の課題にもお応えしています。
石丸(リコージャパン) 「DXエコシステム」を掲げ、パートナーと連携しながら顧客の課題解決を図るとともに、情報交換を密にしてソリューション開発を進めています。具体的には、「RICOH Drive」などのクラウドストレージ連携が好評ですし、ファクス文書を業務システムで活用できるよう、「RICOH カンタンファクス仕分け for Cloud」などのファクス文書の電子化を効率化するソリューションにも注力しています。 また、PFUのスキャニング技術とリコーのソリューションの融合で、複合機用のアプリをPFUスキャナーから使用可能にするなど、相互の強みを活用する取り組みを進めています。
サイバー攻撃のリスクが高まっていますが、注力する対策やサービスはありますか。
佐々木(キヤノンMJ) 当社が提供するセキュリティー領域は、フィジカル、サイバー、そしてドキュメントと広範です。特に複合機はネットワークの盲点になりがちなため、本体のファームウェア更新をリモートで可能にするなど、セキュリティー機能を強化しています。
寺谷(富士フイルムBIジャパン) 先ほどご紹介したIT Expert Servicesでは、IT機器の監視や定期のレポーティングにより、継続的な改善点の抽出・把握を行い、中堅・中小企業の安全、安心なIT環境を実現します。
石丸(リコージャパン) インターネットに非接続なクローズド環境でも内部からのリスクに備えたいニーズがあり、複合機のファームウェア更新の課題もあります。当社は、ITサービスの一部として運用代行や技術サポートを提供し、これらの課題に対応しています。
外部連携を強化してソリューションの幅を拡大
26年以降を見据えた販売戦略を教えてください。
佐々木(キヤノンMJ) 中堅・中小企業向けには、PCのリプレース需要の一巡後のプリントやスキャン環境の再構築を訴求します。特にスキャンのニーズが高まっており、会計ソフトとの連携による経理DXや、複合機をクラウド接続できるアプリ「Cloud Connector」なども活用して拡販に取り組みます。
寺谷(富士フイルムBIジャパン) これまでの紹介にあった「複合機連携を主としたAI」と、「IT Expert Servicesを含むセキュリティー」の両輪に力を入れていきます。また、中堅・中小企業でも環境への関心が高まっており、再生機をはじめとした環境配慮型の製品の提供はもちろんのこと、カーボン・クレジットも合わせて取り扱うことで市場をリードしていきます。そして、販促物の内作要望に応えるプロユースの高機能を兼ね備えた複合機もニーズが高く、販売に注力していく考えです。
石丸(リコージャパン) 当社は現在、複合機ありきではなくITファーストでお客様の課題をお聞きすることに注力しています。PCやサーバーの販売を通してお客様の業務課題を把握し、業務の生産性向上や業務効率化につながるよう、ソリューションも含めて複合機のご提案をしています。来年もこの戦略を推進して、ITと複合機の相乗効果をさらに高めます。また、セキュリティーソリューションも引き続き訴求していきます。
販売パートナー向けにはどのような支援策を展開していきますか。
佐々木(キヤノンMJ) 業種・業務向けの基本サービスと、導入支援、保守をワンストップで提供する「業務DXシリーズ」は、お客様だけでなくパートナー各社も容易に取り扱いいただけます。その商談が進めやすいよう、営業ツールやシナリオの提供をはじめ、アフターフォローにも力を入れて販売後の負担を減らし、売りやすい環境をつくっています。
寺谷(富士フイルムBIジャパン) DocuWorksは市場のニーズも高く、パートナーにおいても販売が進んでいる商材であることから、DocuWorksと複合機を組み合わせた業務改善提案や電子化提案をパートナーと共に加速させていきます。また、PCやネットワーク機器等を提供しているパートナーも多いですが、販売したお客様からの問い合わせや保守サポート対応に苦慮しておられるケースもあり、PCやネットワーク機器とセットでIT Expert Servicesを提案してもらうことで、パートナー自身の保守サポート業務の軽量化も実現し、パートナーと共に成長していきたいと考えています。
石丸(リコージャパン) 従来の「販売店」という呼称を「デジタルサービスパートナー」に変更しました。製品、連携ソリューションの体験会など、支援体制を充実させ、単なるハードウェア販売にとどまらず、DXソリューションの販売につなげられるよう、ご支援を強化しています。
今後、複合機やドキュメントソリューションを外部とつなぐことでどのような新しいビジネスをつくっていかれるのか、エコシステム拡大に向けた施策ついてもお聞かせください。
佐々木(キヤノンMJ) スキャニング領域は、取り込んだものをどう扱うかにかかっているので、NI Collabo 360をはじめ外部連携が重要です。具体的な連携では、複合機組み込み型アプリのプラットフォーム「MEAP」と、そのWebブラウザ版「MEAP Web」を活用していきます。
寺谷(富士フイルムBIジャパン) 当社の複合機との連携機能を容易に開発できる「Apeos Connect」の提供を通じて、外部ソリューション連携を推進します。多岐にわたるお客様の業務課題を解決する上で、複合機や自社ソリューションのみならず、他社のソリューションを組み合わせることは必須であり、営業が活用できる引き出しを積極的に拡大していきます。
石丸(リコージャパン) 毎年11月下旬に開催する「DXエコシステム開発パートナーカンファレンス」には、90社以上に参加いただいています。人手不足対策や生産性向上をキーワードに、中堅・中小企業の課題解決に直結するDXエコシステムの構築を目指しており、当社製品をいかに効果的に活用してもらうか、という視点でソリューション開発を進めてまいります。