セキュリティとコスト削減が後押し
システムインテグレータやソフト開発会社、品揃えを強化
情報漏えい防止や管理コスト削減需要の高まりを受けて、リッチクライアントに対する引き合いが急増している。リッチクライアントの品揃えを強化するシステムインテグレータも相次いでおり、本格普及に向けた動きが加速している。リッチクライアントの開発に力を入れるソフト開発ベンダーのアクシスソフトでは、「2008年度(09年3月期)末までには国内で600万クライアントがリッチクライアント化する」と予測する。(安藤章司●取材/文)
■ネットワークでモジュールを配布 管理効率が大幅に向上 システムインテグレータやソフト開発ベンダーがリッチクライアントの品揃え強化に力を入れている。
住商情報システムは、リッチクライアント言語「カール」の知的財産権を開発元の米カールから今年5月に取得。東芝ソリューションは、同じく今年5月にリッチクライアント「ジェイフレームサーバー」を自社で開発した。日本ビジネスコンピューター(JBCC)では、「来年以降、リッチクライアント市場の拡大に備え、商材の選定が必要」(野々下信也執行役員)と、関連商材の選定作業に着手する。
リッチクライアントに対する引き合いが増えている背景には、セキュリティ強化とクライアント管理コストの削減という2つの推進力が働いている。情報漏えいの8割はクライアントから、といわれるなか、来年4月からは個人情報保護法が施行され、企業や団体はクライアントからの情報漏えいを防ぐ手立てをこれまで以上に強化する必要がある。
また、個々に業務アプリケーションをインストールする従来のクライアント/サーバー(C/S)型システムでは、アプリケーションの変更や修正、アップデートなどの管理コストが重荷となってのしかかっている。例えば、100台を超すクライアントを持つ企業では、数が多いだけに管理作業は困難を極める。
リッチクライアントは、個々に業務アプリケーションをインストールするC/S型と異なり、ネットワーク経由で閲覧ソフトに相当するモジュールをダウンロードして使う。このため、クライアントごとのソフトウェアの統一性が高まり、管理効率が大幅に向上する。管理が行き届きやすいことが、情報漏えいを防ぐことにも結びつく。リッチクライアントの設定次第では、クライアントに一切、データを残さないことも容易に実現できる。
■データの暗号化やUSB鍵“情報を持つ”リスクを軽減 アクシスソフトは、こうした市場の動きに対応するため、来年1月下旬までに主力のリッチクライアントソフト「ビズ・ブラウザ」のセキュリティ機能を大幅に強化する。サーバーからクライアントに流れてくるデータの暗号化や、操作画面のコピー阻止、クライアントパソコンをロックして動かさないようにするUSB鍵やICカードへの対応強化など通じて「情報漏えい対策を万全なものにする」(片貝孝夫副社長)と、開発に力を入れる。
 | | リッチクライアント | | | サーバーからデータを読み出す仕組みはインターネットブラウザと似ているが、ホームページなどを表示する速度に比べて応答速度は速く、操作性も格段に良い。インターネットブラウザを使った業務アプリケーションの最大の欠点である反応速度の遅さと、操作性の悪さを克服している。 アクシスソフトのビズ・ブラウザの今年度(2005年3月期)の販売本数は、前年度比約2倍の20万クライアントに達する勢いで伸びており、来年度(06年3月期)も「今年度同様、前年度比2倍の伸び率に手応え」(片貝孝夫副社長)を感じている。 住商情報システムや東芝ソリューションは、直販に加えてISV(独立系ソフトウェアベンダー)やERPベンダーなどの製品と連携を強化。販売チャネルの拡大や業務アプリケーションベンダーとの連携を推進することで、大幅なシェア拡大を目指している。 | | |
東芝ソリューションは、ジェイフレームサーバーの特徴の1つとして、「クライアントにサーバーからデータが落ちない」(舟城亮一・プラットフォームソリューション事業部商品企画部参事)ことを挙げる。クライアントは、閲覧ソフトを使ってサーバーにデータを読み取りに行くものの、読み取ったデータはクライアントに一切保存せず、加工したデータもサーバーに直接送り返す仕組みだ。パソコンを持ち出そうとしても、LANケーブルを抜いた瞬間にクライアントのデータが消える。データはサーバーに保存しているため持ち出せない。
住商情報システムのカールは、使い方によっては「情報を持たない」という選択もできる。企業内で使う業務システムのケースでは、重要な財務データや顧客データは、サーバー側で厳格に管理する必要がある。だが、これが企業が一般コンシューマ向けに提供するサービスだったらどうだろうか。企業は余分な個人情報は持ちたくない。究極の情報漏えい防止策は「持たない」ことにある。
カールでは、アプリケーションはサーバー側から提供するものの、データは逆にクライアント側で管理させることで、「情報を持つ」ことのリスクを軽減させることができる。カールは、クライアントのために開発された言語であり、「クライアントの表現力や処理速度の向上に威力を発揮する」(塩野谷光司取締役)特徴があり、これを応用することで、さまざまな形態のリッチクライアントの開発が可能になる。
来年以降、本格的な成長期への突入が見込まれるリッチクライアントだが、「将来は特定ベンダーのリッチクライアントに集約される」と予測する関係者は多い。
リッチクライアントは、あくまでクライアント側のソフト。ビジネスロジックのような業務アプリケーションの中核部分を占めるものではない。ビジネスロジックを開発する業務アプリケーションベンダーから見れば、さまざまなリッチクライアントが林立し、複数のリッチクライアントに自社の業務アプリケーションを対応させるのは負担が重い。このため、市場シェアで優勢なリッチクライアントを優先的に選択する動きが加速すると見られている。
今後、リッチクライアントベンダーは、業務アプリケーションベンダーとの連携強化を推進すると同時に、リッチクライアント市場におけるシェア拡大を通じたデファクト・スタンダード(事実上の業界標準)化へ、より一層力を注ぐことが求められている。