携帯電話の機能高度化やデジタル家電の普及を受け、組み込み(エンベデッド)ソフト開発事業が活況を呈しており、大手開発会社はこぞってソフト開発者の拡充を急いでいる。組み込みソフトは豊富な知識と高度な技術が必要で「要員育成には最低でも3年以上はかかる」といわれるだけに、IT技術者のなかでもとくに希少価値が高い。「開発要員の数が単純に売り上げを左右する」市場環境だけに、開発会社の“人獲り”合戦がますます熾烈になっていきそうだ。(木村剛士●取材/文)
「開発者いれば仕事はいくらでも」
需要拡大で開発単価も上昇
■海外委託含めてもまだ足らない 各社軒並み業績は右肩上がり 「人が集まれば単純に商売は大きくなる。開発者をいかに確保できるかが最大のポイントだ」
組み込みソフト開発大手、コア(井手祥司社長)の﨑詰素之・取締役専務執行役員エンベデッドソリューションカンパニー社長は、現状をこう説明する。
コアは、IT資産管理ソフトなどの業務アプリケーションソフト開発や受託ソフト開発事業なども手がけるが、社員数約1000人のうち800人が組み込みソフト開発者で占める。協力会社も含めれば開発体制は2400人にものぼる。中国北京市と上海市にオフショア開発拠点を設置しており、両拠点合わせて約150人の海外開発者を集めている。潤沢な開発体制のように思えるが、「それでも足りない」(﨑詰氏)というのだ。
今後は毎年、自社技術者を約70人、中国拠点で約30人を、それぞれ増員していく計画。新卒採用者の7割を組み込みソフト開発に振り向ける方針を打ち出しており、組み込みソフトを中長期の戦略事業として明確に位置づけている。
同様に、富士通ビー・エス・シー(富士通BSC、兼子孝夫社長)は、昨年度(2006年3月期)組み込みソフト開発事業の売上高が過去最高を記録。前年度比の売上伸長率が、もっとも高い分野となった。
好調だった理由は「開発者の増強がうまく進み、開発体制が整ったから」(廣澤満治・エンベデッドシステム本部本部長代理兼事業部長)だ。海外開発拠点の人材も含め、自社の組み込みソフト開発者は現在550人。需要の拡大に対応するため、07年度までに700人体制へと増員を図る。
需要増が続いているだけに、組み込みソフト開発者を社内にどれだけ抱えられるかが、ビジネスを左右する状況にある。
■「育成には最低で3年かかる」携帯、家電の需要に追いつかず 組み込みソフトは、ハードウェアのなかに組み込んで動かすソフトウェア。携帯電話やデジタル家電、カーナビなど車載情報端末、鉄道駅に設置される自動改札機、自動車のエンジン制御などさまざまな機器・用途で活用されており、市場が広がっている。
ただ、その開発を手がけられる人材が産業全体で揃っていない。組み込みソフト開発には、ハードとソフトの両方の開発経験と知識が必要で、「育成には最低でも3年はかかる」(﨑詰氏)ほど、高度な技術レベルが要求される分野。携帯電話の進化やデジタル家電の普及に伴う組み込みソフトの需要拡大とスピードに、開発者の育成が間に合わない状況だ。
需要増に対し、供給量が圧倒的に不足しているために、「開発者数=売り上げ」という単純な構図が生まれているのだ。IT投資の復調をうけ、IT技術者の不足が叫ばれているが、組み込みソフト分野はそのなかでも、もっとも人材が不足するカテゴリになっている。
■開発者不足は7万人に達し、業界は「人獲り合戦」の様相 日本情報処理推進機構(IPA、藤原武平太理事長)が昨年まとめた「組込みソフトウェア産業実態調査」によると、組み込みソフト開発の市場規模は約2兆4000億円。日本の開発者数は約17万5000人で、「約7万人は足らない」と算出している。
組み込みソフトの需要が高まり続けている現時点では、IPAがはじき出した7万人を上回る人材が不足している可能性もある。
組み込みソフト開発市場の現状は、開発者の数次第――。開発企業各社の業績は、いかに数少ない技術者を囲いこめるかにかかっている。
携帯電話は今年、新規参入企業が登場するとともに、「ナンバーポータビリティ制度」も始まる。組み込みソフトへのニーズもこれまで以上に強まることは確実だ。デジタル家電においてもさらに開発・普及が進むことから、組み込みソフト開発への需要が衰えることはなさそう。
組み込みソフト開発会社の“人獲り合戦”はしばらく続きそうだ。
 | 開発単価の変動は? | | | | | 「価格の交渉は、ある程度強気でいける」――。 需要が高まっているなか、携帯電話やデジタル家電メーカーは完成品の価格下落が進んでいるため、組み込みソフト開発会社にも開発単価の値下げを要求する。だが、組み込みソフト開発企業には複数メーカーから案件がきているため、価格下落の影響はなく、徐々に開発単価が上がり、利益率も向上しているようだ。 メーカーによって開発者の人月単価の差は大きい。 |  | たとえば、携帯電話では、「開発単価がもっとも高いメーカーと低いメーカーでは人月単価が40万円違う」(組み込みソフト開発大手幹部)という。 案件も多く開発単価も上がる。今の組み込みソフト開発事業の市場環境は開発会社にとって、強い追い風が吹いている。 ただ、「完成品に不具合が起きれば一巻の終わり」という認識は共通しており、品質管理とチェック体制の整備には各社余念がない。 | | |