実証実験やテスト導入などを経て、RFID(ICタグ)関連の事業を実需に結びつけようと、大手ITベンダーを中心にIT業界全体の動きが活発化している。NEC、日立製作所、富士通の3社は、昨年4月の省令改正以降にUHF帯関連製品を相次ぎ投入。各社は独自のRFIDソリューション体系を整備するなど、具体的な導入に向けた体制を固めた。システム構築を手がけるSIerも、「次世代商材」としてRFID関連に着目し、技術習得やソリューション開発などを開始した。企業側ニーズの高まりと並行し、「担ぎ手」の流通網も急速に拡大しそうだ。日立によると、2010年には「堅く見て国内RFID市場は4000億円になる」と予測。米国と異なり、国内では、先行して部分導入が拡大し、今後1-2年で「需要期」を迎えるという見方が大勢を占める。
2010年の市場規模 「4000億円」の声も
富士通は昨年7月、総務省令の改正で利用可能になったUHF帯対応のICタグやリーダ/ライタ機器などを国内で初めて製品化。これにミドルウェアや業務ソリューションを加え「TagFront(タグフロント)」として体系化し、他社に先駆け販売を開始した。
しかし、同社の藤原達郎・ユビキタスビジネス推進部担当課長は「競合各社が追随して製品を投入すると予測したが、他社の動きが鈍く、市場の盛り上がりに欠けた。今年度に入ってからようやく他社製品も出揃い、市場が立ち上がり始めたようだ」と、見る。
そのため、今年4月には直販と販売パートナーを支援する支援部隊を組織し、技術教育やコンサルティング、営業支援などを本格化させている。
一方の日立製作所では、今年6月下旬、RFID関連機器やソフトなど業務ソリューションを体系化した「日立トレーサビリティ(履歴追跡)・RFIDソリューション」を発表した。トレーサビリティに特化した「豚個体管理」「生鮮品温度管理」など業種業務別に125のメニューを用意。システム導入までの期間を従来に比べ3割短縮できるようにした。「ICタグ普及を狙った経済産業省の『響プロジェクト』で培った経験則を生かし、どこよりも最適なソリューションを提供できる」(安永拓見・響プロジェクト推進センタ主任技師)と、実需に結びつける体制を整えた。
同じく「響プロジェクト」に参加して、早くからRFID関連事業を推進してきたNECも、今年8月、「UHF帯と世界標準規格の『EPCglobal』に対応したソリューション」と銘打ち、製品群やミドルウエア、コンサルティングなどを体系化した「UHF帯RFID統合ソリューション」を新設。それ以前の4月には、商品企画や営業支援機能を束ねた「RFIDビジネスソリューションセンター」を組織し、「損益責任を負いながら、本格的な営業を開始している」(同センターの桝渕吉弘・マネージャー)という。
「昨年度から流通・小売を中心に大型案件が増えた。しかし、大型案件は先の大きな需要を見越した『テスト導入』としてサーベイの意味合いが強い。今年は、チャネル販売にも注力し、部分導入を加速している」(桝渕マネージャー)。7月に「EPCglobal」の標準仕様「ALE」に準拠したRFID管理用ミドルウェア新版「RFID Manager Ver2.0」の販売を開始。昨年5月には、ICタグやリーダ/ライタのメーカー、SIerなどが加盟するパートナー制度を開始している。
現在、22社が加盟しており「まずは、ミドルウェア以上のシステム領域で連携し、共同で市場を開拓する」(同)と、チャネル開拓を積極化する。
富士通はグループSE会社や系列SIerに対する支援策を強化。日立もグループ会社26社が集まるコンソーシアムを組織し、段階的にグループ外のSIerを加えることにしている。
RFID大手3社で、テスト環境を提供
富士通は、来年度(2007年3月期)初めに、「EPCglobal」対応のウェブアプリケーション「InterStage」を出す計画だ。
さらに、富士通、日立製作所、NECの大手3社はこの8月以降、ICタグの読み取り精度などを検証するテスト環境の提供を相次いで発表し、RFIDへの取り組みを一段と強化させている。ICタグは、利用環境に応じ読み取り性能が変動しやすく、企業が安心して導入できる情報を提供する必要があるからだ。NECは統合ソリューションの体系化と同時に、模擬環境を構築したシステム実験センター「RFIDソリューションセンター」を新設。富士通は9月12日、UHF帯ICタグの一括読み取り動作を検証する企業向けの「UHF帯RFID評価キット」の販売を開始した。このおよそ2週間後(9月29日)には、日立がUHF帯に対応した導入キット「μ─ChipHibiki」を製品化した。いずれも実証実験に役立ててもらうのが狙いだという。
RFID関連のハード、ソフト、ソリューションにすべて対応できる大手ITメーカーと並行して、ICタグの開発会社やSIerの動きも活発化している。ICタグを開発するトッパン・フォームズがマイクロソフトと協力して、昨年6月に東京・汐留本社に「RFID .NET Solution Center(RDSC)」を開設した。同センターを利用するパートナー企業は300社を超えるなど、「担ぎ手」のSIerがRFID関連事業に求める期待が徐々に拡大していることを裏づける。
同社の大野政美・情報メディア事業部企画販促本部RFIDグループマネージャーは、「利用環境に応じたICタグの開発手法はまだ確立されていない。SIerに技術情報を提供し、ノウハウを身につけてもらう一方、共同で開発手法を標準化する。また、案件が急増した際に備え、今からパートナーを確保する必要がある」と語る。RFID関連のシステム開発は1社で賄えず、業種業態で強みをもつSIerなどと共同で取り組む必要性を感じている。
大手3社やトッパン・フォームズと協力関係にあるSIerの日本システムウエア(NSW)は、「昨年度(05年3月期)は既存顧客に対する提案が中心だったが、今年度からはSIerなどと新規顧客の開拓を強化している」(小松政博・事業開発推進本部RFID事業部事業部長)と、これまで主流だった物流や流通業だけでなく、幅広い業種の企業から、さまざまな用途でICタグなどを利用する要望が増えていると指摘する。
ERP(統合基幹業務システム)やCRM(顧客情報管理)などの業務アプリケーションは、内部統制強化の動きに乗じて短期的な需要が見込める。これに対し、受託ソフト開発を手がけるSIerの大半は、将来に向けて、企業に付加価値をもたらす「次世代商材」として、RFID関連製品を担ぐ準備を開始したといえる。
RFID市場の予測は、関連省庁や調査機関により異なり、明確な数値を示すものはない。ただ、大手ITメーカー3社のうち、NECは、SCM(サプライチェーンマネジメント)など関連基幹システムを含めて、2010年度に単年度で2000億円の販売を目指す。日立は同年単年度で800億円を目標とし、今年度から累計で1800億円の売上高を目指す。富士通は、2社と同じ製品、ソリューション販売で、06-08年度で1000億円を売り上げる計画値を公表している。
ICタグで読み取ったデータは、基幹システムに蓄積したり、分析する必要がある。RFID事業を進めることで、将来的に基幹システムの乗り換えやリプレース需要が見込め、ソフトサービス全体の業績を底上げできるため、RFID市場を巡る競争は、激しさを増しそうだ。