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<創刊25周年特集>5つの『地殻変動』がIT産業を変える―【2】国産ソフトの大航海時代が始まる
2006/10/16 14:53
週刊BCN 2006年10月16日vol.1158掲載
国産パッケージソフト産業に今、大きな地殻変動が起こっている。これまで国際競争力が低く“外貨が稼げない劣等生”の烙印をおされてきた。だが、果敢に海外市場へ打って出ようとする国産パッケージソフトベンダーは増加し、グローバル展開を目指す動きは着実に広がりを見せている。やがてグローバルカンパニーへと飛躍する国産パッケージベンダーが現れる可能性は大きい。(安藤章司●取材/文)
ビリオン企業続出の欧米
マイクロソフトやオラクルの例をあげるまでもなく、世界には巨大なパッケージベンダーが数多くある。国産パッケージベンダーは資本力や開発パワーなどで劣勢にある。しかしイノベーションは常に既存の勢力図を塗り替え、挑戦者にチャンスを与えている。この大航海時代を勝ち抜くにはどうすればいいのか。ヒントはどこにあるのか──。
売上高10億ドル(ビリオンドル=日本円約1170億円)を超すパッケージベンダーがひしめく欧米のケースをみてみよう。
経営分析などを行うビジネスインテリジェンス(BI)ツールを開発するビジネスオブジェクツは、競合会社の買収などを経て昨年度(2005年12月期)のグローバル連結売上高が10億ドルを超えた。
アプリケーションソフトやOSを仮想化するツールを開発するヴイエムウェアは、仮想化需要の波に乗って早ければここ数年内にもグローバルの連結売上高でビリオンドルに達する勢いだ。03年度の同社の売上高はわずか約1億ドル(同約117億円)だったが、昨年度は約3億8000万ドル(同約440億円)に急成長。今年度も勢いは衰えていないという。
CRM(顧客情報管理システム)やSFA(営業支援システム)を開発するセールスフォース・ドットコムは“ソフトウェアのサービス化”で一躍有名になった。グローバルの連結売上高もうなぎ上りで昨年度(06年1月期)は3億900万ドル(同約360億円)だったのに対して、今年度は前年度比約60%増の4億9500万ドル(同約580億円)の見通しを示す。このままの勢いが続けばビリオン企業の仲間入りは遠くない。
世界のパッケージソフト業界では売上高がビリオン規模になれば「“大手”としての地位がより盤石になる」(外資系パッケージソフトベンダー幹部)と評価される。欧米のパッケージソフト業界ではビリオン企業が次々と誕生しており、またその予備軍の層も厚い。
大幅な輸入超過続く日本
振り返って国産パッケージベンダーはどうか。独立系ベンダーで連結売上高がビリオンを超えるどころか、その10分の1以下の100億円を上回るベンダーも数えるほどしかない。ほとんどが海外での実績に乏しく、国内需要への依存度が高い。
少し古い統計だが電子情報技術産業協会(JEITA)などがまとめたソフトウェア輸出入統計によれば、03年のソフトウェア輸入額が約2900億円に対して輸出は約92億円。その差は約30対1で完全に輸入超過の状態だ。経済産業省などがまとめた統計でもソフトウェアは輸出額から輸入額を差し引いた純輸出で04年は2000億円のマイナスになっている。ベースとなる統計が異なるため誤差はあるが輸入超過であることに変わりはない。
欧米のパッケージソフトベンダーのある幹部は、国内のパッケージソフト産業を「日用雑貨を自給できる軽工業レベル」と揶揄する声も聞こえてくる。
グローバル展開を積極的に推進し、昨年1年間の海外滞在日数が100日を超えたというジャストシステムの浮川和宣社長は、「欧米パッケージベンダーと国内ベンダーのパワーの差はまさに輸出入比の1対30と同じだと実感した」と海外を自身の足で歩いた実感を明かす。だが一方で「資金や人材などの総合力で勝る欧米ベンダーだが、国産ベンダーにも勝機はある」とも感じ取った。
アジアを中心に海外拠点を設けて生産管理システムなどの納入実績を伸ばすリード・レックスの梶山桂社長は、「最初はどの国も軽工業からスタートする。世界に冠たる国内自動車産業も戦後まもない頃は整備工場や部品工場の集まりだった。卑下することはまったくない。すでに日本のパッケージソフト産業は“軽工業レベル”から脱しつつある。これからが本当の勝負だ」と話す。
国内情報サービス産業の規模は世界のおよそ10分の1程度を占めると言われており、仮に国内で100億円売り上げるベンダーが海外市場でも国内同等レベルのビジネスを展開すれば、ビリオン企業になる可能性はある。では具体的にどうすればいいのか。何がチャンスになるのか。この点について検証してみよう。
技術革新で主役交代に
ソフトウェアを取り巻く環境は劇的に変わろうとしている。1つはオープンソースソフトウェア(OSS)の台頭であり、もう1つはソフトウェアのサービス化である。ソフトウェアの価格破壊が起こる可能性を指摘する研究者もいる。既存の大手パッケージベンダーのなかにはビジネスモデルの修正が間に合わず、プレーヤーの新旧入れ替えが起こる可能性もある。ここにビジネスチャンスがある。
世界のビリオン企業に比べて規模がはるかに小さい国内パッケージベンダーは急激な環境変化が起きても受ける影響は限定的だ。真に危機感を抱いているのは“ソフトウェア帝国を築いた”と言われるグローバルベンダーである。
輸入超過で追いつめられたかに見える国内パッケージソフト産業だが、世界の激動期におけるイノベーションはピンチをチャンスに変える可能性を秘めている。
「つまり、われわれはマイクロソフトになりたいんです──」。米セールスフォース・ドットコムのジム・スティール・プレジデントは将来戦略を率直に明かす。メインフレーム世界の王者はIBMだった。クライアント・サーバーの世界ではマイクロソフトだ。セールスフォース・ドットコムはオンデマンド時代のプラットフォームを提供するトップベンダーを狙う。
サービス化が起こす地殻変動
オンデマンドとはソフトウェアのサービス化にほかならない。一般コンシューマ向けではグーグルやヤフー、アマゾンドットコム、アイチューン(アップルコンピュータ)などが、さまざまなソフトウェアサービスを提供している。
近年では電子メールやワープロ、表計算などのサービスも充実しており、こうした動きがいずれ業務アプリケーションの分野にも波及すると見られている。
単一のサービスを個別に使うのではなく、複数のサービスを複合的に連携させて、より高度な統合アプリケーションに仕立てることも近い将来可能になる。セールスフォース・ドットコムはアプリケーションインタフェース(API)を公開し、サービスのプラットフォームも用意した。オンデマンドのプラットフォームでデファクトスタンダードを狙おうというものだ。
ソフトウェア産業に詳しい富士通総研(FRI)の前川徹・経済研究所主任研究員は、「ソフトウェアの変化を過小評価してはならない」と指摘する。
誰でも自由に使えるOSSやソフトウェアのサービス化による月額利用料金制、インターネット上のサービスを複合的に利用するソフトウェアコンポーネントの再利用などが絡み合うことで「ソフトウェアの価格が急激に下がる可能性もある」(前川主任研究員)と分析する。
90年代、パソコンの爆発的な普及によってハードウェア価格が下がり、次いでIPネットワークの普及でネットワーク機器の価格が下がった。ハードウェア、ネットワークともに新しいプレーヤーが次々と登場したように、ソフトウェアの価格が下がるとすれば既存の勢力図が塗り替わることも十分考えられる。
国産ソフトは弱くない
激動期は既存プレーヤーにとってはピンチかもしれないが、新規プレーヤーにとってはチャンスだ。
「日本のソフトウェア産業は決して弱くない」とみるのは国内有数のビジネスプロセス管理ソフトベンダー、ソフトブレーンを立ち上げた中国出身の宋文洲マネジメント・アドバイザーだ。ゲームソフトやアニメーションなどでは十分に国際競争力があり「日本はソフトに弱いというのは間違い」だと指摘する。ただ業務用パッケージソフトは弱かった。
そもそもパッケージソフトとは何か。異なる条件、環境、事情、ニーズをカバーするコンセプト力が求められる。たとえばCADソフトは自動車、飛行機、農業機械、建設業界などの設計業務に幅広く使えるが、出版やデザイン業界では使えない。ターゲットとする領域を明確にして、少しでも領域が広がるよう「コンセプトを膨らませて、宣伝・ブランド力で売り込んでいくパワーが不可欠」(宋アドバイザー)だと指摘する。
ビリオン企業も夢じゃない
国産パッケージベンダーの海外進出が加速している。ミドルウェアや生産管理システム、ERP(統合基幹業務システム)などさまざまな分野でグローバル展開を狙う。人手不足が深刻化している情報サービス産業だが、世界に向けて伸びようとしている企業には国内外から人材が集まる傾向があることが分かってきた。一度好転するとぐんぐん成長するのがパッケージソフト産業であり、「ビリオン企業も夢じゃない」と鼻息を荒くする経営者も出てきている。
マイクロソフトのワープロソフトなどとの激しいシェア争いで劣勢に立たされたジャストシステムは長らく業績低迷に苦しんだ。04年3月期に経常利益ベースで念願の黒字化を達成したものの、昨年度は再び赤字に転落した。グローバル展開を狙うXMLの開発・実行基盤のxfy(エクスファイ)への投資額が膨らんだためだ。
業界からは「既存事業でやっていれば利益は出るのに」とのため息混じりの声が聞こえてくる。こうした周囲のささやきを知っているかのように浮川社長は、「気がふれたかという感じでしょう」と苦笑いを浮かべる。しかし、満身創痍ながらもその笑みにはどこか自信に満ちたものがうかがえる。
xfyはXMLデータベースと連動してこそ使い勝手のよさを実感できるもので、XMLデータベースの開発に積極的な米IBMから高い評価を得ている。この秋、IBMが米国で開催した大規模なセミナーでは「これ以上、いい時間帯はない」(浮川社長)ところに講演の機会を得た。展示ブースも世界の大手パッケージベンダーと肩を並べるところに構えた。
XMLの活用が進む欧米市場を中心にxfyの引き合いは急増している。2年後の09年3月期にはxfy事業の売上高全体のうち3分の2を海外市場で稼ぐとの意気込みを示す。主力のワープロソフト「一太郎」での国際展開は難しいが、「一太郎の処理技術を応用したxfyならXMLの普及のタイミングに合わせて世界でシェアを獲れる。社員が世界で活躍できる舞台を用意するのが経営者の義務だ。ビリオン企業も夢じゃない」(浮川社長)と話す。
世界進出に意外な援軍も
アプリケーションパッケージ分野には進出しないと明言しているIBMは、国産パッケージベンダーにとって意外な援軍になっている。中国やタイなどに海外拠点を設け、主力の生産管理システムを中心にグローバル展開を積極的に進めるリード・レックスの梶山社長は「IBMとのパートナーシップに期待している」と話す。
世界の製造業の半分余りは日本と中国を中心とするアジアに集積していると言われる。「この地域でトップを獲れば生産管理システムで世界の頂点が見えてくる」(梶山社長)ことから、アジア地域でのシェア拡大にとりわけ力を入れる。だが目下の課題はカントリーリスクだ、90年代後半にはアジア通貨危機で為替リスクに直面。今年9月にはタイで軍事クーデターが起き、中国ではソフトウェアの代金回収が中長期的な課題となっている。
カントリーリスクを最小限にとどめるためには顧客の与信管理が欠かせない。「少なくとも与信管理能力は当社よりIBMのほうが上」(同)とIBMとのパートナーシップはリスク軽減につながると話す。
リード・レックスと同様、アジア市場でトップを狙うのは大企業向け業務システムで急成長したワークスアプリケーションズだ。「最終的なアジア全域のIT投資額は欧州や北米とほぼ同じ規模になる」(牧野正幸CEO)とアジアでトップになることで、SAPやオラクルなど大手と伍していく考えだ。
ワークスアプリケーションズには直近で年間1万人もの採用希望が殺到している。実際には毎年100-150人しか採用していないため極めて狭き門だ。慢性的な人材不足に悩む個別開発や受託開発型のソフト開発ベンダーが存在するのに比べて大きな開きがある。世界に通用する仕事をしたい──。世界最大手とたたかう旗印を鮮明にすることで若者を刺激して多くの優れた人材を得てきた。人材こそが世界の扉を開ける原動力になる。
開発陣も多国籍化が必要
元ロータス日本法人社長の菊池三郎・アートソフト社長は優秀な人材を得ることに加えて、「開発陣を日本人だけで固めないこと」を条件に入れる。ジャストシステムの浮川社長は、「たとえば日本人だけで20か国語に対応するには気の遠くなる思いをしなければならないが、世界各国から人材が集まる米国ではいとも簡単にやってのける」と話す。ソフトブレーンの宋アドバイザーは「パッケージソフトの海外展開力、汎用性を高めるためにも、多様性をもった開発陣を揃えるべき」だとグローバルで成功する開発体制の重要性を説く。
2011年、ソフトウェアのサービス化やOSSの台頭などプラットフォーム環境が大きく変わることが予想される。08年の北京オリンピック、10年の上海万博を終えた中国は今以上の巨大市場に発展していることも容易に想像できる。アジア各国の発展にも期待できる。こうした技術的、経済的激動期には新旧プレーヤーが入れ代わり、世界のパッケージソフト産業において中核的なプレーヤーとなるベンダーが多数、国内から登場する可能性が十分にある。
【チャンスをつかむ!】
・“競技ルール”が変わろうとしている今こそ躍進のチャンス
・世界を目指す人材は世界を目指す企業に集まる
・異なる文化習慣を容認するコンセプト力、発想力を育てよ

車輪の再発明
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―BCNが予想する5年後の情報産業の姿【Part II】
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海外市場に打って出よ!
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マイクロソフトやオラクルの例をあげるまでもなく、世界には巨大なパッケージベンダーが数多くある。国産パッケージベンダーは資本力や開発パワーなどで劣勢にある。しかしイノベーションは常に既存の勢力図を塗り替え、挑戦者にチャンスを与えている。この大航海時代を勝ち抜くにはどうすればいいのか。ヒントはどこにあるのか──。 売上高10億ドル(ビリオンドル=日本円約1170億円)を超すパッケージベンダーがひしめく欧米のケースをみてみよう。
経営分析などを行うビジネスインテリジェンス(BI)ツールを開発するビジネスオブジェクツは、競合会社の買収などを経て昨年度(2005年12月期)のグローバル連結売上高が10億ドルを超えた。
アプリケーションソフトやOSを仮想化するツールを開発するヴイエムウェアは、仮想化需要の波に乗って早ければここ数年内にもグローバルの連結売上高でビリオンドルに達する勢いだ。03年度の同社の売上高はわずか約1億ドル(同約117億円)だったが、昨年度は約3億8000万ドル(同約440億円)に急成長。今年度も勢いは衰えていないという。 CRM(顧客情報管理システム)やSFA(営業支援システム)を開発するセールスフォース・ドットコムは“ソフトウェアのサービス化”で一躍有名になった。グローバルの連結売上高もうなぎ上りで昨年度(06年1月期)は3億900万ドル(同約360億円)だったのに対して、今年度は前年度比約60%増の4億9500万ドル(同約580億円)の見通しを示す。このままの勢いが続けばビリオン企業の仲間入りは遠くない。
世界のパッケージソフト業界では売上高がビリオン規模になれば「“大手”としての地位がより盤石になる」(外資系パッケージソフトベンダー幹部)と評価される。欧米のパッケージソフト業界ではビリオン企業が次々と誕生しており、またその予備軍の層も厚い。
大幅な輸入超過続く日本
振り返って国産パッケージベンダーはどうか。独立系ベンダーで連結売上高がビリオンを超えるどころか、その10分の1以下の100億円を上回るベンダーも数えるほどしかない。ほとんどが海外での実績に乏しく、国内需要への依存度が高い。 少し古い統計だが電子情報技術産業協会(JEITA)などがまとめたソフトウェア輸出入統計によれば、03年のソフトウェア輸入額が約2900億円に対して輸出は約92億円。その差は約30対1で完全に輸入超過の状態だ。経済産業省などがまとめた統計でもソフトウェアは輸出額から輸入額を差し引いた純輸出で04年は2000億円のマイナスになっている。ベースとなる統計が異なるため誤差はあるが輸入超過であることに変わりはない。
欧米のパッケージソフトベンダーのある幹部は、国内のパッケージソフト産業を「日用雑貨を自給できる軽工業レベル」と揶揄する声も聞こえてくる。
グローバル展開を積極的に推進し、昨年1年間の海外滞在日数が100日を超えたというジャストシステムの浮川和宣社長は、「欧米パッケージベンダーと国内ベンダーのパワーの差はまさに輸出入比の1対30と同じだと実感した」と海外を自身の足で歩いた実感を明かす。だが一方で「資金や人材などの総合力で勝る欧米ベンダーだが、国産ベンダーにも勝機はある」とも感じ取った。
アジアを中心に海外拠点を設けて生産管理システムなどの納入実績を伸ばすリード・レックスの梶山桂社長は、「最初はどの国も軽工業からスタートする。世界に冠たる国内自動車産業も戦後まもない頃は整備工場や部品工場の集まりだった。卑下することはまったくない。すでに日本のパッケージソフト産業は“軽工業レベル”から脱しつつある。これからが本当の勝負だ」と話す。 国内情報サービス産業の規模は世界のおよそ10分の1程度を占めると言われており、仮に国内で100億円売り上げるベンダーが海外市場でも国内同等レベルのビジネスを展開すれば、ビリオン企業になる可能性はある。では具体的にどうすればいいのか。何がチャンスになるのか。この点について検証してみよう。
ソフトウェア環境は激変する
新旧勢力が入れ替わる可能性も技術革新で主役交代に
ソフトウェアを取り巻く環境は劇的に変わろうとしている。1つはオープンソースソフトウェア(OSS)の台頭であり、もう1つはソフトウェアのサービス化である。ソフトウェアの価格破壊が起こる可能性を指摘する研究者もいる。既存の大手パッケージベンダーのなかにはビジネスモデルの修正が間に合わず、プレーヤーの新旧入れ替えが起こる可能性もある。ここにビジネスチャンスがある。 世界のビリオン企業に比べて規模がはるかに小さい国内パッケージベンダーは急激な環境変化が起きても受ける影響は限定的だ。真に危機感を抱いているのは“ソフトウェア帝国を築いた”と言われるグローバルベンダーである。
輸入超過で追いつめられたかに見える国内パッケージソフト産業だが、世界の激動期におけるイノベーションはピンチをチャンスに変える可能性を秘めている。
「つまり、われわれはマイクロソフトになりたいんです──」。米セールスフォース・ドットコムのジム・スティール・プレジデントは将来戦略を率直に明かす。メインフレーム世界の王者はIBMだった。クライアント・サーバーの世界ではマイクロソフトだ。セールスフォース・ドットコムはオンデマンド時代のプラットフォームを提供するトップベンダーを狙う。
サービス化が起こす地殻変動
オンデマンドとはソフトウェアのサービス化にほかならない。一般コンシューマ向けではグーグルやヤフー、アマゾンドットコム、アイチューン(アップルコンピュータ)などが、さまざまなソフトウェアサービスを提供している。 近年では電子メールやワープロ、表計算などのサービスも充実しており、こうした動きがいずれ業務アプリケーションの分野にも波及すると見られている。
単一のサービスを個別に使うのではなく、複数のサービスを複合的に連携させて、より高度な統合アプリケーションに仕立てることも近い将来可能になる。セールスフォース・ドットコムはアプリケーションインタフェース(API)を公開し、サービスのプラットフォームも用意した。オンデマンドのプラットフォームでデファクトスタンダードを狙おうというものだ。
ソフトウェア産業に詳しい富士通総研(FRI)の前川徹・経済研究所主任研究員は、「ソフトウェアの変化を過小評価してはならない」と指摘する。
誰でも自由に使えるOSSやソフトウェアのサービス化による月額利用料金制、インターネット上のサービスを複合的に利用するソフトウェアコンポーネントの再利用などが絡み合うことで「ソフトウェアの価格が急激に下がる可能性もある」(前川主任研究員)と分析する。
90年代、パソコンの爆発的な普及によってハードウェア価格が下がり、次いでIPネットワークの普及でネットワーク機器の価格が下がった。ハードウェア、ネットワークともに新しいプレーヤーが次々と登場したように、ソフトウェアの価格が下がるとすれば既存の勢力図が塗り替わることも十分考えられる。
国産ソフトは弱くない
激動期は既存プレーヤーにとってはピンチかもしれないが、新規プレーヤーにとってはチャンスだ。「日本のソフトウェア産業は決して弱くない」とみるのは国内有数のビジネスプロセス管理ソフトベンダー、ソフトブレーンを立ち上げた中国出身の宋文洲マネジメント・アドバイザーだ。ゲームソフトやアニメーションなどでは十分に国際競争力があり「日本はソフトに弱いというのは間違い」だと指摘する。ただ業務用パッケージソフトは弱かった。
そもそもパッケージソフトとは何か。異なる条件、環境、事情、ニーズをカバーするコンセプト力が求められる。たとえばCADソフトは自動車、飛行機、農業機械、建設業界などの設計業務に幅広く使えるが、出版やデザイン業界では使えない。ターゲットとする領域を明確にして、少しでも領域が広がるよう「コンセプトを膨らませて、宣伝・ブランド力で売り込んでいくパワーが不可欠」(宋アドバイザー)だと指摘する。
「世界の頂点が見えてくる」
グローバル目指す国産ベンダービリオン企業も夢じゃない
国産パッケージベンダーの海外進出が加速している。ミドルウェアや生産管理システム、ERP(統合基幹業務システム)などさまざまな分野でグローバル展開を狙う。人手不足が深刻化している情報サービス産業だが、世界に向けて伸びようとしている企業には国内外から人材が集まる傾向があることが分かってきた。一度好転するとぐんぐん成長するのがパッケージソフト産業であり、「ビリオン企業も夢じゃない」と鼻息を荒くする経営者も出てきている。 マイクロソフトのワープロソフトなどとの激しいシェア争いで劣勢に立たされたジャストシステムは長らく業績低迷に苦しんだ。04年3月期に経常利益ベースで念願の黒字化を達成したものの、昨年度は再び赤字に転落した。グローバル展開を狙うXMLの開発・実行基盤のxfy(エクスファイ)への投資額が膨らんだためだ。
業界からは「既存事業でやっていれば利益は出るのに」とのため息混じりの声が聞こえてくる。こうした周囲のささやきを知っているかのように浮川社長は、「気がふれたかという感じでしょう」と苦笑いを浮かべる。しかし、満身創痍ながらもその笑みにはどこか自信に満ちたものがうかがえる。
xfyはXMLデータベースと連動してこそ使い勝手のよさを実感できるもので、XMLデータベースの開発に積極的な米IBMから高い評価を得ている。この秋、IBMが米国で開催した大規模なセミナーでは「これ以上、いい時間帯はない」(浮川社長)ところに講演の機会を得た。展示ブースも世界の大手パッケージベンダーと肩を並べるところに構えた。
XMLの活用が進む欧米市場を中心にxfyの引き合いは急増している。2年後の09年3月期にはxfy事業の売上高全体のうち3分の2を海外市場で稼ぐとの意気込みを示す。主力のワープロソフト「一太郎」での国際展開は難しいが、「一太郎の処理技術を応用したxfyならXMLの普及のタイミングに合わせて世界でシェアを獲れる。社員が世界で活躍できる舞台を用意するのが経営者の義務だ。ビリオン企業も夢じゃない」(浮川社長)と話す。
世界進出に意外な援軍も
アプリケーションパッケージ分野には進出しないと明言しているIBMは、国産パッケージベンダーにとって意外な援軍になっている。中国やタイなどに海外拠点を設け、主力の生産管理システムを中心にグローバル展開を積極的に進めるリード・レックスの梶山社長は「IBMとのパートナーシップに期待している」と話す。
世界の製造業の半分余りは日本と中国を中心とするアジアに集積していると言われる。「この地域でトップを獲れば生産管理システムで世界の頂点が見えてくる」(梶山社長)ことから、アジア地域でのシェア拡大にとりわけ力を入れる。だが目下の課題はカントリーリスクだ、90年代後半にはアジア通貨危機で為替リスクに直面。今年9月にはタイで軍事クーデターが起き、中国ではソフトウェアの代金回収が中長期的な課題となっている。
カントリーリスクを最小限にとどめるためには顧客の与信管理が欠かせない。「少なくとも与信管理能力は当社よりIBMのほうが上」(同)とIBMとのパートナーシップはリスク軽減につながると話す。 リード・レックスと同様、アジア市場でトップを狙うのは大企業向け業務システムで急成長したワークスアプリケーションズだ。「最終的なアジア全域のIT投資額は欧州や北米とほぼ同じ規模になる」(牧野正幸CEO)とアジアでトップになることで、SAPやオラクルなど大手と伍していく考えだ。
ワークスアプリケーションズには直近で年間1万人もの採用希望が殺到している。実際には毎年100-150人しか採用していないため極めて狭き門だ。慢性的な人材不足に悩む個別開発や受託開発型のソフト開発ベンダーが存在するのに比べて大きな開きがある。世界に通用する仕事をしたい──。世界最大手とたたかう旗印を鮮明にすることで若者を刺激して多くの優れた人材を得てきた。人材こそが世界の扉を開ける原動力になる。
開発陣も多国籍化が必要
元ロータス日本法人社長の菊池三郎・アートソフト社長は優秀な人材を得ることに加えて、「開発陣を日本人だけで固めないこと」を条件に入れる。ジャストシステムの浮川社長は、「たとえば日本人だけで20か国語に対応するには気の遠くなる思いをしなければならないが、世界各国から人材が集まる米国ではいとも簡単にやってのける」と話す。ソフトブレーンの宋アドバイザーは「パッケージソフトの海外展開力、汎用性を高めるためにも、多様性をもった開発陣を揃えるべき」だとグローバルで成功する開発体制の重要性を説く。 2011年、ソフトウェアのサービス化やOSSの台頭などプラットフォーム環境が大きく変わることが予想される。08年の北京オリンピック、10年の上海万博を終えた中国は今以上の巨大市場に発展していることも容易に想像できる。アジア各国の発展にも期待できる。こうした技術的、経済的激動期には新旧プレーヤーが入れ代わり、世界のパッケージソフト産業において中核的なプレーヤーとなるベンダーが多数、国内から登場する可能性が十分にある。
【チャンスをつかむ!】
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・世界を目指す人材は世界を目指す企業に集まる
・異なる文化習慣を容認するコンセプト力、発想力を育てよ

車輪の再発明
すでに完成している技術(車輪)をゼロからもう一度開発(再発明)すること。既存の技術やコンポーネントを再利用せず、同じようなものを何度もつくってしまうことを指している。パッケージソフトと個別開発(受託開発)との比較で使われる。
パッケージソフトやOSS、ソフトウェアのサービス化(SaaS)などは基本的にコンポーネントの再利用を前提としている。これに対して個別開発は特定顧客の要望通りにつくるために出来合いのものを組み合わせるわけにはいかない。SE・プログラマの雇用を確保する意味合いからも、ゼロからの開発をせざるを得ないこともある。結果的に何度も「車輪を発明」するケースが見られる。
86万人とも言われるソフト産業の雇用を維持するには「車輪の再発明」は必要との意見や、雇用を確保しやすい個別開発型を支援する国の動きもある。しかし、日本のような先進諸国がソフトウェアで外貨を稼ごうと考えれば、自ずとパッケージソフト(SaaSなども含む)が主役になる。いつまでも貿易赤字で済むはずはない。
パッケージソフトやOSS、ソフトウェアのサービス化(SaaS)などは基本的にコンポーネントの再利用を前提としている。これに対して個別開発は特定顧客の要望通りにつくるために出来合いのものを組み合わせるわけにはいかない。SE・プログラマの雇用を確保する意味合いからも、ゼロからの開発をせざるを得ないこともある。結果的に何度も「車輪を発明」するケースが見られる。
86万人とも言われるソフト産業の雇用を維持するには「車輪の再発明」は必要との意見や、雇用を確保しやすい個別開発型を支援する国の動きもある。しかし、日本のような先進諸国がソフトウェアで外貨を稼ごうと考えれば、自ずとパッケージソフト(SaaSなども含む)が主役になる。いつまでも貿易赤字で済むはずはない。
国産パッケージソフト産業に今、大きな地殻変動が起こっている。これまで国際競争力が低く“外貨が稼げない劣等生”の烙印をおされてきた。だが、果敢に海外市場へ打って出ようとする国産パッケージソフトベンダーは増加し、グローバル展開を目指す動きは着実に広がりを見せている。やがてグローバルカンパニーへと飛躍する国産パッケージベンダーが現れる可能性は大きい。(安藤章司●取材/文)
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