大手SIerのオリジナル商品・サービスづくりが急ピッチで進んでいる。社内で眠っているアイデアを引き出す制度や市場のニーズを捉える仕組みを整備。自社の特徴を生かした“強い商材”を増やそうと懸命だ。SIerはこれまで、一般的に商材創出の力量やマーケティング力が弱いとされてきただけに、今後どれだけ多くのヒット商品・サービスを打ち出せるかが課題。強いオリジナル商材を持つか持たないかで、収益力が大きく変わってくる。(安藤章司●取材/文)
強い自社商材が収益を支える
ヒット商品を出せるかが課題
■社内公募制度を拡充 アイデアを事業化へ ソフト開発やシステム構築を主力とするSIerは、ハードウェアメーカーやパッケージソフト専業ベンダーなどに比べてオリジナルの商材を開発する能力が弱い傾向にあった。だが、ここにきて社内で埋もれているアイデアをベースにした商材づくりに取り組む動きが活発化。さらには、競争力をもつ商材を有する企業と資本提携したり、M&A(企業の合併と買収)を積極化する動きも出てきている。
情報漏えい防止システムでシェア約4割を誇る「秘文」などのヒット商品をつくりだしてきた日立ソフトウェアエンジニアリング(日立ソフト)は今年4月から社内公募制度を充実させる予定だ。「社内のアイデアをもっと多く吸い上げて事業化する」(小野功社長)ことで、競争力の向上を狙う。
これまでも社内公募で開発した商品・サービスは多数あったが、技術本位が色濃く出て、必ずしも顧客や市場のニーズを十分に反映していない傾向にあった。このため自社の得意領域と顧客のニーズ、技術の優位性など総合的な観点から評価できるよう外部の有識者を交えた委員会を設置する方向で検討。応募したアイデアが正当に評価されれば社員の意欲も湧いてくる。
日本オフィス・システム(NOS)は今年1月からの3か年経営計画で社員の教育、福利厚生など内部サービスの拡充に乗り出した。優れた商材の開発には社員のモチベーションや創造力を伸ばす必要がある。社員に“やらされ感”が強ければ、いいアイデアも湧いてこない。仕事に対する思い入れや集中力を高め、忙しさが楽しめるようになるには「社内サービスによる強力な下支えが不可欠」(尾嵩社長)と判断した。
社員が持つノウハウや顧客の声を自社製品に反映させることが、よりよい製品づくりにつながる。「内部サービスと顧客向けの外部サービスを両立させた“サービス・プロフィットチェーン”の確立が自社商材の創出の基盤になる」とみる。他社にない優れた商材の開発を促進することで顧客満足度を高める。
■ナンバーワンを増やせ 迅速な商材開発も必要 従来型の個別ソフトウェア開発の利益率が頭打ちになり、システム構築での差別化が難しくなっている。他社に負けない強いオリジナル商材・サービスを創り出すことが、競争優位に立つ必須条件となる。
JBCCホールディングス(JBグループ)は2007年4月から始まる3か年経営計画の柱のひとつに「NO.1ソリューション・サービスを育てる」ことを掲げる。「業界ナンバーワンと言える自社商品・サービスが少なすぎる」(石黒和義社長)とオリジナルの業務システムやオンデマンドサービスなど、20項目あまりの自社の強みをリストアップして、今後3年でキラー商材に育てる。
24時間体制で顧客の情報システムを運用支援する拠点「SMAC」をいち早く立ち上げ、IBMのプラットフォーム上で動く基幹業務システムの遠隔運用支援で国内随一の実績をつくりあげてきた。日本IBMのトップソリューションプロバイダであるJBグループを支える仕掛けのひとつである。ただ、こうした伝統的な基幹系システムには強くても、一方でウェブ系など動きの速い領域は大手SIerといえどもなかなか追いつけないという課題もある。
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| SIerのビジネスモデル | | 「顧客の示した要件通りにソフトをつくる」「システム構築と保守運用をする」「ハードウェアやソフトライセンスを仕入れて売る」。これがSIerの3大ビジネスモデルである。だが利益率が総じて低い。一方で、有力業務パッケージソフトや独自のサービスモデルを築き上げたベンダーは利益率が高い。これに気づいたSIerは率先して強い商材づくりへの投資を本格化。すべてが成功するわけではないが、当たればリターンは大きい。利益ベースで見ると旧来のビジネスモデルへの依存度が下がり、新しいビジネスモデルへのシフトが進む可能性がある。 | | | |
住商情報システムは、ウェブ2.0など新しいビジネスモデルや技術トレンドについては有力ベンチャー企業のM&Aや欧米などに情報網を張り巡らせる住友商事グループの情報収集力を活用する。「迅速に動けることも強みのひとつ」(阿部康行社長)と商材の特性に合わせて社内外のリソースをうまく使い分ける。中堅企業向けの定番基幹業務システムパッケージのひとつに数えられる「プロアクティブシリーズ」など、従来から得意としている領域は自社内のリソースを結集して伸ばせる。コツコツと良い商品をつくりあげる体制を維持しながらも、一方で小回りがきく迅速な商材開発で顧客の心をつかむ。
顧客の要望や市場環境は常に変化している。パッケージソフトの競争激化による低価格化や月額料金のオンデマンドサービスなど、動きは予想以上に速い。オリジナル商材といえども、市場で勝ち残れる保証はない。先行投資を行うだけに、失敗したときの損失の覚悟も要るだろう。
しかし自社の得意技を生かした強い製品・サービスの創出は中期的にみて成長をけん引していく役割を果たす。リスクを負わずただ黙々と顧客から与えられた仕事をこなすだけでは先細りになる。社内で眠っているアイデアを最大限に引き出し、M&Aも絡めて新しい商品・サービスを主体的に創出してこそ収益力あるビジネスが期待できる。
【チャンスの芽】・社内公募したアイデアは社外の有識者を交えて客観的に評価する。
・サービス・プロフィットチェーンの充実で社員のやる気を引き出す。
・蓄積したノウハウを生かしてつくる商材にプラスして、M&Aも重要な戦略となる。