国内ICT(情報通信技術)業界に「SaaSの津波」が押し寄せている。ICT流通業界には、大規模な“地殻変動”が起こりそうだ。ISVの流通網だけでなく、ビジネスのあり方に至るまで大きく変革を促すことは必至である。ICT業界の全プレイヤーを巻き込み、離合集散の業界再編もあり得る。今回の「1200号特別企画」では、ICT業界の各プレイヤーがこの大波を乗り切るための方向性を探ってみた。
[特別企画を読む前に]
SaaSとASPはここが違う
SaaS(Software as a Service)とASP(Application Service Provider)は、何が違うのか──「アプリケーションとその運用管理をアウトソースする」というコンセプトに「本質的な違いはない」という認識もある。
ASPは、ユーザー企業側にシステムを置くより、安価な費用で導入・運用できる。だが、そのためには、ASPベンダー側の設備投資・運用コストを極力抑えることが欠かせない。従来のASPは、各ユーザー企業別にサーバーやデータベース(DB)を割り当てる「シングルテナント」でコスト高であった。一方、SaaSは複数のユーザー企業でサーバーやDBをシェアする「マルチテナント」で、ハードウェア/ソフトウェアや運用管理の費用を抑えられる。ここに大きな違いがある。
今回の「SaaS特集」では、現段階は「ASPからSaaSへ進化する途中」であると判断。SaaSとASPを明確に分けるには、まだ不確定要素があることや、国の諮問委員会などで「ASP・SaaS」という言葉を使ってSaaS研究していることなどから、「SaaS/ASP」という表現に統一して表記した。
I 国内ISV+総論
流通網は再編必至!
新たなプレイヤーが台頭へ
「右から左へ」の販社は淘汰か?
SaaS/ASPが普及すると、国内ISVの既存ソフト流通網は、再編を余儀なくされる。一方で、国内外にすでにある技術を利用したSaaS/ASP基盤の取り組みが始まり、ソフト流通に「SaaS/ASPプロバイダ」やこれを取り巻く新たな通信機器販売など、「新たなプレイヤー」が出現しそうだ。ただ、SaaS/ASP型のソフトを誰がどのように販売するかが未解決。課題を解消することで、ソフト流通はSaaS/ASP型に移行し、早期に市場が形成されそうである。(谷畑良胤)
業態変革を迫られる
中堅・中小企業(SMB)向けに「販売・財務・給与」やERP(統合基幹業務システム)といった業務ソフトウェアを開発・販売する国内有力ISVは、パートナーを介した「間接販売」で自社ソフトを提供するという流通形態をとっている。
こうしたパッケージ型のソフトを販売するパートナーには、次のような区分がある。(1)自社製品を持たずソフト販売を主とする「販売会社(販社)」、(2)プリンタなど情報機器と一緒にソフト販売する「事務機ディーラー」、(3)NECや富士通などのサーバーなどを販売する「特約店」や「系列・非系列のSIer」、(4)ソフトを販社やSIer、家電量販店などにボリュームで卸す「大手ディストリビュータ」、(5)ソフト利用を支援する「ユースウェア会社」──などに大別できる。
この先、パッケージ型のソフト提供が減り、SaaS/ASP型の提供が浸透する時代が到来すると、「既存のソフトを販売するパートナーのうち、付加価値を加えることができず『右から左へ』ソフトを提供するだけのプレイヤーは、市場から退場を余儀なくされる」と捉えるのが、本紙が見通すソフト流通の「未来予想図」である。
従量課金制で運用されるSaaS/ASP型のソフトは、ユーザー企業がネットワークを介して購入・利用できる。このソフト提供方法が普及すれば、「右から左へ」ソフトを提供してきた販売会社が、これまでユーザー企業先で施していたパッケージのサーバーやパソコンへの設定やセキュリティなど管理設定、導入後のパッチ処理やアップデート──など、一連の作業が不要になり、これまでの収益モデルは崩壊する。付加価値を提供できないソフト販社やディストリビュータなどは、ソフト市場で行き場を失う可能性が高く、早い時期に業態変革をする必要がありそうだ。
中堅・大手企業へソフトを提供するITベンダーならば、パッケージソフトやSaaS/ASP型ソフトに加え、サービスなどと一緒にソリューション提案・販売できる。実際、すでに大手SIベンダーは、「SaaS」という言葉を生み出したパイオニアベンダー、米セールスフォース・ドットコムなどのSaaS製品と、自社の独自製品・サービスなどを組み合わてシステムを提供することに成功し、収益モデルを確立しつつある。
一方、システム担当者が不足していたり、在籍していないユーザーにとっては、短納期・低コストで利用でき、運用負荷やコストを低減できるSaaS/ASP型の仕組みを選択するケースが増える可能性がある。SMB市場を“主戦場”にしていた販売会社は、段階的に「淘汰される」という構図が浮かび上がる。
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