国内ICT(情報通信技術)業界に「SaaSの津波」が押し寄せている。ICT流通業界には、大規模な“地殻変動”が起こりそうだ。ISVの流通網だけでなく、ビジネスのあり方に至るまで大きく変革を促すことは必至である。ICT業界の全プレイヤーを巻き込み、離合集散の業界再編もあり得る。今回の「1200号特別企画」では、ICT業界の各プレイヤーがこの大波を乗り切るための方向性を探ってみた。
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III 通信事業者/NIer
SaaSで事業拡大を図る
通信事業者のサービス提供がカギ
NIerのビジネスモデル変革へ
SaaS/ASPが浸透するうえでカギを握るのが通信事業者によるサービス提供だ。最近では、SaaSビジネスに着手する通信事業者が目立つようになってきている。しかも、多くのアプリケーションサービスの提供に向けて、ISVなどとのアライアンスを積極的に進めている。回線を持っているという強みを武器に、ユーザーへのICT関連サービスで主導権を握るというわけだ。これに伴い、ネットワーク構築が主力のNIerは、通信事業者をはじめとしたSP(サービスプロバイダ)向けネットワーク関連事業を今年度の稼ぎ頭に据える。加えて、法人向けネットワーク事業のビジネスモデルを強化する動きも強まっている。(佐相彰彦)
SaaS事業への参入相次ぐ
KDDIがマイクロソフトのSaaSプラットフォーム「CSF」を基盤に法人向けアプリケーションサービスの提供を打ち出したのは、「法人市場では、インターネット経由でアプリケーションを使う傾向が高まってくる」(KDDIの田中孝司・取締役執行役員常務ソリューション事業統轄本部長)とみているためだ。来年3月に本格的なサービス提供に踏み切るうえで重要視しているのがISVなどとのアライアンスで、アプリケーションサービスの拡充を図っていく方針だ。現段階でパートナーとして賛同しているベンダーは、大塚商会やオービックビジネスコンサルタント(OBC)など7社。「パートナーシップを深めるためにパートナープログラムを策定したい。また、(現段階では7社だが)賛同パートナーをもっと増やしていきたい」(田中執行役員常務)考えで、今年10月までにサービスの青写真が描ける体制を整える方針。
海外本社の通信事業者も、SaaS事業を手がけることで「グローバル・ネットワーク」と称した回線サービスの法人加入者を増やすことに力を注ぐ。米AT&Tの日本法人である日本AT&Tは、オンデマンド型セキュリティサービス「AT&T Web Security」をグループ会社のAT&Tグローバル・サービスを通じて今年10月に提供を開始する。同サービスは、ウェブへのアクセスをネットワーク網でAT&Tがリアルタイムに運用管理することが特徴で、ユーザー企業がISPやパソコンのウェブブラウザに依存することなくセキュリティを確保できる。

「まずは、1万4000-5000ライセンスの大企業を対象にサービスの導入を促していく」(AT&Tグローバルの岩澤利典・取締役ソリューション推進本部長)としており、提供開始後の1年間で20社以上の顧客企業を獲得する方針だ。月額課金で提供し、価格は1ライセンスあたり数百円程度に設定していることからも、「中小企業への提供も視野に入れる」としている。
英国を本拠地とするBTグループも、「各業種に適したアプリケーションと回線、端末などを含めたサービスをワールドワイドで展開し、証券会社をはじめユーザー企業が増えており好調だ。この勢いで、日本でも導入事例を増やしていきたい」(BTジャパンのイアン・プルフォード社長)考えを示している。

国内通信事業者のなかで、SaaS本格提供の土台を整えつつあるのはソフトバンクグループだ。ソフトバンクBBが流通事業でセールスフォース・ドットコムの販売代理店となってSaaSプラットフォームを販売していることに加え、グループ企業のヤフーの存在も大きく、ネットサービスの面からもSaaSビジネスの展開が可能だ。
すでに、ヤフーではコンシューマユーザーに対してSaaS型サービスを提供している。グループ連携による法人向けSaaS事業への着手は十分に可能性がある。
通信事業者がSaaSに着手するのは、主力事業の回線サービスが価格競争など体力勝負の状況に陥っており、収益を確保できるビジネスモデルを構築したいからにほかならない。主力の回線に価値を付加することで、結果としてシステム案件の主導権を握ることにつなげる思惑もある。
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