“踊り場”のASP
SMB向けの業務ソフトを開発・提供するISVや独自の業務ソフトを持つSIerの多くは、普及途上にあったASPでソフトをユーザー企業に提供する方式を採用した。国内には、すでにさまざまなASPサービスが生まれ、実際に収益をあげている。しかし、いまだにIT業界では「ASPは踊り場にある」という見方が大半を占めている。通信回線が細く、料金も高額、セキュリティもいまほど堅牢でなく、ユーザー企業が基幹データの漏えいリスクを心配して、普及に至らなかったからだ。
ただ、契約や内部統制など細かい仕様に問題を残すものの、こうした課題は、SaaS/ASP型のソフトが普及期にある現在、解消されつつあり、特に管理者不在のSMBが安心して利用できる環境が整ってきたといえる。
ASP型のソフト提供が普及しなかったのは、むしろISVの販売網に課題を抱えていたからであろう。「SaaS/ASP型のソフトは、ソフト購入時にライセンス料金を前払いするモデルと異なり、利用量に応じ課金する仕組み。販社に依存する日本のISVの収益モデルを変えるのは難しく、浸透しないだろう」──。米SaaSベンダー幹部が来日の際に総じて指摘するASPの問題点だ。
国内ISVは、既存販社を捨てて、SaaS/ASP型のソフト提供へモデル変更することができないと判断しての発言だろう。国内ISV幹部の多くは「ある日突然、パッケージの販社を切り捨てて、SaaS/ASP型のソフト提供に移行した場合、一時的に急激な減収になる」とみている。SaaSの技術的研究を進めつつ、経営面に配慮するとSaaS/ASP提供へ本格参入することに二の足を踏まざるをえないというのが実情だ。
この点で、昨年末にSaaS型でERPやCRM(顧客情報管理)など業務アプリケーションを提供する米ネットスイートに資本参加したミロク情報サービスの動きは、IT業界の注目を集めている。資本参加時に「2011年度(12年3月期)までにSaaS事業で売上高の3割を稼ぐ」(同社幹部)と、パッケージ販売からSaaS販売へ業態変革することを強調していたからではない。
同社には、SMB向けの自社パッケージソフト(「MJSLINKシリーズ」など)があり、SIerやソフト販社、税理士などの全国販売網をもつ。また、一部直販体制も敷いている。SaaS/ASP型のソフトをこうした販社や直販営業担当が売った場合のインセンティブをどうするか、あるいは既存販売網を上手く再編できるかどうかの“試金石”になるとIT業界ではみられている。
吉岡大介・営業本部SaaS・パートナー事業部係長はこう言う。「パッケージ販売なら前払いのため、インセンティブをすぐに販社や営業に与えられる。しかし、SaaS/ASP型で販売実績を上げても、従量課金制だから、即座にはインセンティブを支給できない」。このため販社や営業担当者のモチベーションが上がらず、販売体制再編に暗雲が立ち込めていたという。ところが、ネットスイート製品の導入事例が出始め、「(SaaSを導入する際に)インプリメンテーション(新機能や仕様、部品などを組み込む作業)で、システム投資してもらえることが分かってきた」と、販社に“前払い”のごとく収益をもたらす新モデルが見えてきた。
SaaS/ASP基盤は完成間近

SaaS/ASP型のソフト提供が普及すれば、ソフト流通網に「新たなプレイヤー」を生み出しそうだ。コンピュータソフトウェア協会(CSAJ)の「SaaS研究会」が中心となり、すでにあるツール類を利用して、Webアプリケーションや旧来のパッケージソフトをSaaS型で提供できるプラットフォーム(基盤)の実証実験を開始する(8月13・20日号で既報)。他の団体の動きも実用化へ向け研究が佳境に入っている。インターネットデータセンター(IDC)で有力業務ソフトをこれらの基盤を使って集め、ネットワーク環境で提供する「SaaS/ASPプロバイダ」が誕生しそうだ。
日本SGIは、ライブドアのメディアエクスチェンジに資本参加し、ここのIDCを利用して「SaaS事業」を開始する。9月中旬には「SSL─VPN」やバックアップ、ストリームングなどインフラ関係の仕組みをSaaS型で提供する。同社には「ISVが『IDCを借りて自社のソフトをSaaSで提供したい』という要請が舞い込んでいる」(秋野孝・コンテンツサービス事業推進本部本部長)という。ただ、「当面は、そうした提案に応じない」というが、技術的には、要請通りのビジネスモデルを構築することは可能であろう。
ASPが注目され始めた頃、通信回線を持ち全国展開するインターネットサービスプロバイダ(ISP)と地方のISPが、業務ソフトを集め、企業向けの「ASPプロバイダ」を形成する動きがあった。しかし、既存販売網を壊すことになるため、ISV側が呼び掛けに応じず実現しなかった。いまや、全国にあるISPは、ASPでなくSaaS/ASP型で同じモデルをつくれる。また、複数社のISVのソフトを販売する販社も、ISPや独立系IDCと協業し、SaaS/ASP型のソフト提供モデルを創出できる。
KDDIとマイクロソフトは来年3月、KDDIの回線上で「SaaS事業」を立ち上げる。同事業にはSMB向け業務ソフトを提供するISVが複数社、参加を表明。KDDIとのNDA(秘密保持契約)があり、ISVの動向を取材することは叶わなかったが、Windowsベースのソフトがこの回線で提供されることは確実。新たに出現しそうな「SaaS/ASPプロバイダ」や通信キャリア、ISPなどを取り巻く新規ビジネスも発生しそうだ。
しかし、セールスフォース・ドットコム日本法人にも、販売パートナーはある。SaaS/ASP型の提供とはいえ、「売り手」が必要だからだ。新モデルが増えるなかで、SaaS販売のノウハウをもつベンダーは少なく、「誰がSaaSを売るのか?」という議論は意外と語られていない。「売り手」の問題解決は、日本でSaaS/ASP市場が普及するうえで、今後重要なカギを握りそうだ。
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