税理士向けの情報提供サービスを手がける税理士情報ネットワークの地区組織・名古屋ユーザー会(田辺雅範会長)は、「顧問先管理システム」を開発した。発注者の主体は税理士で、本格的なシステム開発の経験は皆無だった。開発に当たったITベンダーも税理士業務についてはほとんど知識を持ち合わせていない。通常ならプロジェクトを立ち上げることすら難しいケースだが、名古屋ユーザー会の税理士有志が相次いでITコーディネータの資格を取得。ここで得た“経営に役立つIT投資”のノウハウをフルに駆使してプロジェクトをスタートさせた。(安藤章司●取材/文)
税理士がプロジェクト起こす
ITコーディネータのノウハウ生きる
■当初は素人の集まりだった
顧問先管理システムは、名古屋ユーザー会が独自に開発したものである。2002年に初期バージョンが完成。毎年、版を重ねて今年11月にはバージョン6が完成する予定だ。バージョンアップでは、税制改正への対応や機能追加などを限られた予算内で少しずつ開発した。「6年かけて完成度の高い顧問先管理システムにこぎ着けた」(名古屋ユーザー会の村瀬三浩・技術指導部長)と胸を張る。今回のバージョンで最新OSのWindows Vistaにも対応する。
プロジェクト発足のきっかけは、名古屋国税局が独自の申請書式を採用していることにあった。市販されている税務パッケージソフトでは十分に対応できない。まずはこの課題を解決するところから始めた。税理士のIT活用を支援する意味でも有効である。02年度、予算約300万円で開発することにした。
しかし、名古屋ユーザー会は税理士の集団であり、システム開発に関してはずぶの素人。通常なら自力でプロジェクトを立ち上げるのは難しく、ITベンダーに丸投げせざるを得ないケースである。
ちょうどその時期、名古屋ユーザー会の税理士有志がITコーディネータの資格取得に挑戦していた。ITコーディネータは経営とITに精通したプロフェッショナルを目指すものである。プロジェクトメンバーの河合俊宏・税理士は、「経営に詳しい税理士がITを身につけたら何かできるんじゃないか」と考え、有志メンバーとITコーディネータの学習を重ねた。
経営に役立つITシステムのあり方から始まり、要件定義の手法やベンダーに対する提案依頼書、ベンダーの選定など多岐にわたる。顧問先企業のITを活用した経営改革にも大いに役立つカリキュラム内容であり、税理士の仕事にもプラスになる。プロジェクトをスタートした02年、主要メンバーが相次いで資格を取得した。
■まずは教科書通りにやろう ただ、いかんせん新米のITコーディネータである。自動車の運転に例えれば、運転免許取りたての“若葉マーク”のドライバー。「とにかく教科書どおりにやってみよう」(ユーザー会の村瀬部長)と、ITコーディネータのマニュアルどおりに要件定義を行い、ITベンダー十数社に提案依頼書を出した。返答があったのは5-6社。うち予算内に収まり、かつ要件定義を深く読み込んでいたSIerのリード(小林浩司社長、岐阜県恵那市)への発注を決めた。
開発に当たったリードは、財務会計や販売管理など一般の業務システムの開発経験は豊富だが、税理士向けに特化した業務ソフトの開発は「今回が初めて」(畑中俊二・常務取締役)だった。初期バージョンは02年11月にCD-ROMに収められた。すぐに会員に配布され、実用化にこぎ着ける。初心者マークをつけた税理士ITコーディネータと、税理士業務の経験がないリードのプロジェクトは、まずは成功したかにみえた。
ところが──。配布後、クレームがきた。「使い方が分からない」という内容が圧倒的に多かった。顧問先管理システムの使い方もさることながら、“デスクトップってなんだ?”や“プリンタが動かない”など、パソコンの基本的な操作に関する質問も相次ぐ。デスクトップの説明をするのに電話で1時間余り対応したこともあった。
■開発ライフサイクルを確立 ユーザーからのクレームに対応するうちに、何が求められているのかが分かってきた。ここで吸い上げた要件を次年度のバージョンアップに反映。1度にすべては反映できないため、毎年少しずつ機能を追加した。
最初は名古屋国税局の独自書式に対応するだけのソフトだったが、今では顧問先情報を一元的に管理し、各種帳票類の作成、請求入金処理など市販のパッケージソフトに負けない規模まで拡大した。6年間の総投資額は約1000万円。要件定義は名古屋ユーザー会とITコーディネータの資格を持つ有志税理士。設計開発はすべてリードが請け負った。

ポイントは、拡張性を重視し、開発を複数年度に分けたことにある。初心者の集団が最初から完成度の高いシステムを開発できるはずもない。まずは小規模なプログラムをつくり、これをベースに機能を追加していく手法だ。途中でユーザーからのクレームや要望に耳を傾け、順序だてて次年度以降の開発に反映するライフサイクルを確立させた。「最初からフル機能を目指して1000万円を投資したなら、恐らくうまくいっていなかった」(村瀬部長)とみる。
これは、税理士の顧問先の主要部分を占める中小企業にも役立つ手法である。予算が限られ、概してシステム開発の経験も乏しい層だ。今回のプロジェクトとの共通項が多い。「拡張性を持たせ、段階的に少しずつ開発を進めるのは、中小企業のITの投資対効果を高める」(プロジェクトメンバーの岡崎拓郎・税理士)と考える。
岡崎税理士は、税理士・会計士で、かつITコーディネータの資格を持つメンバーらで構成する全国IT推進研究会の事務局も務めている。マイクロソフトも支援している研究会で、今後はプロジェクトで培ったノウハウを顧問先の経営改革にも役立てていく方針である。
【事例のポイント】●プロジェクトの規模は身の丈に合わせよ。肥大化は禁物
●小さく始めて大きく育てる。拡張を前提にした設計にせよ
●ユーザーの要望を次の開発に反映できる仕組みをつくれ