本格的なインターネット時代を背景に、平成の大合併後、市町村の情報システムは新しい局面を迎えている。一つは点から線、線から面への展開、もう一つは地方公共団体が地域管理機関から対住民サービス機関へという質的な転換だ。今年の情報化月間のテーマは「IT投資の選択と集中による生産性の向上」。その観点からみたとき、今後の地方公共団体におけるIT利活用の方向性はどうなのか。この8月に就任した地方自治情報センターの小室裕一理事長にインタビューした。
佃均(ジャーナリスト)●取材/文
大星直輝●写真
点から面へ
■地域のリソースを連携 住基ネットなどインフラ生かす
──地方公共団体情報化推進フェアが東京・池袋のサンシャイン文化会館で10月4-5日に開かれました。主催者の代表としてどのような印象を持たれましたか。

理事長に就任したのが今年の8月でした。総務省の職員としてフェアを見学していた頃と比べると、緊張感がありましたし、いろいろ勉強になりました。今回は講演会場と展示会場が一体化したので、ご来場の方々の利便性を高めることができたと思います。それと会場全体が盛り上がったように思います。出展39社の展示は行政窓口システムを中心に電子自治体基盤システム、電子入札・申請システム、GIS、防災システムなど多岐にわたる提案が行われ、来場の地方公共団体職員にとっておおいに参考になったと思います。
──なかでも目を引いたのはどのようなシステムでしたか。
立場上、個々のシステムにコメントするのは避けますが、これまで分散処理型だった行政窓口システムや給与・人事といった内部管理系システムでもWeb対応に移行していて、地方公共団体のシステムにインターネット技術がどんどん取り入れられているんだな、と感じましたね。私は総務省で1996年から3年間、住基ネット(住民基本台帳ネットワーク)のフレーム設計にかかわったこともあって、講演で市川市の井堀さん(井堀幹夫氏、市川市情報政策監)が「住基カードのキャンペーンで1日4000枚の申し込みがあった」と話しておられたのが印象的でした。お金をかけなくても、工夫次第でできることがたくさんある、と。
──井堀さんは名うてのアイデアマンですからね。
情報システム部門を市役所の庁舎から駅前のビルに出して、住民と接触する窓口にしたり、町の中のお店で住民票を手渡したり。市町村の職員は公務員として法律を順守することが原則ですが、一方では臨機応変に住民の要望に応えていかなければならない。法律通りにやっていれば問題は起こらないけれど、原理原則にこだわると住民サービスが劣化したり滞ることがある。そこに課題解決の工夫があって、一歩ずつ前に進んでいく。
■「合法的に」の縛りのなか、どこかで誰かが突破口開く ──64年に東京の中野区が住民記録台帳をコンピュータ化したのも、「法律通り」だったらやらないほうがよかった。でも法律っていうのは新しい技術や局面を予想して作られていませんから、どこかで誰かが突破口を開いていかなければならない。
そういうことです。しかも「合法的に」という条件がつくから難しい。プロパーの職員は長年の経験値があって、その知識やノウハウは重要なんですが、それが改革の邪魔をすることがないわけではない。今回、講演していただいた長崎県の島村さん(島村秀世氏、長崎県総務部理事)のように、外部から招いたITの専門家がどんどん改革を進めていくケースもある。インターネット時代の地方公共団体に求められるのは、柔軟性ということなんでしょうね。
──お話をうかがっていると、ITに精通しているようですが。
とんでもない。理事長に就任して、センターの職員からパソコンのイロハを教わっているところです。ただ、コンピュータとの遭遇は意外と古いんです。旧自治省に入省して5年目、群馬県に行政管理課長として赴任したとき、地元の松平さんから「これからはコンピュータですよ」と言われたのが、いまでいうITに初めて接触したときでした。
──松平さんというと、ジーシーシーの松平緑社長?
そうです。当時は群馬電子計算っていう社名でした。あの時、もっとコンピュータを勉強しておけばよかった。旧自治省では財務関連部局を中心に回ったんですが、94年に大臣官房の広報課長になった時、大臣が野中さん(野中広務氏)で公務員年金改革に取り組むことになった。そんな難しい懸案事項を誰がやるんだという話になって、野中さんが「それじゃお前がやれ」と言うんで、翌年から行政局の福利課長に転任したわけです。このころから情報システムとの接点が増えました。
──Windows95がリリースされて、パソコンとインターネットが本格的に普及し始めたときですね。
そういうことです。その続きというわけじゃないんですが、次に取り組んだのが住基ネット。何せ地方自治の枠組みそのものにかかわる懸案でしたから、委員会には経済企画庁長官を務められた堺屋太一さん、日銀副総裁になられた藤原作弥さんといった論客がズラッとそろっていましてね。議論百出で、委員長の百崎さん(百崎英氏、元行政管理庁事務次官、社団法人行政情報システム研究所会長)がいなかったら報告書はまとまらなかった。住民基本台帳法の一部改正、住基ネットの制度設計、システムの概要設計などに丸3年かかりました。
■公務員年金改革、住基ネット 新時代の制度設計にかかわる ──その住基ネットですが、稼働から5年経っているのに、利用が広がっていないという指摘があります。
住基ネットへの評価は見方によると思いますが、現状はそういう点があるかもしれません。ただ住基ネットは世界初のシステムで、電子自治体の先進国といわれた韓国でも実現しなかった。10年、20年先を見通したIT社会の基盤システムなので、性急に結果を求めるべきものではないように思います。
──高速道路だって60年代は利用する人が少なかった。しかしモータリゼーションの時代になって、その有用性が認識された。この種のシステムの評価は10年のスパンでみる必要がありますね。
携帯電話やカーナビだって今のように当たり前になるには20年かかっている。言い訳にするつもりはありませんが、住基ネットもその一つなんです。IC内蔵の住基カードとインターネット技術を組み合わせた未来志向の社会インフラを、e-Japan構想が打ち出される前に実現したわけです。それとLGWANを並行して構築したでしょう。あれも市町村合併による地方行政の広域化や、少子高齢化時代の環境・防災・生涯学習といった領域で市町村連携を見越していたわけです。
──システムのコンセプトが先進的なので、現実が追いついてない部分があるんでしょうね。実際、プライバシーの侵害につながるとか国民の国家管理が強まるといった批判がありました。今は少しずつ沈静化しているようですが。
広く理解を得るには時間がかかります。ITの利活用というのは、実は人の意識改革でもあるんですね。むかしは手書きだった文書がワープロになり、ちょっとした連絡や打ち合わせならインターネットの電子メールで済む。技術的には20年以上前から実現していたけれど、普及するのには時間が必要だった。そういうことですよ。
教育、医療、警察、消防など各種機関の連携でインフラを ──そうはいってもシステムがある以上、有効に使わない手はない。“上もの行政”と批判される建物や道路だって、有用に使うことを考えれば役に立つ。そこでポイントになるのは、やはり住基カードをどう普及するかでしょう。
ですから市川市の取り組みなんかが参考になるわけです。市町村が条例で定めれば、住基カードの多目的利用が可能なんです。岩手県の紫波町は地元スーパーストアのポイントカードにして、そのポイントを町営施設の利用料金に充当したところ、住基カードの保有率が高まった。東京の荒川区は区営遊園地の電子マネー機能を付け加えています。そういう工夫が全国のあちこちで始まっています。
──いっそのこと自動車運転免許証や健康保険証と一体化するとか、成人式で配布するとか、思い切った施策が必要じゃないですか。免許証も健康保険証もICカード化することだし、基本4情報(氏名、性別、生年月日、住所)は共通なんですから。
それも一つの方策かもしれません。たしかに、国の制度にかかわるカードが複数というのは、利用する立場ではかえって不便ということもあるでしょうね。ですが、複数の法制度がかかわるだけに簡単に一本化はできない。そのためにはやはり住民というか、国民の声が重要なんです。国が決めて、市町村の頭越しに住民に押し付けるということは避けなければならない。そのあたりになると、これは行政職員の判断や考え方がどうのこのじゃなくて、政治の判断になります。
──それもその通りだと思います。ただ、国の電子申請システムの仕組みが省庁ごとに別々だったり、市町村の窓口職員がせっかく申し込んできた人に「運転免許証をもっているなら住基カードを作るのは意味がない」と言うようなことがあってはまずいでしょう。それに、実務にかかわる職員が住基カードの活用を考えていないようにもみえます。
先ほども申し上げたように、システムを生かすには、人の意識が変わらなければならない。電子自治体もそうです。今回のフェアにはさまざまな企業が多種多彩なシステムを出展していました。それをどう対住民サービスに生かすかは、市町村職員次第なんです。
──自治体職員だけではできないこともありますね。例えば地域防災や生涯学習、環境保全などは地域の警察や消防、医療機関、教育機関、産業界などが連携し、さらに「主体は住民」の意識で動かなければ対応できない。
一言でいえば「地域コミュニティ」ということになるんでしょうけれど、それもその通りですよね。地域の安心・安全というテーマでも市町村ができることは限られている。それと同じ意味で、地方自治情報センターにできることも限られている。しかし枠にとらわれていたら何もできないわけですから、そのことを踏まえて、連携や協調で対応していく必要があると思います。(週刊BCN 2007年10月22日号掲載)
【小室裕一(こむろ・ゆういち)】
1950(昭和25)年7月生まれ、東京都出身。74年東京大学法学部卒、自治省に入り財務局財政課兼大臣官房総務課、79年群馬県行政管理課長、83年自治省財務局公営企業第一課長補佐、89年同交付税課理事官、92年青森県総務部長、94年自治省大臣官房広報室長、02年大臣官房審議官、05年情報大学校長、自治税務局長を経て、今年8月に現職に就く。