景気回復に伴い、企業のIT投資が活発になってきた。J-SOX法の施行も間近に控えている--SIerにとってはまたとない好機が訪れているといわれているが、実態はどうなのか。有限責任中間法人IT記者会がこのほど「情報サービス業2006年度業績実態調査」をまとめた。ITサービス/ソフトウェア関連の株式公開企業413社と非公開企業57社の計470社の2006年度業績を分析したものだ。この調査の概要をもとに、業界の実情をみてみよう。
1.総論 売上高は伸びたが、利益は減少
470社の2006年度業績(総計)は、従業員45万783人で売上高は15兆9583億5800万円(従業員1人当り売上高3540万1419円)、営業利益は1兆1249億6200万円で、営業利益率は7.1%だった。当期利益は4389億5600万円だが、非上場企業7社が当期利益を公表していないため、その7社を除いた463社の売上高で算出した当期利益率は2.9%となっている。
決算方式の変更や合併・事業分割などで2期連続性が確定しない27社を除いた443社による補正値を算出すると、売上高伸び率は7.6%だった。営業利益伸び率は7.5%で売上高伸び率より0.2ポイント低かった。当期利益伸び率は23.3%減となっており、売上高は増加しても利益が出ない“ねじれ現象”が起こっている。この現象は05年度業績調査でも起こっているが、さらに“ねじれ”が拡大した。
補正値の営業利益率は7.2%で05年度の営業利益率から0.1ポイント(1.8%)減少、当期利益率は2.9%で05年度当期利益率から1.3ポイント(31.5%)減少した。経営コスト(売上原価+販売管理費+特別損失+租税公課)が05年度の92.7%から92.8%に増加、営業外収益が0.1%からゼロに減少したのが要因となっている。
経済産業省が先に発表した特定サービス産業実態調査によると、情報サービス産業(産業分類39)の06年度の産業規模は事業所数が1万6255事業所、従業員数は84万1176人、売上高は17兆660億円(従業員1人当り売上高は2028万8826円)となっている。記者会調査のカバレッジは従業員数の53.6%、売上高の93.5%となる。
記者会調査には地域の独立系および、ユーザー系・メーカー系・NTT系の有力SIerがほとんどカバーされておらず、記者会では「推定の従業員規模は90万人、売上高は23兆円を上回る」とみている。経産省調査は企業登記による産業分類に基づいているのに対し、記者会は実態で調査しているため、このような差異が出たと考えることができる。
広がる企業格差
表の売上高上位30社の売上高を合計すると8兆2626億5500万円となる。特定サービス産業実態調査の事業所数の0.2%(記者会調査では企業数の6.4%)を占めているに過ぎない超大手30社が売上高の48.4%(同51.8%)を占めている。
上位30社の営業利益率は7.6%で、05年度の7.3%から0.3ポイント増加した。営業利益の伸び率は9.9%、営業利益率の伸び率は4.3%だった。全体の営業利益伸び率7.5%に対し、上位30社は0.1ポイント、営業利益率は0.4ポイント高かった。
また、上位30社の当期利益は4.5%減、営業利益率は9.5%減の4.4%だったが、全体と比べると当期利益率は1.6ポイント高くなっている。上位30社は経営コストを05年度の93.7%から92.4%に減少しており、全体の動きと異なっている。
従業員1人当り売上高の平均値は3540万円だが、最高は1億8445万円、最低は609万円だった。最高、最低の開きは約30倍となっており、ITサービス産業界でも企業格差が広がっている。ビジネスモデルや提供サービスなど業態の違いによると考えるのが常識的な判断だが、そればかりでなく多重下請け構造(同質企業の連鎖)が企業格差の拡大に拍車をかけている実情も無視できない。
すなわち、1次元請け的な立場にある売上高1000億円超の超大手もしくはユーザー系、メーカー系、NTT系のSIerは、利益を確保するため売上原価や販売管理費を抑制し、そのしわ寄せが二次請け以下の立場にある中堅・中小の収益性を劣化させているということができる。
多重構造を分業構造に転換できるか
今回は紙幅の都合で掲載できなかったが、記者会が別途実施した外部発注比率(外注比)の調査によると、上位企業間における同業者間取引は15.5%、上位企業における外注比は36.3%となっている。ここから“真水”を算出(推定)すると8兆7246億7400万円となる。
仮に多重下請け構造がなかったとすると、売上高約9兆円に対する営業利益率は13.7%、当期利益率は5.0%、従業員1人当り売上高は1935万円となる。システム販売に含まれるハードウェアやソフトウェア・パッケージの仕入れ価格、回線使用料などを差し引くと、従業員1人当り売上高は900万円に補正され、従業員の平均給与584万円(1人当り売上高の64.9%:239社)という結果と矛盾しない。
また、同業者間取引率と外注比を勘案した多重構造の階層は、平均で3.5階層と試算される。受託型情報サービス業のうちソフトウェア受託開発業では4次請けが恒常化しているのが実態であって、「最大で16次請けのケースもある」との指摘を一概に否定できない。
同質企業の連鎖による多重下請け構造は、売上高の多重計上を起こし、産業施策をミスリードするだけではない。1次元請け企業が受注したIT技術者の人月単価が、4次受けでは50万円台に低下しているわけで、これでは健全な就労環境や技術教育体制が構築できない。結果として労働者派遣事業法に抵触する偽装請負を多発させる温床となり、過重就業や高度IT人材の不足を深刻化させている。
経産省や情報サービス産業協会が「魅力ある情報サービス産業づくり」を目指すなら、抜本的なメスを入れるべきは同質企業が連鎖する多重下請け構造からの脱却であることが、本調査からも明らかになった。当面の課題は分業構造を健全な産業構造として指向するべきであろう。
2.アンケート調査 パッケージ、NIerは苦戦
IT記者会の調査では、06年度業績だけでなく、経営特性別のアンケート調査も実施している。受注見通しや外注戦略など、さらにCMM/CMMIやPマークなど企業を対象にした公的な認証を調査したもので、回答は140社だった。
まず、経営特性別の概況をみると、受託系SIerのうち
〔メーカー系〕
で回答があったのは14社だった。14社の売上高合計は1兆2253億円、1社当たり平均売上高は875億円、対前年比は0.9%減であり、売上高が前年を下回ったのは13社中4社であった。
営業利益の回答があったのは13社で、その平均営業利益率は4.5%、対前年比は1.3%増であり、減益は3社であった。メーカー系は、売上高は大きいものの利益率が低く、売上原価率を前年比2.7%減と抑制したが、売り上げと収益の両面でほぼ前年並みとなり、業績自体はあまり芳しくなかった。
〔ユーザー系〕
は41社から回答があった。売上高の合計は3兆8710億円、1社当り平均売上高944億円、前年比は4.8%増で、売上高が前年を下回ったのは41社中16社(39.0%)だった。
営業利益の回答があったのは40社で、その平均営業利益率は6.9%、対前年比は18.3%増、40社中14社が減益だった。ユーザー系は、売上高も大きく営業利益率も比較的高い。特に販売管理費率が前年比29.3%減となっていることが注目される。
〔独立系〕
は67社あり、売上高の合計は1兆3669億円、1社当り平均売上高は204億円、対前年比は4.9%増だった。売上高が前年を下回ったのは60社中7社(11.7%)だった。1社当り売上高はメーカー系のほぼ4分の1、ユーザー系のほぼ5分の1で、業界にとって規模の格差がますます受発注の多層化に拍車をかけることが予想される。
平均営業利益率は7.4%、前年比は13.2%増だった。67社中16社(23.9%)社が減益となっており、全体は好調だが、ほぼ4社に1社が減益という“ねじれ”がここでも起こっている。
情報サービス市場全体では人員の不足感が強く、いわゆる売り手市場的な状況が続いている。中長期的にみると独立系企業の経営は楽観できないが、結果を見る限りでは健闘している。
〔システム販売系〕
は7社から回答があった。売上高の合計は1兆5881億円、1社当りの平均売上高は2268億円で、前年比は4.4%増だった。売上高が前年を下回ったのは7社中3社だった。平均営業利益率は5.2%、営業利益対前年比は13.5%であり、減益企業はなかった。
情報処理機器の低価格化で粗利益が低減したほか、脱レガシーに伴う需要の変化で事業の方向性を模索する動きが続いていたが、キヤノンマーケティングジャパンや大塚商会が営業利益率、当期利益率で2ケタ台を記録、ランキングの上位に食い込んでいる。
複写機やプリンタ、パソコン、オフコンなど得意としてきたSMB(中堅・中小企業)市場向けに、ハード/ソフト/ネットワークを複合化したシステムインテグレーション型のシステム販売、サプライ用品のネット販売などが業績を押し上げている。
〔パッケージ系〕
で回答があったのは6社だった。売上高の合計は870億円、1社当りの平均売上高は145億円、6.0%減だった。売上高が前年を下回ったのは6社中1社にとどまった。平均営業利益率は4.2%、営業利益の前年比は13.4%増だったが、6社中3社が減益となっている。
売上原価率が56.8%、販売管理費率が38.1%、当期利益率13.2%というのはパッケージ販売ならではの特性だが、売上原価と販売管理費を合計した経営コストが約95%に上昇している。インターネット経由によるダウンロード販売、ASPやSaaSといった新しいソフト販売形態の登場が、既存の営業対面型、店頭販売型の収益を圧迫しているようにみえる。
〔ネットワーク構築系=NIer〕
は5社で、売上高は7.3%減だった。売上高が減少したのは5社のうち2社、営業利益が減少したのは3社となっており、好調・不調組が相半ばしている。売上原価が7.3%減となったのは、売上高の減少に同期して仕入れが低減したこと、ルータや交換機などが急速に低価格化していることなどを反映したためだ。また販売管理費が9.2%増となったのは、営業効率の劣化を示している。
背景にはビジネス市場でのネットワーク構築需要が一巡したことがある。一部で個人向けネットワーク機器や携帯電話の卸売りに参入するケースがあるが、同市場も需要が一巡しつつあって、NIerは苦戦を強いられている。無線ブロードバンド需要の本格化の一方、ASP型サービスモデルへの転換などが求められそうだ。
3.来年度の見通し 来期も受注は順調に推移か
〔受注見通し〕
については、今年4月現在の状況に対して、
1.大きく増加(+10%以上)
2.増加(+5%以上-10%未満)
3.横ばい(-5%未満-+5%未満)
4.減少(-5%以上--10%未満)
5.大きく減少(-10%以上)
の4つの選択肢を用意した。
「受注が大きく増加する」とみているのは17.1%、「増加」は37.1%だった。「大きく増加」と「増加」を合わせると、54.2%が受注拡大とみている。金融・製造・通信などの分野における情報化投資が引き続き活発であると予測されている。一方、「減少」は2.9%だった。全体的に強気な受注見通しを持っている。
〔受注価格の見通し〕
については、今年4月現在の状況に対して、
1.大きく上昇(+10%以上)
2.上昇(+5%以上-+10%未満)
3.やや上昇(+5%未満)
4.現状維持(0%±1%内)
5.やや低下(-5%未満)
6.低下(-5%以上--10%未満)
7.大きく低下(-10%以上)
という選択肢を用意した。
さすがに「大きく上昇」とみている企業は皆無で、「現状維持」が45.0%と最も多かった。「上昇」が8.6%、「やや上昇」が22.9%となっており、31.5%が「受注価格は上がる」とみている。「やや低下」は3.6%であった。好調が持続するとみている企業が大半を占めている。
〔技術者の充足感〕
ついては、今年4月現在の現状に対して、
1.不足
2.やや不足
3.ほぼ充足
4.充足
5.やや余剰
6.余剰
の選択肢を用意した。
「不足」が42.9%、「やや不足」が40.0%と強い不足感が示された。要員不足を背景に受注価格は上がっていくとの見方が多いようだ。
〔外部委託の見通し〕
については、今年4月現在に対して、
1.大きく増加(+10%以上)
2.増加(+5%以上-+10%未満)
3.ほぼ横ばい(±5%未満)
4.減少(-5%以上--10%未満)
5.大きく減少(-10%以)
の選択肢を用意した。
外部委託について「大きく増加」と回答した企業は12.9%、「増加」は32.1%であり、おおむね半数の企業が外部委託を拡大する方向にある。
全体として、来年度もIT需要は強く、技術者が不足することから受注価額は微増するとみている企業が多い。
技術者不足を埋める方策として45%の企業が外注の拡大を想定している。対してシステム構築に工学的アプローチを導入するなどで「生産性と品質を高める」とする回答はほとんどなかった。受託型SIerがマンパワー依存型のビジネスモデルであることは実態としてやむを得ない部分もあるが、分業構造への転換を指向するにはソフトウェア工学への取り組みが欠かせない。(週刊BCN 2007年10月15日号掲載)
この記事は、有限責任中間法人
IT記者会がまとめた「情報サービス業2006年度業績実態調査」をもとに解説した。掲載した表は売上高上位主要30社の売上高構成比である。売上高や当期利益の詳細についてはIT記者会作成・頒布のデータCD版(頒価5万4000円)を参照されたい。問い合わせは、電話03-3519-6030/FAX03-3519-6031。