流通ビジネスメッセージ標準(流通BMS)の制定からこの4月で1年が経過する。これまでは主にスーパー業界の一部商材での運用に限られていたが、来年度以降は業態や商材の適用範囲が大幅に拡大する見通しだ。販売管理などの業務システムを見直すユーザーが増えることは必至で、ITベンダーにとって大きなビジネスチャンスになる。従来のEDI(企業間電子商取引)とは何が異なり、ビジネスの軸はどこにあるのかを検証してみよう。(安藤章司●取材/文)
流通BMSはあくまで基盤
流通業界では1980年に標準化されたJCA手順を主に使ってきた。だが、規格そのものが古く、時代にそぐわない。漢字表現や画像添付ができず、食の安全を確保するトレーサビリティにも十分対応できない。こうした課題を解決するため、大手小売業を中心にインターネットを使ったウェブ対応型のEDIを独自に構築。インターネットの普及とともにある程度は浸透した。
ところが商品を納めるメーカー・卸からみれば、小売企業ごとに異なる入力画面を持つウェブEDIに商品情報を入力しなければならず、業務効率が逆に悪化する事態に陥ってしまった。流通BMSでは商品情報の基本的な項目を整備し、まずはスーパーでの適用を前提に標準化作業を行った。メーカーや卸、小売りの間でスムーズに情報をやりとりできる基盤づくりには流通業の主要な業界団体が中心メンバーとなり、経済産業省や流通システム開発センターも支援に乗り出した。
旧来のJCA手順ではアナログ電話回線の利用で低速の9600bpsモデムを使うケースも少なくない。これを高速インターネットに置き換えただけで2時間かかっていたデータ転送が10分に短縮できることを実証実験で確認した。
さらに主要スーパーで使われているEDIデータの項目数を精査したところ、統一性が保たれていないために2100項目にも膨れていた。これを最低限必要な171項目に集約したうえで世界標準のXMLをベースに実装作業を行い、流通BMSバージョン1.0として07年4月、一般に公開した。
ここで重要なのは、流通BMSがサプライチェーンが途切れないための最低限のインフラである点だ。サプライチェーンの共通化は、“激しい競争を展開するライバル他社との差別化を妨げる”という意見を反映。流通BMSは各社各様の非効率なIT投資を解消するレベルにとどめ、その上位レイヤに位置するデータ精度の向上や分析、メーカー・卸との共同販促、商品開発などのマーケティングには踏み込んでいない。「共通インフラの上でも十分に差別化できる」(経済産業省)余地を残してあるのだ。
付加価値は上位レイヤに

ITベンダーからみれば、流通BMSへの対応だけで高い収益をあげるのは難しい状況だ。流通BMSはオープンな規格であり、技術的なベースとなるXMLやインターネットもすべてオープンな技術。流通BMSへの対応はビジネスを始めるうえでの最低ラインにすぎない。ビジネスの中心はユーザーである流通・小売業が他社との差別化を進めたい“上位レイヤ”の部分である。
受け取ったデータを瞬時に販売管理などの基幹業務システムに取り込み、小売りの棚割計画や商品開発などの販売戦略に反映する。これまでの古いJCA手順を前提とした流通業パッケージはもはや時代遅れとなり、流通BMSを前提に、サプライチェーンやデマンドチェーンのうまみをフルに生かせるシステムでなければならない。無線タグなど最新デバイスを活用したトレーサビリティの実現も欠かせない要素だろう。
大手スーパー上位10社の取引先は重複部分を除いて約6000社あるといわれ、小売りと卸、メーカーの双方でのIT投資が見込める。しかし、多くが中小零細であり、FAXや電話で受注しているケースも少なくない。まとまったIT投資が見込めるのは全体の1-2割とみられるが、基幹業務システムの全面的な刷新需要を捉えれば、「1件あたり数千万─億円単位の大型プロジェクトに発展する可能性は十分にある」(大手SIer幹部)と期待する。大手ユーザーに向けては業務アプリケーションのカスタマイズや個別開発のアプローチが可能であり、逆に中堅中小に向けてはASPやSaaSなどのサービス提供型も有力だろう。
移行期ならではの需要も

一方で流通BMSの移行期ならではのビジネスもある。今年度(08年3月期)から流通BMSの一部本番運用が始まったが、標準化が容易な日用雑貨や加工食品に限られている。また、現在は直接的な取引がメインで、在庫あずかり型配送センターへの対応もこれからの課題。商品点数が多い総合スーパーでは、卸やメーカーから各小売店舗へ直接配送するのではなく、一度、センターにプールしてから必要な商品を一括して店舗へ届ける共同配送の形態をとるケースが多いのだ。
来年度はアパレル分野への適用も始まり、段階的に生鮮食品や水産加工品へと範囲を拡大させる。在庫あずかり型配送センターへの対応も進める。ただ、移行する以前は旧来のJCA手順などとの併用が必須である。スムーズな移行に役立つデータ変換などのツールやサービスも必要だ。すでにEDIを手がけるITベンダーの一部は、過渡期特有の需要をうまくとらえ、流通BMSへスムーズに移行するサービスメニューを揃え始めている。
スーパー業界から採用が始まった流通BMSは、百貨店やドラッグストア、生活協同組合にも順次採用される見通しだ。独自の流通形態を持つコンビニや、スーパー業界と接点が少ない家電量販店、専門店まで採用を広げられるかはまだ不透明だが、「少なくとも百貨店やドラッグストア、生協までは射程距離の内側にある」(流通BMSを普及推進する流通システム開発センターの坂本尚登・研究開発部長)と手応えを感じている。
経産省は03年から5年間にわたって流通BMS制定を支援してきたが、一部実用化にこぎ着け、標準EDIとして浸透することがほぼ確実になったことから、経産省の事業としては来年度が最終年度と位置づけている。09年4月からは民間団体・企業主体の維持管理組織である「流通システム標準推進協議会」(仮称)を流通システム開発センター内に立ち上げる予定である。ここが中心となり、流通業界への普及ならびに他業界との連携を推進する計画だ。ITベンダーには流通BMSの普及をリードし、かつ業界の垣根を越えるような柔軟性の高いEDI商材の拡充が求められている。