流通業界のITシステム需要が拡大する見通しだ。小売りとメーカー・卸を結ぶEDI(企業間電子商取引)が全面刷新されるためで、これを機に業務改革を進めるユーザーが急増する様相である。新しく業界標準となるのは「流通ビジネスメッセージ標準(流通BMS)」で、これに準拠したミドルウェアや業務アプリケーションも相次いで登場する。流通業における主要プレーヤーがサプライチェーンを見直した場合、向こう10年間で300-500億円の市場規模に拡大する可能性がある。
ITベンダーの動き活発化
全面刷新で需要“満開”に
流通BMSの初期完成版であるバージョン1.0が公開されてからこの4月で丸1年。この間、イオンやダイエー、ユニーなど大手スーパーマーケットの一部業務で本格運用が始まるなど業界標準としての採用がほぼ確実になってきた。流通業界におけるEDIの全面的な刷新は27年ぶりで、これに伴いサプライチェーン周りのITシステムの更新需要が急速に高まっている。
こうした動きを受けて、ITベンダーの動きも活発化。データ交換ミドルウェア開発のデータ・アプリケーション(DAL)は、自社EDIパッケージソフトをいち早く流通BMSに対応させた。今年に入り流通BMS分野で日本オラクルやSIerの住商情報システムなどとの連携も発表。「千載一遇のビジネスチャンス」(DALの武田好修専務)と受け止め、自社ミドルウェアのシェア拡大に全力を注ぐ。
大手スーパー上位10社の取引先は重複分を除いて約6000社あるといわれる。流通BMSの接続口を設けるだけという最低限の対応を行うなら1社あたりの平均IT投資額はおよそ30万円とされ、20億円弱の市場規模にすぎない。だが、流通BMSは拡張性の高いXMLとインターネットをベースとしたものであり、小売りやメーカー、卸も含むサプライチェーン全体の業務を見直す動きに発展する可能性は十分にある。販売管理など基幹業務システムの刷新需要を勘案すれば、投資余力のある大手・中堅ユーザーを中心に、「市場規模は10倍余りに拡大する潜在力はある」(大手ITベンダー幹部)とみられている。
さらに今後スーパーだけでなく、百貨店やドラッグストア、生協などが流通BMSを採用する見通しであることから、市場規模はさらに膨らむ。流通BMSをきっかけとしたサプライチェーン全体のIT投資でみれば向こう10年間で300-500億円の投資が期待できる。EAI(企業内データ連携)ベンダーのアプレッソは、EDIがXML、インターネットへ移行した時点で「企業の内外の境界は事実上なくなる」(長谷川礼司社長)とし、EDIの枠組みを超えたサプライチェーン全体の見直しが加速すると分析する。
また、従来規格のEDIや小売り各社が手がけてきた独自のEDIも当面は並行して使われるため、流通BMSと併用しても整合性を保てる交換サービスの需要もある。EDIサービスで実績を持つSIerの日立情報システムズは、流通BMSと既存の各種EDIとの連携システムを昨年11月に開発。自社導入型やアウトソーシング型、ASP型などデリバリー形態も複数用意するなど、「きめ細かいサービスメニューを揃えることでシェア拡大を狙う」(原巖社長)としている。同社では流通業におけるシェア50%の獲得目標を掲げ、EDI分野で競合する富士通エフ・アイ・ピーやTISなど有力他社と激しい競争を展開する。
一方で、業務システムを開発するSIerのなかで流通BMSへの対応が遅れているベンダーが少なくないのも事実。流通BMSが本格普及する今のタイミングで魅力ある商材を提供できるかどうかで、流通業界におけるITベンダーの勢力図が大きく変わる可能性がある。

流通ビジネスメッセージ標準(流通BMS)
インターネットやXMLなどオープンな標準規格をベースとした流通業界の標準EDI規格。2007年4月に公開された。過去にもEDI見直しの機運はあったが、大手小売り業者の足並みが揃わないなどの理由で標準化には至らなかった。今回は大手スーパーなど当事者が率先して標準化に参加していることから「標準EDIになるのは確実」(流通システム開発センターの坂本尚登・研究開発部長)と見られている。経済産業省も基礎研究の段階から推進役の一翼を担うなど、官民の足並みも揃った。来年度(09年3月期)は6年間におよぶ経産省の推進事業の最終年度に当たり、「本格普及に向けた総仕上げの年」と位置づけられている。