開発・管理手法見直す好機に
義務ではないが対応価値あり
昨年から頻繁に耳にするようになった「工事進行基準」。「ソフト開発(工事)」の売り上げを“分散計上”する仕組みで、開発手法・管理に抜本的改革が必要なことから、業界で一躍注目を集めている。「義務なのか、そうでないのか」との議論があるが、問題の本質はそこにあるのではない。「どんぶり勘定」「口約束」などで曖昧なまま開発をスタートさせ、結果的に不採算化・赤字化を招く“悪しき商慣習”を改善するための絶好のルールと捉えるべきだ。(木村剛士●取材/文)
■ソフト開発は「工事」新会計基準を適用へ 聞き慣れない「工事進行基準」という言葉がIT業界で注目を集めることになったのは、2007年8月30日の出来事だろう。企業会計に関する調査研究や基準策定を手がける企業会計基準委員会(西川郁生委員長)が、「工事契約に関する会計基準」(企業会計基準第15号)の素案を公表し、受注制作(受託型)のソフト開発に適用する方針を示したのがきっかけだ。土木や建築などと同じように、ソフト開発を「工事」とみなし、同会計基準に適用する指針を示したものである。
同委員会はその後、素案に対するコメントを募集し、若干の修正を加えて同年12月27日に正式版を公表した。ソフト開発は素案のまま適用範囲に組み込まれた。対象は上場・非上場に関係なく規模も問わない。ソフト開発業を営む全企業が対象とされている。
この動きに関し、多くのソフト開発業界関係者が最も敏感に反応したのが会計処理の問題だった。同基準では、開発案件が完了し、発注者に引き渡した時点で、収益と原価を“一括”計上する「工事完成基準」か、プロジェクトの進捗度合いに応じて収益と原価を“分散”計上、分散計上した未収入額は金銭債権として取り扱う「工事進行基準」のどちらかで計上処理をするよう求めている。
工事完成基準はソフト開発企業が用いる一般的なやり方。事実、情報サービス産業協会(JISA)によれば、正会員の上場企業の大半は工事完成基準を適用し、工事進行基準を全面適用している企業は3社しかなかったという。 大手SIerなど一部を除き、大半のソフト開発企業は工事完成基準で事業を営む。工事進行基準の適用が義務化されれば、見積もりや設計・仕様作成の厳格化が求められ、プロジェクト管理の厳密さもこれまで以上に要求されることになる。そのため、ソフト開発業界は、両基準の適用方法や義務化の有無などを中心に、大きく揺れているのだ。
■「進行基準」を前向きに捉え、契約・管理を見直す機会に では、どのようにして両基準の適用を決めるのか。一部報道では、工事進行基準の「義務化」「適用必須」との表現で業界を煽っているが、企業会計審議会担当者によれば、「それは全くの誤解」ときっぱり否定する。「プロジェクト単位で定めた内容に合致する場合は、工事進行基準を適用し、満たない場合は工事完成基準を適用する。選択できるわけではないが、(工事進行基準の適用は)義務ではない」と強調する。
工事進行基準適用に当てはまるのは、「工事契約に関する会計基準」(企業会計基準第15号)で示された表現を用いれば、進行途上にあるプロジェクトの進捗部分について成果の確実性が認められる場合だ。成果の確実性を示すために、(1)収益総額(2)原価総額(3)決算日における工事進捗度の3つの要素を見積もることができれば、工事進行基準を適用する必要がある。
これら要件を満たさない案件、および工期が短い案件に関しては、工事完成基準を適用する。表現が難解で誤解を招きやすいが、工事進行基準の適用が義務化されるわけではない。案件ごとに3つの要素に当てはまるのかを精査して両基準のどちらかが会計処理上適切かを企業側で判断し、監査法人の監査を受けるわけだ。
「義務化なのか・そうでないのか」にフォーカスがあたりがちだが、今回の基準をその観点で考えるべきではない。ソフト開発は「どんぶり勘定」「口約束」で開発がスタートするケースがままある。「顧客との『あうん』の呼吸」で開発を進めている」などと口にする企業すら存在する。ずさんな契約や管理の仕方で開発に携わっているケースがあるわけだ。結果的にこの“悪しき商慣習”が赤字案件を発生させ、現場の負担が大きい労働環境を生んでいる。
工事進行基準では、プロジェクトでの収益総額が事前に確定していなければならない。事前の正確な原価見積もりや顧客と取り交わす詳細を詰めた契約、精度の高い要件定義や仕様の確定も行わなくてはならない。これまで以上に精度の高いプロジェクト管理が必要になるなど確かに壁は高い。だが、肯定的にみれば、適用を意識することで、正確なプロジェクト展開ができるようにもなるはずだ。
JISAは、今回の会計基準の一部内容に異論を唱えながらも、経営管理上の有効性があるとも判断し、工事進行基準適用のための課題や対策方法などのマニュアル化を開始している。また、情報処理推進機構(IPA)ソフトウェア・エンジニアリング・センター(SEC)の鶴保征城所長も、「ソフト開発プロジェクトの“見える化”に貢献し、不採算案件撲滅にもつながるだろう。ソフト開発企業は工事進行基準を前向きに捉えるべき」とその有効性を強調している。
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| 「工事進行基準」と「工事完成基準」 | ともに長期請負工事の収益認識基準のことで、「工事進行基準」は、決算時に工事の進行度を見積もり、その進捗度合いに応じて収益や原価を計上する収益認識基準。 一方、「工事完成基準」は、進捗度合いに関係なく、工事が完了し顧客に引き渡した時点で、収益と原価を認識する。企業会計原則では、そのどちらを採用するかを選択できていたが、昨年12月27日に公表された |  | 「工事契約に関する会計基準」(企業会計基準第15号)により選択適用は認められなくなった。09年4月1日から開始する会計年度から適用が始まる。 長期請負工事とはどのくらいの期間を指すのか、あるいはソフトウェアは建築や土木などと違い、無形資産であるため両基準のどちらに当てはまるのかが判断しにくいという問題がある。 | | | |