建築資材商社の伊藤忠建材(柴田敏晶社長)は、社内約450台のパソコンをシンクライアント化した。システム構築は大手SIerの伊藤忠テクノソリューションズ(CTC)が担当し、ハードウェアは日本ヒューレット・パッカード(日本HP)のブレードPCを活用した。クライアントOSはWindows Vistaを採用。HPブレードPCとVistaの組み合わせは国内初の事例だ。今年3月末の転勤・部署異動のラッシュ時にも、シンクラの構造上、ユーザーデータの移行は皆無。「例年のドタバタが信じられないほど」(伊藤忠建材情報システム部)の手間いらず。シンクラの威力を大いに発揮した。(安藤章司●取材/文)
国内初、ブレードとVistaを組み合わせ
CTCが動作検証、システム構築を担当
■情シス部の主導でシンクラ化 伊藤忠建材は、社内で使う450台のパソコンを5年に1度の間隔で総入れ替えしている。同社情報システム部の中野達夫プロジェクトリーダーは、このリプレースのサイクルで運用コストのかかる従来のクライアント/サーバー(C/S)型から、サーバー集中型のシンクライアントに移行する決断を下した。
全国約30の拠点に散らばるパソコンは、東京の情報システム部で一括管理している。パソコンが故障したときは、情シス部に送り返して修理。その間は代替品を手配する。「月に2-3台のペースで壊れる。使用開始から4年目、5年目に入ると故障の頻度はさらに高くなる」(中野リーダー)状態だった。
ITリテラシーが高い社員ばかりとは限らず、その不具合がハードウェアによるものなのか、ソフトなのかの調査に時間がかかる。修理にかかる時間も1台あたり2-3時間。部署異動や転勤の頻度が高まる年度末は、ユーザーのパソコンに入ったデータの移し替えで大わらわ。塵も積もればで、消費する時間とコストは馬鹿にならない。10万円で購入したパソコンも、5年間の維持費を積算していくと1台あたり30-40万円に達する。
であるならば、パソコンの中身をすべて本社のサーバー室に集約するサーバーベースのシンクライアントに切り替えよう。このとき会社の上層部は、定期的なパソコンの買い換え程度の認識しかなかったため、情シス部の主導でシンクラ採用の稟議をあげた。2007年夏のことである。
■OS選択で意外な落とし穴が サーバーベース方式は複数ある。大きく分けて“業務アプリケーションをウェブ化する方法”と“パソコンの操作画面だけを転送する方法”。今回のケースでは、ウェブ化は真っ先に消えた。販売管理システムなど既存の業務アプリがC/S型でつくられており、これをウェブ化するとなると、それだけで時間がかかる。年末年始休暇の短期間で新旧パソコンを入れ替えるという、当初の予定に間に合わない。
一方、画面転送型は業務アプリにほとんど手を加えずに済む。この方式も大きく2つに分かれる。複数のパソコンを1台のサーバーに収容するタイプと、1台のパソコンを1台のサーバーに割り当てるタイプ。前者は購入するサーバー台数が少なくて済む。近年ではサーバーを効率的に活用する仮想化ソフトの性能が大幅に向上。使い勝手もいいと思われた。
伊藤忠建材から打診を受けたCTCは、450台のパソコンをサーバーに収容したときのコストを計算。一見すると1台のサーバーに複数のパソコンを詰め込んだほうが安上がりに思える。だが、実際、日本HPのハードウェア製品をベースに見積もってみると、「両タイプの価格差が意外に少ないことがわかった」(CTC流通システム営業第1部営業第6課の小金沢弘樹さん)。
パソコンを複数台収容するには、処理能力のある高価なサーバーが要る。さらに、拡張性や運用効率を高めるためにサーバーの仮想化を行うと、サーバー同士を連結させるネットワーク機器や高性能なストレージも揃えなくてはならない。この点、パソコンとサーバーを1対1で直結するタイプは構造が単純だ。小型省電力のブレード型サーバーにすれば、かさばらず、コストも削減できる。製造元の日本HPもパソコン1台をブレード1台に置き換える「ブレードPCタイプが今の売れ筋」(マーケティング統括本部RCS市場開発部の筒井淳一さん)と推奨する。

CTCは早くからシンクラに取り組んでいるサン・マイクロシステムズのUNIXをベースとした製品も提案したが、伊藤忠建材の情シス部にWindows系の技術者が多かったために見送られた。この時点では無難な選択をしたつもりだったが、実は落とし穴が潜んでいたことは後になってから気づいた。
■維持費トータルで見ると割安 シンクラ化は伊藤忠建材にとって初めての経験。できれば操作性や処理速度などでユーザーに違和感を与えたくない。そもそも今回のシンクラ化は情シス部からのボトムアップ提案であるため、想定外の異変が起きた場合“それみたことか!”と叩かれかねない。シンクラのメリットを十分に証明できれば、次のリプレース時には、「より斬新で、踏み込んだアーキテクチャの採用もしやすくなる」(伊藤忠建材情報システム部の坂中甲一さん)わけだ。

パソコンのデータをブレードPCに置き換える作業は容易で、サーバーリソースの割り当てに関わる複雑な計算も必要ない。ところが、クライアントOSに新型のWindows Vistaを選択したことによって、セキュリティの設定や既存の業務アプリの修正を要する作業が新たに発生したのだ。従来型のWindows XPを選べばこうした手間は不要だったのだが、少なくとも向こう5年以上の使用を考えると、XPは途中で公式サポートが切れる恐れがある。「Vistaで苦労させられるとは…」(中野リーダー)。さすがに想定外だった。
日本HPのブレードPCでVistaを採用したのは国内では初めての事例で、大幅に強化されたセキュリティの設定や回避策の前例データが少ない。CTCの検証施設でノウハウを蓄積し、何とか年末までに間に合わせた。実装は思った以上に簡単で、システムの設置で約1週間、データ移行で3日間。その他もろもろ合わせても実質2週間弱で作業が終わる。今年1月4日から無事稼働した。3月末の異動時期は、「例年の大騒動が信じられないほど」(坂中さん)のスムーズさだった。データはすべてサーバー側にあるため、どの端末からでもユーザーが普段使っている環境を呼び出せる。社員は異動しても、データを移動させる手間は一切かからない。今回の方式でパソコン1台あたりにかかった費用は30万円弱。5年間の維持費のトータルで考えると「割安になる」(中野リーダー)とみている。
シンクラ化に合わせて、これまで拠点ごとに設置していた販売管理システム用のサーバーも本社サーバー室に統合した。ただ、営業マンが持ち歩くノートパソコンはまだ統合できていない。情報漏えい事故を未然に防ぐ観点から、今回のシンクラ化の経験を生かし、将来的にはサーバーベースに移行したいと考えている。