SIerの業績に暗雲がたちこめてきた。世界的な金融危機を受け、これまで堅調だったIT投資に陰りが出始めている。金融系の大型プロジェクトへの依存度が高いSIerへの影響がより顕著に現れる一方、中堅・中小企業向けのビジネスを主体とするSIerからも、「実体経済が失速すれば、この先どうなるか分からない」(SIer幹部)と、不安を隠しきれない声が聞こえてくる。“氷河期”とまではいかないまでも、ある程度の“波乱”を覚悟する必要性を指摘するSIerも少なくない。
ブレーキかかる証券業界
中堅・中小への影響見えず
米サブプライムローン問題に端を発する金融業界の混乱の影響で、国内証券業界大手・野村ホールディングス(野村HD)の今年度中間決算(2008年4-9月期)で純損益が1494億円の大幅な赤字に転落した。この直撃を受けたのが、これまでSI業界トップクラスの好業績を誇っていた野村総合研究所(NRI)。証券業向け中間連結売上高は前年同期比9.6%減と大幅に落ち込んだ。野村HD向けは前年度比微減だが、これは証券以外のグループ会社からの受注が落ちなかったためで、「野村證券はブレーキがかかった」(藤沼彰久会長兼社長)。NRIにとって証券業向けビジネスは中間売り上げの約4割強を占める重点業種で、同業界の異変の影響を大きく受けた。
金融業向けの売上高の比率が約4割ほどある日本システムディベロップメント(NSD)も、中間期の金融業向け連結売上高が前年同期比1.8%減となった。メガバンクの基幹システム統合案件が終息することから、もともと今期20億円の減収を見込んでいた。だが、「生損保や地銀、信託など他の金融業の売り上げ増でカバーするという目算がはずれた」(冲中一郎社長)ことが響いた。NSDは通期(09年3月期)連結売上高見通しも前年度比1.1%減、営業利益は同8.4%減に下方修正している。

一方、今回の金融混乱は中堅・中小企業をメインターゲットとするSIerへの直接的な影響は、まだ少ないようだ。日立情報システムズの中間期連結売上高は前年同期比5%増、営業利益は同23%増と、売上高・営業利益ともに過去最高額を更新した。主力事業のアウトソーシングやネットワーク、業務パッケージをベースとしたSIがともに好調だったことが業績を押し上げた。原巖社長は、「上期がよかったのは“嵐の前の静けさ”なのか、このまま“杞憂で終わる”のかの判断がつかない」と、慎重な見極めが必要だと話す。
マイナス影響は金融業だけにとどまらない。円高ドル安で、輸出産業の雄であるトヨタ自動車および関連企業群のIT投資が鈍る傾向にある。中部地区から開発人員を東京にシフトさせるなど、人員の再配置を進めるSIerもある。製造業向けのビジネスに力を入れる住商情報システムは、証券だけでなく輸出関連企業のIT投資の鈍りの影響は、「すでに現れ始めている」(阿部康行社長)と警戒心を強める。目下、同社の中間期連結売上高は前年同期比3.0%増、営業利益は同2.9%増と堅調に推移する。中堅・中小企業をメインターゲットとする自社開発ERPの販売が好調だったことも業績拡大に貢献した。
不況下で利益重視路線へ
景気の“底”は来年か?
しかし、下期から来年度に話が及ぶと、SIerトップの表情は一様に曇りがちになる。NSDの冲中社長は、「来年度はまったく見えていない」と明かす。今期上期は連結営業利益率16.5%と高水準の利益率を確保。激しい逆風が吹き荒れるなかでも善戦したNSDだが、下期から来期にかけては金融業の需要を中心に不透明感が拭いきれない模様だ。売り上げを伸ばすのは難しくても、営業利益率で「18-19%を目指す」と収益重視で臨む。人的リソースの柔軟な再配置や、技術水準を高める人材教育に積極的に取り組むことで付加価値を高める。
証券業界の不調も長引きそうだ。NRIの藤沼会長兼社長は、期初では今年度中に証券業は苦境から脱すると予測していたが、「回復するまで早くて2年かかる」と、予断を許さないという見方に切り替えた。NRIは証券業向けの通期売上高が期初予想より約180億円縮小する見込みで、これを補うための保険業やその他産業の受注拡大を積極化する。震源の証券業に近ければ近いほどマイナスの影響は大きい。もし今後、金融危機が金融業界全体へ広がっていくことになれば、実体経済の足を引っ張り、結果的にIT投資は大幅に抑制される危険性を孕む。

日立ソフトウェアエンジニアリングの小野功社長は、「不況の底は2009年なのかどうか…」と、一連のIT投資意欲の減退がどこまで続くのか見極めが難しい様子だ。証券業は来年度もマイナス影響が残るのはほぼ確実だが、例えば円高で苦しむ輸出産業については、「構造的な問題ではない」とし、為替の安定が見えてくればIT投資の回復は比較的早いと見る。同社では今年度通期の連結売上高は、期初計画より50億円引き下げて1750億円(前年度比2.1%増)にしただけで、利益見通しは期初計画をほぼ据え置くことにした。
中堅・中小企業層に経営基盤を置く日立情報システムズは、売上高を含めた通期の業績見通しを据え置く。原社長は、「経済環境の悪化は明らかだが、当社のビジネスにおいて下方修正する要因が見あたらない」と強気だ。ただ、探知できる範囲内にマイナス材料がないというだけで、水面下で不安要因が隠れている可能性を言外に含ませている。“100年に一度”と呼ばれる世界的な金融危機を前に、国内SIerは戦々恐々。「氷河期」とまではいかないまでも、ある程度の「波乱」を覚悟するSIerも少なくない。
当面の関心事は景気の“底”が今年なのか、あるいは来年なのか──。「もし来年だとすれば、人的リソースの配置転換や人材育成、事業構造の再編など中長期的な視野に立って取り組む必要に迫られる」(SIer幹部)というように、抜本的な取り組みが求められると、危機感を強めている。