立教大学はGoogleのウェブメールシステム「Gmail」を採用し成果をあげた。Googleが無料で提供しているサービスで、ウェブメールにかかる費用の大幅削減を図る。世界中、どこからでもメールを閲覧でき、利便性も高まった。Googleが用意するスケジュール管理ソフトなどのアプリケーションも学内の既存の認証システムを経由して利用できる。しかし、Gmailの導入には課題があった。もし、Googleがサービス内容を変更したらどうなるのか――。およそ1万7000人の学生や教職員の業務に影響が出かねない。課題を解決したのはGoogleのサービスに強いSIerだった。(安藤章司●取材/文)
既存システムとの補完関係築く
無料サービスを業務で使う!?

立教大学は学生が利用するメールシステムを改善する必要に迫られていた。授業などで多数のユーザーが同時にウェブメールを送受信すると、学内のメールサーバーシステムへの負荷がかかり、処理速度が落ちるといったトラブルが頻発。サーバー機材を追加するなどのIT投資を行えば改善は見込めるものの、「そこまでカネをかける必要があるのかどうか」(立教大学の宮内文隆・メディアセンター課長)と、投資対効果に疑問を感じた。
世の中のIT環境を見渡せば、電子メールは非常に安価に提供されており、学生もGoogleなど無料のメールサービスを日常的に活用している。ならば、「いっそのこと無料のウェブメールサービスを活用してはどうか」(同)と、学外のITサービス活用の検討を始める。学校が独自にサービスを構築するより、すでにあるサービスを活用したほうが合理的だからだ。Gmailの場合、教育機関向けに無料で提供しているメールサービスの1ユーザーあたりの保存容量は約7GBと大きい。これだけの容量のものを自前システムで用意するとなると相当なコストがかかる。

しかし、個人でGmailを使うならともかく、業務用途で活用するとなると不安が残る。万が一、Gmailの仕様が変更されたら? サービスがなくなったら? と考え始めたらきりがない。メール周りにトラブルが起これば学生のレポート提出期限が遅れて単位取得に悪影響が出かねず、就職活動にも支障が生じる。別のメールシステムに移し替えるため、学生約1万7000人分のIDやパスワードを設定し直すのも容易なことではなく、相当な混乱を招く可能性がある。
そこでとった対策は、学内のシステムはそのまま維持し、ウェブメール周辺のみについて外部サービスを活用するという方式だ。日本大学など他大学でも同様のシステムを採用しており、その日大でのシステム構築の実績を持つSIerのサイオステクノロジーに発注することに決めた。
既存システムと“二重化”する
サイオステクノロジーが構築したシステムは、二つの特徴がある。一つは、学内に従来からあるクライアント/サーバー(C/S)型のメールサーバーを存続させる点。二つ目は認証システムを学内に持つ点。つまり、メールシステムの“二重化”の仕組みをつくることで、もしGmailのサービスに何か起こっても、「早急に復旧できる」(サイオステクノロジーの中田寿穂・国内事業ユニットITインフラソリューション部長)ようにした。Googleへの依存度が高くなりすぎないようにすることで、教育機関や企業などの組織体がGmailを導入するうえでの敷居を大幅に下げた。
具体的には、外部から受信したメールは、まずメールを複製する装置「メールリレーサーバー」で、学内用とGoogle用に二つに複製される。学内用は従来のC/S型のメールサーバーへ振り分けられ、Google用はそのままGmailへと転送される。学生や教職員はC/S型とウェブ型のGmailのどちらにアクセスしても、同じ内容のメールが見られるという具合だ。
認証系も、学内の既存システムからGoogleへのログインを可能にし、従来のIDやパスワードを変更しなくても済む。学内の認証システムを変更すれば、Googleにも反映される“シングルサインオン方式”であるため、ID関連の運用の手間を大幅に減らせる。メールだけでなく、Googleが提供するスケジュール管理やワープロ、表計算などのアプリケーションサービスと、学内で運用する履修管理や図書館、パソコン教室などのシステムとで一元的なID管理が可能になった。
Googleシステムの信頼性は高い
立教大学の運営者側にとっては、複製されたメールサーバーや認証システムを手元に置いておくことで、安心感が得られる。もし、先方に届かない事態が起こっても、学内のリレーサーバーにさえ届いていれば、必ず複製が残される。紛失したことに気づけば、学内のメールサーバーに2か月間保存される送受信ログからメールを探し出すことも可能。システム運営者として「責任をもって管理できる」(立教大学の宮内課長)と話す。

このシステムが本格稼働したのは2008年4月。Gmailの信頼性はとても高く、これまでトラブルらしいトラブルはほとんどない。Googleの信頼性と、学内で運用しているメールシステムの信頼性とどちらが高いのか、「正直いって分からない」(同)ほどだ。見方を変えれば、実質的に学内のメールサーバーのバックアップをGoogleで取っているとも言える。少なくとも、片方が、もう片方のバックアップになることで、信頼性が高まったのは事実だろう。有料のウェブメールサービスを活用するのに比べ、投資コストも約半分に抑えられた。
サイオステクノロジーでは、今回のようにGoogleが用意するAPI(アプリケーションインタフェース)を活用したシステム構築に積極的に取り組んできた。立教大や日大以外にも京都府立医科大学などに同様のシステムを納入。2009年4月までに稼働する予定のシステムは、学校だけで累計12校に達する見込みだ。文部科学省も、従来はハードウェアやソフトウェアの購入を主な補助対象にしてきたが、Googleのようなサービスの利用時も補助金の申請をしやすくするなどし、柔軟に対応している。これらが学校が外部サービスを利用しやすい要因になっているのだ。民間企業においてもITシステムの“所有から利用へ”の動きが加速しており、この勢いは衰えそうにない。
事例のポイント
・無料の外部ITサービスを業務で安心して使える仕組みを構築
・内部と外部でそれぞれバックアップをとることで信頼性が向上
・認証システムなど外に出せないところは、自前でしっかり運用